カルナック神殿 塔門の修復具合

カルナック神殿、第九塔門の修復。

★2002年出版の本に載ってた写真

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★つい、この間の写真

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見比べてあまりの変化なさに吃驚したぜ…ほとんど、そのまんま。
門のふもとから出てきたものの発掘・整理に時間をかけたせいだろうか。さすがに6年間ずっと修復作業をしていたら、こんな進捗具合ではないと思うが…


簡単じゃないだろうというのは、分かる。
石はバラバラだし、全部同じなわけではない。表面にうっすらレリーフが刻んであったり、模様があったりするので、その通りに組み立てていかなくてはならない。手間のかかる立体パズルみたいなものだ。

でも、この調子だと、あと何年かかるのだろうか。この門の修復は中断されたままなのか、それとも今後も続くのか。



これを見ていて、むかし「太陽の船の二隻目はどうして掘り出さないのか」について、エジプトの考古学者(ザヒ・ハワス博士ではない)が、「ん、そのままにしといたほうが保存が利くから。」と、答えていたことを思い出した。

展示するのに場所が必要だが、修復するとデカすぎるので博物館には置けない(一隻めはピラミッド横に専用の建物を作って、そこにおいてある)し、修復しない場合は木片の山なので湿度や虫食いに気をつけながら保存しなくちゃならないし。掘り出すだけならいいけど、その後もてあますから、そのまんまのほうがいい、というような話だった。当時、埋まっているものは全部ほりださなくちゃならないと思い込んでいた私は、妙に納得したものだ。

掘り出しても置くところがない、管理しきれないもの、修復しても大した価値がないと看做されたものは、そのままにされる。コンスタントにお客を集められるもの、修復にかかる費用を差し引いても利益になるものは優先的に修復される。
もちろん考古学的な価値の高いもの、純粋に貴重なものも優先されていると信じているが、全てに同じだけの予算、人員を割くわけにいかないのだから、何がしかの判断基準でもって指示が出されているのだろう。


と、いうわけで余談が長くなってしまったけど、要するに、「すべての遺跡と発見物が等しく予算と人員を割かれるわけではない」ということを言いたかった。どれが本当に重要な遺跡なのか、何が今もっとも救済の必要な破壊されゆく遺跡なのかなどは、現場を知らない一般人にはわからない。修復されているものが、修復するだけの価値のあるものなのか、無いものなのかまで知っているのは限られた人だけだろう。

時が崩してゆくものを時に逆らって修復する果てに、千年後のその場所には、果たして、空しい廃墟が広がっているのか、過去を取り戻した美しい遺跡が聳え立つのか。
今もエジプト各地で進められている数多くの「修復」プロジェクトは、人が時に挑戦する姿でもあるのだろうなあ。と、ふと思ってみた次第である。

古代エジプト神殿大百科

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