ピラミッドを建てるのに何人の専業農民が必要かという問題
当たり前のことを、さも当たり前のように言うのは意外と難しい。
「それは敢えて言うまでもなく常識だろう?」 とか、「わざわざそれだけのために何年も研究してたの?」 とか言われそうなことでも、しっかりした証拠を挙げようとなると結構難しい。いや、そういう当たり前なことだからこそ難しいんだと思う。
たとえば、「古代世界では、人口は今より少なかった」と誰かが言う。
そりゃそうだろう、人口はだんだん増え続けていると思うかもしれない。
でも、古代はどうして今より人口が少なかったのだろうか。理由は? 少なかったとすれば一都市あたり何人くらい? 人口密度は? いつから増え始めた? …そうしたことに明確な根拠を持って回答しようとすれば、手間のかかる調査と議論が必要になる。
そういう「当たり前」なことが地盤としてあるからこそ、その上で展開される議論が意味を成すのであって、地盤がなければどんな議論も意味はなさない。と最近思う。
というわけで本題に入る。
以前、「ピラミッドを作る目的が公共事業なのではなく、ピラミッド自体が公共事業として作られていたに過ぎない」という話をコラムにしたことがある。
まあ上記に書いた内容が全部正しいとは言い切れないし、書き方として適切かどうかは私にはなんとも言えない。所詮はそこらへんの物好きの言うことだから話半分にしてもらうにしても、失業対策としてピラミッドを作ったなんてばかげた話だ。農耕民は麦だけ作って暮らしているわけじゃないんだから、麦の農閑期がヒマなワケがない。そんなもの普通に考えれば分かるだろう…。
穀物の管理はしなくちゃならないし、主食意外の作物だって作るだろうし、狩りもすれば道具作りもするさ。
親戚に農家がいなくたって見てれば分かるさ。
それに、建設現場で働いていたのは、専業農民ばかりではない。
ピラミッドのような大規模な建造物を作るのに、高度な技術を持つ専門家と、指導者を必要とすることには、たぶん多くの人がおおむね同意すると思う。その専門家と指導者は、自分では畑を耕さないし魚も獲らないだろうから、誰かに養われている。養う余裕がないと、そういう層は生まれない。
だから、ピラミッドを作るのに必要不可欠なのは、
いちばん最初に、「余剰食料を持てる豊かな社会」 だ。
ピラミッド建設に何人が駆出されたか、という話はよく聞くが、ピラミッド労働者にパンを食べさせるために、いったい何人の専業農民が働いたかについては、ほとんど聞いたためしがない。何故だ。そこを最初に計算するべきなのに。
ピラミッドを作るのに何人の人が必要でした、何年かかりました、使われた石材はどのくらいです、etc…
それも重要な要素だ、でももっと大切なことがある。確実に言えること、それは、ピラミッドを作るのに働いた人々は生きていたということだ。
人はパンを食べずに生きていけない。
そのパンを作るのに必要な麦はどれだけだ。
リンド数字パピルスにもあるじゃないか、「3と1/2ヘカトの粉が80個のパンにされた。汝はパン1個ぶんの粉の量を私に知らせよ」。(問題69)
というわけで、「当たり前なことを、当たり前に言うため」の資料を探していたのだが、少しそれらしいものが見つかった。
ヒエラコンポリスというのは、ナイル上流の、エジプト王朝のごくごく初期の大都市。
言いたかったのはまさにこれで、「そう、そこにいつも引っかかっていたんだ」というところ。
上の引用は紀元前4000年から3500年ごろの場合、なので、ピラミッドを作っていた頃からは少しずれるが、ひとつの目安にはなる。
この資料の時代から後、牛につける「すき」、収穫用の石ナイフなどが進化していたら、もう少し生産効率が高くなっていたかもしれない。(ただし、つるべと大規模灌漑は中王国時代、石臼式の脱穀機はローマ時代から使用が始まっているので、劇的な変化までは至らないはず)
ピラミッドを作っていた人々が食べるパンを、いったい誰が作っていたのか。何人くらい必要だったのか。
たぶんこれは、「当たり前なようで実は確実な証拠を出して説明することが意外と難しい」話なのだと思う。
ピラミッドの周囲に残された墓を暴いて、労働者の人骨や持ち物を調べた結果、どうも遠くから働きに来ていた人もいるらしい。いわゆる出稼ぎ労働者だ。
ということは、その人たちは食料の生産活動はしていない可能性が高い。
ピラミッド周辺に住んでいた人たちの生産だけで、そうした出稼ぎ労働者たちを養えるだろうか? それとも、足りずに、もっと広範囲から食料を集めただろうか?
非生産層を食べさせていくだけの食料生産能力がその集落にないならば、交易や略奪によって他の集落から食料を得なければならない。交易だとするならば、専門家集団が食料生産を行わないかわりに金属製品や装飾品など付加価値の高い特殊な交易品を生産して、食料との交換を可能にする。略奪ならば、戦闘員が必要となる。その場合は、農業を行いながら戦いも行うヴァイキングタイプの戦闘員、戦闘のスペシャリストとして戦いだけ行う日本のサムライタイプの戦闘員が考えられる。
しかし、いずれの方法にしろ、ピラミッド建設に駆出された労働者を支えるためには、それ以上の数の食糧生産者が必要だ。一人で十人ぶんの食料は作れまい。現代のように、化学肥料もトラクターも農薬もない。それ以上に、手で麦の穂を刈り取って、人力で脱穀することを考えればいい。
とどのつまり、私は、ピラミッド建設を支えられる社会の規模が知りたい。
実際にピラミッドに石を積んだ人、石を切り出した人だけでなく、彼らにパンを焼いて食べさせ、畑に麦を蒔き、魚をとり、ビールを造っていた(古代世界では、ビール作りも”専門業種”だ)人、すべて併せて何人必要なのか。それこそが、あの巨大建築を指示した「権力」の影響の確実に及ぶ範囲、ピラミッドに象徴される古代王国の巨大な”本体”なんだと思う。
…探せばそういう論文も何処かに転がっていそうな気がするんですけどね。
学生時代にここまで思いついてれば、大学の図書館であれこれできたのにorz
「それは敢えて言うまでもなく常識だろう?」 とか、「わざわざそれだけのために何年も研究してたの?」 とか言われそうなことでも、しっかりした証拠を挙げようとなると結構難しい。いや、そういう当たり前なことだからこそ難しいんだと思う。
たとえば、「古代世界では、人口は今より少なかった」と誰かが言う。
そりゃそうだろう、人口はだんだん増え続けていると思うかもしれない。
でも、古代はどうして今より人口が少なかったのだろうか。理由は? 少なかったとすれば一都市あたり何人くらい? 人口密度は? いつから増え始めた? …そうしたことに明確な根拠を持って回答しようとすれば、手間のかかる調査と議論が必要になる。
そういう「当たり前」なことが地盤としてあるからこそ、その上で展開される議論が意味を成すのであって、地盤がなければどんな議論も意味はなさない。と最近思う。
というわけで本題に入る。
以前、「ピラミッドを作る目的が公共事業なのではなく、ピラミッド自体が公共事業として作られていたに過ぎない」という話をコラムにしたことがある。
まあ上記に書いた内容が全部正しいとは言い切れないし、書き方として適切かどうかは私にはなんとも言えない。所詮はそこらへんの物好きの言うことだから話半分にしてもらうにしても、失業対策としてピラミッドを作ったなんてばかげた話だ。農耕民は麦だけ作って暮らしているわけじゃないんだから、麦の農閑期がヒマなワケがない。そんなもの普通に考えれば分かるだろう…。
穀物の管理はしなくちゃならないし、主食意外の作物だって作るだろうし、狩りもすれば道具作りもするさ。
親戚に農家がいなくたって見てれば分かるさ。
それに、建設現場で働いていたのは、専業農民ばかりではない。
ピラミッドのような大規模な建造物を作るのに、高度な技術を持つ専門家と、指導者を必要とすることには、たぶん多くの人がおおむね同意すると思う。その専門家と指導者は、自分では畑を耕さないし魚も獲らないだろうから、誰かに養われている。養う余裕がないと、そういう層は生まれない。
だから、ピラミッドを作るのに必要不可欠なのは、
いちばん最初に、「余剰食料を持てる豊かな社会」 だ。
ピラミッド建設に何人が駆出されたか、という話はよく聞くが、ピラミッド労働者にパンを食べさせるために、いったい何人の専業農民が働いたかについては、ほとんど聞いたためしがない。何故だ。そこを最初に計算するべきなのに。
ピラミッドを作るのに何人の人が必要でした、何年かかりました、使われた石材はどのくらいです、etc…
それも重要な要素だ、でももっと大切なことがある。確実に言えること、それは、ピラミッドを作るのに働いた人々は生きていたということだ。
人はパンを食べずに生きていけない。
そのパンを作るのに必要な麦はどれだけだ。
リンド数字パピルスにもあるじゃないか、「3と1/2ヘカトの粉が80個のパンにされた。汝はパン1個ぶんの粉の量を私に知らせよ」。(問題69)
というわけで、「当たり前なことを、当たり前に言うため」の資料を探していたのだが、少しそれらしいものが見つかった。
専門家組織の規模は、人口と密接な関係を持っている。F.A.ハッサンによれば、この頃50人が一人の割合で非食料生産者を養うことができるという(Hassan 1988)。ナカダⅡ期前半頃のヒエラコンポリスの推定人口は1500~2500人くらいであり、仮に2000人の人口を想定すると、集落成員が約40人の非食料生産者を養える。非食糧生産者のなかには各種生産の専門家以外にもエリートなどが含まれる可能性があり、これより生産の専門家の数は少なかっただろう。一方、集落外から食料を調達するシステムが存在すれば、もっと多くの専門家を集落内に抱えられたかもしれない。
「世界の考古学14 エジプト文明の誕生」高宮いづみ/同成社
ヒエラコンポリスというのは、ナイル上流の、エジプト王朝のごくごく初期の大都市。
言いたかったのはまさにこれで、「そう、そこにいつも引っかかっていたんだ」というところ。
上の引用は紀元前4000年から3500年ごろの場合、なので、ピラミッドを作っていた頃からは少しずれるが、ひとつの目安にはなる。
この資料の時代から後、牛につける「すき」、収穫用の石ナイフなどが進化していたら、もう少し生産効率が高くなっていたかもしれない。(ただし、つるべと大規模灌漑は中王国時代、石臼式の脱穀機はローマ時代から使用が始まっているので、劇的な変化までは至らないはず)
ピラミッドを作っていた人々が食べるパンを、いったい誰が作っていたのか。何人くらい必要だったのか。
たぶんこれは、「当たり前なようで実は確実な証拠を出して説明することが意外と難しい」話なのだと思う。
ピラミッドの周囲に残された墓を暴いて、労働者の人骨や持ち物を調べた結果、どうも遠くから働きに来ていた人もいるらしい。いわゆる出稼ぎ労働者だ。
ということは、その人たちは食料の生産活動はしていない可能性が高い。
ピラミッド周辺に住んでいた人たちの生産だけで、そうした出稼ぎ労働者たちを養えるだろうか? それとも、足りずに、もっと広範囲から食料を集めただろうか?
非生産層を食べさせていくだけの食料生産能力がその集落にないならば、交易や略奪によって他の集落から食料を得なければならない。交易だとするならば、専門家集団が食料生産を行わないかわりに金属製品や装飾品など付加価値の高い特殊な交易品を生産して、食料との交換を可能にする。略奪ならば、戦闘員が必要となる。その場合は、農業を行いながら戦いも行うヴァイキングタイプの戦闘員、戦闘のスペシャリストとして戦いだけ行う日本のサムライタイプの戦闘員が考えられる。
しかし、いずれの方法にしろ、ピラミッド建設に駆出された労働者を支えるためには、それ以上の数の食糧生産者が必要だ。一人で十人ぶんの食料は作れまい。現代のように、化学肥料もトラクターも農薬もない。それ以上に、手で麦の穂を刈り取って、人力で脱穀することを考えればいい。
とどのつまり、私は、ピラミッド建設を支えられる社会の規模が知りたい。
実際にピラミッドに石を積んだ人、石を切り出した人だけでなく、彼らにパンを焼いて食べさせ、畑に麦を蒔き、魚をとり、ビールを造っていた(古代世界では、ビール作りも”専門業種”だ)人、すべて併せて何人必要なのか。それこそが、あの巨大建築を指示した「権力」の影響の確実に及ぶ範囲、ピラミッドに象徴される古代王国の巨大な”本体”なんだと思う。
…探せばそういう論文も何処かに転がっていそうな気がするんですけどね。
学生時代にここまで思いついてれば、大学の図書館であれこれできたのにorz
