ジプシーとベリーダンスを巡る調査報告(1) ~ジプシーとエジプトの関係

前記事はこちら
ベリーダンスが古代エジプトのダンスと関係あるかどうかについて、がそもそもの疑問の発端である。これについて、ジプシーダンスとベリーダンスが関連している、古代エジプトの踊りがジプシーダンスの起源になっている、など、関連づけて述べられることは多い。この俗説を証明できるのかどうか、間違っているならば本来はどう考えるべきなのか、について調べてみた。

…このテの疑問を持ったときはいつもそうなのでが、例によって、話はそう単純ではなかった。
調べてすぐ分かるような話なら、そもそも疑問に思うことはない。結論は絶対的に正しいものではなく、一つの可能性に過ぎない。まぁとりあえず大学生がレポート書くために色々調べてみた、程度のレヴェルのレポートだと思って読んでもらいたい。


結論から言うと、

古代エジプトのダンスと、現在のベリー・ダンスの間には直接的な繋がりは認められず、古代の伝承が一部でも継続している可能性は限りなく低い。
ジプシーダンスと古代エジプトの「記録に残っている」踊りは、切り離して考えるのが妥当。


残念ながら、ジプシー文化と古代エジプト人の文化の接点が見つからなかったため、以上が現時点での私の結論である。
当初、私はベドウィンとはジプシーの中の一系統、と考えていたのだが、どうもここから違うようで、この件については、まずは「ジプシー」という言葉の定義から考えなくてはならない。
順番にゆっくり整理していこう。



◆そもそもジプシーって何よ?

まずは、「ジプシー」という言葉の定義から始めよう。まとめると、「ジプシー」は、以下の種類に分類できる。


1. ジプシーのもつ「放浪の伝統」に注目した場合

(1-a)
 14~15世紀辺りにヨーロッパにやって来た人々。
 ヨーロッパに出現した時点から放浪者・異邦人であり、定住したことがない。
 ※ジプシーの「肌が黒い」「異様な容貌」というイメージはここから発生

(1-b)
 元からヨーロッパにいた人々。
 定住していたが何らかの理由により放浪生活を余儀なくされた。
 ※つまり肌が白いジプシーも存在する

(1-c)
 早い段階で定住を開始しているか、その地域とある程度同化している人々。


2. ジプシーのもつ「起源」に注目した場合

(2-a)
 独特の「ロマニ語(語学的にインド起源)」を使用する民族集団。
 または借用以上の確率でロマニ語の単語を日常的に使用する人々。
 「ロマ」の呼称はここから来ている。
 ※狭義の「ジプシー」

(2-b)
 ジプシー的な生き方を好む人々。ヒッピー等も含む。
 または、社会構造的に放浪を余儀なくされた少数民族や、
 革命などで放浪生活者となった人々の末裔。
 ※広義の「ジプシー」


1と2の観点から見た場合、(1-a)と(2-a)は、ほぼ同一の集団を指すと思っていい。
ただし、ヨーロッパに初めてジプシーの記録が現れるのは15世紀である。最初に定住を開始した人々は既に何百年かその場所での歴史を積み上げているはずで、混血がすすみ、ロマニ語を使用しなくなった、(1-a)に当てはまりつつ、(2-a)には当てはまらなくなったケースも在り得る。

(1-b)と(2-b)も同様で、両方に当てはまる集団は多いと思われるが、14-15世紀にヨーロッパの記録に登場するようになる「ジプシー」集団と同じ故郷を持つ同族が、それ以前の時代から記録に残らないレベルで移住していたとすると、(1-b)に当てはまりつつロマニ語を使用している可能性がある。

(1-c)について、放浪しなくなってなお「ジプシー」と認識されるためには、定住した地域とある程度同化しながらもロマニ語や独自の伝統文化を保持し続けている必要があり、何らかの形で「ジプシー」としてのアイデンティティを持っている集団を意味する。


要するに、「ジプシー」と呼ばれる人々は単一民族ではないし、放浪の理由も1つではないということだ。
必ずしも放浪を好むわけではなく、その国の政策によってか、たまたま都合がよい場所が見つかったからか、定住するようになった集団もある。「集団」単位で、それぞれ別個の背景と事情があると思ったほうがいいだろう。

ジプシーのインド起源説についても、元がジプシーの使う言葉「ロマニ語」を語源的に調べての議論だから、(2-a)の「狭義の意味でのジプシー」の話に限定される。

(だから、ジプシー=ロマ ではない。ロマニ語を使わないジプシーは、言葉の上では「ジプシー」だが、そもそもロマとは文化も言葉も異なる場合がある。例えば、アイルランド出身の放浪するケルト民族「ミンサー」は、ジプシーの一種と認識されつつも、ケルト語を母語とする独自の言語を使用している。)



◆ジプシーがエジプト起源とされた理由は?

次に、ジプシーとエジプトの関係である。
ジプシーという言葉は彼らが「エジプト人」だという誤解から発生した。しかし、先に書いたように、ジプシーはエジプト起源ではない。「ではない」というよりも「限らない」と言うべきか。

既に書いたように、ロマニ語は起源がインドにある、と思われている。狭義の意味での「ジプシー」、最初にヨーロッパ人を驚かせた黒い肌の異邦人がインドからたどり着いた民族だった可能性はあっても、エジプトから来た可能性は証明できない。

もしかすると、エジプトを起源とする放浪集団は過去にいたかもしれない。また、一定期間エジプトに定住したあとヨーロッパに向かった異邦人も、いたかもしれない。いたとすれば、その人々もまた、異邦の放浪者としてヨーロッパでは「ジプシー」に分類されただろう。しかし、ジプシーの記録が断片的なこともあいまって、明確にエジプト起源と思われる集団は今のところ見つけられていない。過去にはいたけど、もう同化しちゃいました。ということになると、立証することは困難だ。

では、なぜジプシーが「エジプト人」にされたのか、だが… 歴史証拠で証明できる可能性をいくつか拾ってみる。


(1)エジプト出身と名乗った集団がいた

ヨーロッパの記録に登場する時点で、自称「エジプト人」とされる、風貌の特異な集団がいた、とされる。

現在でも「自分たちはエジプト人だ」と自称する集団は、居る。一例として、アルバニアに住む「ブラフ」または「イェフ(イェフギット=エジプト人)」と称する集団だ。彼らはロマ族とは異なる集団を主張し、ロマ側も同一の民族とは看做していない。(ただしお互い交流はある) ブラフ、イェフはロマニ語は使用しない。
早い段階からアルバニアに住んでおり、4世紀にエジプトからやってきたコプト(エジプトで発達した初期キリスト教)教徒の末裔とする説もあるという。

全てではないにせよ、一部には、本当にエジプト人だったジプシー(ロマニ語は元々使っていなかった)が存在したかもしれないということだ。


(2)「小エジプト」出身の集団がいた

小エジプトとはアナトリア半島の一部のこと。最初にジプシーに関する明確な歴史記録が現れるのはトルコだが、そのトルコ人がアナトリア半島をそのように呼んでいた。
手元に地図がある人は、広げてみてほしい。アナトリアとは黒海の南側だ。インド起源と推定されているロマニ語を使う集団が、トルコを経由してヨーロッパへと入っていく、まさにその途上にある。インドを出発して、最初に記録に現れたとき、「小エジプト」すなわちアナトリア半島に定住していた集団がいたのかもしれない。
その彼らが再び放浪を始めたとき、「小エジプト出身者」→「エジプトから来た人」となった可能性がある。


(3)革命の中で貧困層の一部が「エジプト人」と呼ばれた

ジプシーがヨーロッパの記録に姿を見せ始め、ジプシーが「エジプト出身」である、という説が定着しはじめた15世紀、ちょうどヨーロッパは資本主義社会への移行真っ只中にあった。旧体制の崩壊、市民革命と宗教革命。不安定な社会が破産その他の理由により放浪者を生み出し、定住していた人々も住処を捨てる。
上記(1) (2) とはまったく異なる理由から、ヨーロッパ出身の新たな「ジプシー」が生み出されてしまったというわけだ。他国に移住すれば言葉も通じず、身なりも違うだろう。それが異邦人とは分かっても、エジプト出身なのかそうではないのか、など、エジプトに行ったこともない人々に判別はつかない。

フランスの乞食ギルドには、「物乞い」「浮浪者」「エジプト人」という部会が存在したというが、「エジプト人」部会の中身は、おそらく本物のエジプト人ではなかったのだろう。


以上の三種類を別の言い方でまとめてみる。

 (1) エジプト出身と自己認識している、または本当にエジプト出身の人々
 (2) 小エジプトに一定期間定住していた、または小エジプト出身の人々
 (3) エジプトとは関係ないが、そう偽称した放浪の人々

…これらが重なって、「ジプシー」と「エジプト」を結ぶイメージを築いていったのだと思われる。
だからジプシーという言葉自体の語源がエジプトにあっても、ジプシー=エジプト人ではないし、ジプシー自体に含まれる様々な集団のほとんどが起源不明である以上、ジプシーダンスとエジプトの伝統的な踊りの間に繋がりがあることを証明できる可能性は限りなく低くなる、というわけだ。


と、いうわけで前置きだけで長くなってしまったので、続きは別エントリにて投下する。
残すは本題、「じゃあベリーダンスって何よ?」と、いう話だ。


---------------

わかりやすくて良い本を紹介。実例はだいたいここから。


ジプシー 歴史・社会・文化 (平凡社新書)
平凡社
水谷 驍

ユーザレビュー:
ジプシー研究の現在現 ...
世界を多元的にとらえ ...
思いのほか多様なジプ ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ

この記事へのトラックバック