エジプト文明のダメなとこ Part4 「まとまりがない」

実はこれには「自治権を認めて故意にまとまりをなくしてる」=「まとまって反乱されると厄介」という、高度な政治的判断があった、という説もあったりなかったり…

うんまあ多分、そんなのないけどね。エジプトだし。(おい)


これを「エジプトのダメなとこ」に入れるかどうかは正直微妙だ。エジプト特有の問題ではないからだ。

古代エジプト王国は、「ファラオという絶対の存在を頂点とした」専制君主制と言われる。
しかしその実態は中央と多数の地方都市の緩やかな共同体であり、多くの自治都市がぶら下がっているに過ぎない。中央の権力は地方都市に納税義務などを課すことは出来たが、完全な支配というよりは同盟関係に近かったのではないか。
一言で言うならば「地方分権」という言葉が適切かもしれない。
それも現代のアメリカ合衆国の州システムに近い。


エジプトの古代都市は、メソポタミアと同じく神殿を中心として発達したとされる。神殿にはその地方ごとに神々が祭られ、各都市ごとに別々の思想があり、王朝時代を通して完全に統一されることは無かった。(エジプト神話に多くのバリエーションがあるのは、そのためだ)

また、階級は神殿から誕生する。神に仕える神官(非生産階級)と、その生活や儀式を支える農民(生産階級)という区別だ。その都市ごとに支配層が別々に存在し、地方信仰と強く結びついている。都市単位ではまとまっているが、国単位となるとあまり纏まりがない。王権が弱るたびに地方都市が勝手に動き、新王国時代の終わりごろからは、地方都市が勝手に独立してしまう。

ピラミッドは何故作られたか? という問いに対する一つの答えとして、K.メンデルスゾーンは「古代エジプトが中央集権制度を固めるに当たってムラ社会から脱却するための事業だった」という意見を述べている。巨大建築事業は、参加した人々に国への所属意識を持たせ、ファラオの偉大さを実感させるためのものでもあった。しかしこれは、逆に見れば、定期的にそのような大事業を行わなければ人を一つに纏められなかったということであり、大事業を行う余裕が無くなれば、国民をひとつに纏められない可能性も意味していた。

そもそも、古代エジプトの王国全体が一丸となって何かを行ったことがあったか?
答えはおそらくNOである。ピラミッドや大神殿の建設ですら、地方都市の人は「なんか作ってるらしいよー」「ふーん」とか、「なんか作るから税金割り増しだって」「えーマジ勘弁してよ…」くらいのものだったと思われる。だってまぁ誰かは畑見てないといけないし、牛の世話もしなきゃならないし。基本的に生産層は別の仕事が出来ない。そして生産層は、国家事業に関わっている人数よりも多い

また、その地方ごとに信仰・思想も異なる。信仰・思想の相違は、同時に社会のルールの相違でもあった。ある地方では牛が聖なる動物だが、別の地方ではワニや魚になる。牛を食っていいのかいけないのか、釣りをしていいのかいけないのか。そうした違いは、王朝期を通して残り続けた。
「Part.2 貿易に弱い」の項でも触れたが、古代エジプトでは基本的に自足自給、貴重な品以外は遠距離交易されることもなく、地方完結型の経済だった。人の往来がほとんどない地域もあったと思われる。


この問題が宗教と絡むのは、古代エジプトでは、政治と宗教は分離されていなかったからだ。
(分離しようとしたアクエンアテンの改革は短期間で失敗に終わった)

都市ごとに信仰対象となる神が異なり、都市の中心となる神殿も違う。
国家としての神、王の守り神という神はいても、多神教であるが故に異なる神々に仕える多種多様な宗派があって、一つに纏めることは難しい。宗教が一つに纏められないということは、宗教と表裏一体である政治も一つに出来ないと言っていいと思う。

しかしこれは逆に、他宗教や他民族に対する寛容さにも繋がる。「ナイルの水を飲む者はすべてエジプト人だ」という感覚のもと、「ここだけは譲れない」というコア部分を侵されなければあとは何でもいい。というアバウトさが、緩やかで可変的な国のまとまりを形成していた。
そして、戦って全滅するでもなくキリスト教やイスラム教をなんとなく受け入れていくことにも繋がるのだと思う。



*************

以上ここまで4つ。

これらは、「ダメなとこ」でもあるし、逆に「凄いところ」とも言える。
何故なら、致命的にダメなとこを持ちながら数千年栄え、幾つかの項目において人類トップレベルに達したことは事実だからだ。

また、そもそも「ダメ」なのかどうかは個人の判断による点も多い。
資料や解釈による部分もある。

たとえば、戦争に弱い、とは言ったが、ガチバトルでお互い全滅するような戦いをせず、最小限の戦いだけしてあとは交渉で済ませていた、実は外交手腕が凄かったんじゃないかという見方も出来るだろう。

また、貿易について、古代エジプトの経済は物々交換なのに高度に制度化されてスムーズに執り行えたところが凄い、という見方も出来るだろう。資源が無いことについても、シナイ半島に資源を求めて大規模な遠征を行ったこと、確保した銅の輸送ルートを確立したことがスゴイ、要するに近場にない資源を自国に搬送できていたことがエジプトの凄いところ、という逆の見方も出来る。

歴史に絶対的な見方など存在しない。
事実は一つでも、それらを組み合わせた解釈の仕方は何通りもある。
あるのはただ、その時代における主流な見方、より一般的な評価だけだ。私のはむしろ異端に属するかもしれん、そこはいつもどおり責任は持てないのでヨロシク。



私が言いたかったことは、古代エジプトは「なんか凄い、今より優れた古代文明」なんかじゃないということだ。非の打ち所のないカンペキな文明、または国家などというものは、存在しない。
所詮は人間の作ったもの。地理的な条件もあれば、構成している人間の特性もある。
見方によっては、趣味で生きてる超ダメダメな人たちにもなるんだから。

この記事へのトラックバック