フリゲのひとつの時代の終わりと、かつてフリーゲームを作ろうと思った理由

マイミク整理ついでにmixiのほうでコチョコチョやっていたことをまとめようと思ったら、もう既にほぼ同じネタでまとめてくださっている人がいたので、リンクしておく。

フリーゲーム論─フリーゲームは衰退したのか─

↑リンクはしたもんの、このサイトは階層上がると18禁絵なんかもあるので注意。
リンクページだけ見るのが吉かと。^^@;

で… このページは「フリーゲーム論」ということになっているけど、リンク先で言われていることのほとんどは、フリーゲームだけの話ではないと思う。大半の項目は、商業ゲームも同人ゲームも含めて、ゲーム業界全体に当てはまる。
パソコンの性能が上がった、というのはゲームハードの性能が上がったと読み替えてみればいい。それによってゲーム開発のコストや手間が上がったのは、商業ゲームも同じこと。ゲームを作れる人の技術に高い低いの差が大きくなった、ユーザーの目が肥えた、などは弱小ゲーム製作会社も頭を悩ませているはずだ。


だから「フリーゲーム」に限れば、それが流行らなくなった大きな原因には、以下の2つのほうが大きいと思う。


●無料ゲームの氾濫

フリーゲームの中身が昔と違う。
「スカっとゴルフ パンヤ」や「トリックスター」など、基本無料・アイテム課金のネトゲが流行りだしたのが多分2005年あたりから。フリーゲーム製作者、支援者が減りだしたのと時期が重なる。

今では「基本無料」スタイルは当たり前のようになっている。
「フリーゲーム」という言葉の中で、個人による同人的なフリーゲームと、営利目的の企業によるフリーゲームが同等に語られるようになってしまった。当然ながら個人製作で企業製作のものに対抗できるわけもなく。タダで出来るゲームがしたい、という人は、まず個人製作のフリーゲームという選択をしない。ハンゲームあたりに行けばタダで遊べるゲームが沢山ある。

携帯ゲームの存在もあるかもしれない。ゲーム=暇つぶし と考えるなら、ポータブルゲーム機にことかかないわけで、そもそもPCでゲームしなくなった人もいるだろう。
携帯やDSなんかで作れるフリーゲーム、なんてジャンルが出来たら、あるいは、また別のフリゲブームが来るかもしれない。



●フリーゲーム製作以外での自己実現手段の充実

たとえば、Flashとか動画とかね。
フリゲが多く作られた時期は、おそらくRPGツクールが一番売れた時期と重なっていて、簡単で有名なツールがあるからゲームを作ってみようと思った人も多かったんじゃないかと。「流行ってるから初音ミクを使ってみるか」というのと同じノリ。
「ゲームが作りたくて」ゲームを作っていたんじゃなくて、何かを表現したいとか、誰かに讃えられたいとか、何かサイトを作りたいとか考えたときに一つの選択肢として目の前にあったのがゲーム作りだった、と。
だからフリゲを作る人が減ったのは、何かを作ってみたいとなんとなく思っている人が別の手段に移動したこともあるんだろうと思う。




厨二病と言われることとか、2chでの煽りレビューなんかはどうでもいいんじゃね? って思うな、私は。
…まあ繊細な人もいるわけで、何か言われると凹むこともあると思う。でも必要以上に手厚く保護しようとしてもな。

作り手に対する思いやりが無い人がいるのは何もフリーゲームだけではなく、アニメだろうが音楽だろうが絵だろうが小説だろうが、主観的な評価がものを言うジャンルではみんなそうだ。ひとつの作品を作るのに延べ何千時間もかかっていることもあるが、否定するには5分で足りる。すべての努力を「糞だな」の一言で切り捨てられることなんて日常茶飯事。誰もが心無い否定に耐えながらモノを作る。

否定することで自分が優位に立ったような錯覚を覚えているちっちゃい人なんてどうでもいいと思うのよね。けなされるのが怖くいからってウケ狙いのものしか作れない奴は本物じゃない。褒められるため、あるいは儲けるための作品というのは、自分が作りたくて作るものとは決定的に何かが違う。みんなにバカにされても、状況が厳しくても、やりたい奴はやるでしょ。


私は、何でもかんでも叩くレビューアーより、「クリエイティヴな俺かっこいい」なんて勘違いしてる作り手のほうが嫌いだ。「キャラの名前と外見とストーリーは決めました^-^ 魔法の名前と武器の名前は決めるの面倒くさいんで募集します☆」とかいうヘタレとかな!
一番楽しいとこだけ自分でやって、面倒くさいとこは他人に無償奉仕させる、そんな勘違いクリエイターを暖かく生き残らせるくらいなら、いっそ蹴落としたい。力いっぱい蹴落としたい。

ワガママで「俺様クリエイター」なゲーム製作者を増長させていると、ゲームのパーツを作る人たち、たとえば素材屋に理不尽な文句をつける。自分の思うとおりに画像を作れとか、お前の書いたスクリプトはバグだらけだとか。プレイヤーの言葉の暴力が製作者に向かなくても、製作者はより下流の製作者へとそれを向ける。

コミュニティが大きくなれば色んな人が参加するわけで、製作者叩きだけがフリゲコミュニティの衰退を生み出しているわけじゃない。人が増えればコミュニティは歪む。秩序だった、気持ちのいいコミュニティを作ろうと思ったら、人数を制限し、お互いのことを良く知っていて、さらに揉め事の起きたときまとめ役が出てくるような閉鎖された繋がりでなくては実現は難しい。

作り手にしろプレイヤーにしろ、ゲームを本気で好きだと思う人がいない限り、そもそも良いフリゲなんてものは生まれてくるはずが無いと思う。本を読まない人に小説が書けないのと同じように。それが作品作りの基本だ。
ゲームが好きではないのに、わざわざ苦労してゲームを作って無料で公開するなんてことをやる人はいないだろう。



あと、フリーゲームとして公開したゲームは、作者が好きなときに公開を停止して構わないと思っている。
シェアウェアならお金を払ったユーザに一定期間のサポートを行う義務が生じるだろう。だが、フリーゲームであるならば、作者が公開の義務を負う必要なんてない。
そもそも個人が製作したゲームでは、賞賛も糾弾も、メーカーという看板やチームという緩衝材なく、すべて製作した「個人」に向けられる。しかも公開している限りサポートし続けなくてはならないというリスクがある。それに耐え切れなくなったら、公開を停止するしかない。代わりに配布してやるから公開し続けろという人がいるかもしれないが、作品は個人の持ち物である。著作権だけでなく、公開・非公開の権利も個人が有する。それらは簡単に人に委ねられるものではない。
プレイヤー側からすれば作者の身勝手に見えるのだろうが、その身勝手が許されるのがフリゲであり、身勝手にジコチューにやりたいがゆえに個人製作をするんだから、しょうがない。作り手の立場から言えば、そういう意見になる。


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で、ここからは自分の話。

そもそも最初にゲームを作ろうと思ったのは、まず、自分がやりたいゲームが無かったからだった。

古代エジプトテーマで古代世界が旅できたり神様と話が出来たりモンスターも全部エジプトだったりするのはどうだろう! っていう、完全な自分専用オリジナルゲームとして作り始めたのがきっかけ。一作目は、リメイクの時のグラフィック以外は自分ひとりで作っていた。

次の理由が、エジプトネタの知名度を上げたかったから。

ゲームを作り始めた頃、ヴァルキリープロファイルという北欧神話ネタのゲームの影響で北欧神話の人気が高まっていて、ゲームから神話へのアプローチが有効であることを知った。
このサイト自体、「自分の好きなものを広める、こっち側に人を引き込む」ということを最大目的として掲げていることもあって、それならゲームで客層を広げよう、と。だから最初に「このゲームでエジプト神話にハマりました」という声が聞けたときは本当に嬉しかったんだよね。まあそんな懐かしい暖かな思い出も少しくらいは(以下略

自分が好きだから、が一番最初にあって、次に、人にも好きになってもらいたいから、がある。
これが自分の自作ゲームにかける一貫した思いであって、だから苦労しても完成されることが出来た。
私は自分の作品が気に入っている。

自己満足? だってフリーゲームってそういうものだし。(笑)
最初からウケなんて狙わないし、万人受けするとも思ってない。
気に入らない人がいるならしょうがない。それでいいんじゃないの。

プレイヤーがどんな感想を抱こうが、個人の自由だ。
自分の作品を自分でどれほど気に入っていようが、作るのに苦労していようが、他人からすればそんなものはまさしく「他人事」だ。頑張っただけ評価されるとは限らない。

しかし個人製作のフリーゲームなら、(法律に触れるようなものでない限り)作者がどんな作品を作るのも自由だ。
作り手はそれを忘れないで欲しい。


そもそもフリゲって、自分の好きなこと、自分にしか出来ないものを見つけて詰め込めばいいだけだと思う。簡単な話だよ、自分の好きなことを全力でやればいい。
そして、やり始める以上は、必ず終わらせなくてはいけない。半分だけ仕上げて放り投げて、完成すればすばらしいものになるはずでした、とか、ここまで自分はこれだけ苦労しました、とか主張しても、最後まで作れていない事実は微動だにしない。今より素晴らしいものになる「可能性」はあっても、あくまで可能性にすぎず、ダメになる可能性だって含んでいるんだから。

思いを最後まで貫き通すのは、まあ簡単じゃないけど、そこは頑張れ。簡単じゃないことをやるから人生ってのは面白いんだと思う。



ごちゃごちゃ書いてきたが、要するに言いたいことは一つ。
今はフリゲを作るのに楽な時代ではないんだろうけど、ほんとに何かやりたいと思ってる人にとっては、流行り廃れや障害など関係ないだろうということ。

ま、なるようになるから心配すんなってことですよ。

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