「エジプト文明はなぜ滅びたか」
夏休みも終わり学生の皆様、いかがお過ごしでしょうか。
夏休みの宿題にインターネットで検索して出てきたものをそのままコピペしてソッコーでバレたりしている人もいる頃合でしょうか。
タイトルのような話題が挙がったのだけど、夏休みなので控えました。嫌がらせですが何か。
今年の冬休みか来年の夏休みが巡ってくれば無駄な気遣いになりますね。
とりあえずググってみましたら、Yahoo! 知恵袋に同じような質問がありました。
エジプト文明はなぜ滅びたのですか?
この質問と回答は、いくつかの意味で間違ってます。質問の仕方がまずおかしいのに、そのまま回答しようとしてズレてる。まあ、このテの掲示板は、議論ややりとりには向かない形態なので仕方ないのですが。
● 質問について
「エジプト文明が滅びた」ことと、「スフィンクスやピラミッドなど現代では(切れているが、たぶん「作れないようなものを作れたのに」と言っている)」ということは、関係ない。
おそらく、凄い建築物を作れる=エジプト文明なんかスゴイ、だから簡単に滅びるなんて信じられない。と、いう文脈なのだと思うんだけど、スフィンクスは体の下半分は天然岩。もともとあった岩をライオンぽく整形して上に石を載せただけの上げ底なうえ、地盤の裂け目を考慮していなかった設計ミスの跡もあるので技術的にスゴいかというと、疑問符がつく。
ピラミッドについても、あれだけ巨大なものを作る情熱と経済力、統率力は確かに凄いのだけれど、同様の巨大な建造物が他の時代や文明に皆無というわけでもないし。
だから、エジプト文明が異常に凄かったわけではない。
それからもう一つ。「エジプト文明」とは、一体なにか。
ココを定義しとかないと、回答のしようがないと思う。
たとえばエジプト文明をピラミッドとするならば、ピラミッドが作られなくなった時代をさす。新王国時代にはまだ小規模なピラミッドが墓とともに作られていたから、末期王朝あたりになるのだろうか。古代エジプト語とするならば、王国時代が終了した後も9世紀(10世紀とする資料もあった)くらいまでは細々と生き残っていた。エジプト人という意味なら今も生きてるから滅びてはいない。
● 回答について
エジプト【文明】は、アレクサンドロスやローマの侵攻により滅びたわけでは無い。
エジプト【王国】を滅ぼしたのかというと、それも違う。アレクサンドロスが滅ぼしたものは「プトレマイオス王朝」であり、プトレマイオス王朝の王たちはマケドニア人だ。エジプト人の王国としてのエジプトは、それ以前に終了している。
またアレクサンドロスが来ても、エジプト人の生活自体が根本的に変化した形跡はない。下々にしてみれば、トップが替わっただけという感覚だと思われる。(日本国首相が代わって政治方針が変わったとしても、文明は滅びない)
おそらく回答者が考えているのは、エジプトという国の独立主権の終焉なのだろう。
質問者も回答者も、漠然と「むかしのスゴかったエジプト」をイメージして話しているから見せ掛け上は噛合ってるに見えるだけで、実際は質問したことに答えようがない、答えてるほうもあさっての回答をしてしまっている、という状況なんじゃないかな。
*--*--*--*--*--*--*
最初に、「エジプト文明」を、以下のように定義する。
言語、宗教、生活スタイルなどエジプト独自の文化。
これらは一つの事件や、ある短い期間で唐突に消えてしまったわけではない。時間をかけて少しずつ失われていった。
古代世界の中ではエジプトは辺境の地で、自然国境に恵まれていたお陰もあって長らく独自の文化を持ち続けていたが、それでも移住者などで少しずつ文化が交じり合い、独自性を失っていく。
上記で定義した「エジプト文明」が衰退しはじめるのは、第三中間期あたりから。他国からの影響、とくに地中海のむこうギリシャ・ローマ方面からの影響が強くなり、エジプト「らしさ」と、エジプト文明としての発展は消え始めた。
これにはコプト教の広まりと、古代エジプトの伝統的な宗教からの脱却も関係していると思う。
弱った文明にトドメを刺したのが7世紀にイスラム圏に組み込まれたことで、これによりイスラム教への改宗者が増加。偶像崇拝の禁止、エジプト語の使用禁止により、細々と生き残っていた古代の残り香が完全に抹消されることになったと考えられる。
「完全に」とは言ったが、現代でもエジプトの農民は古代エジプトの暦や用語を一部使っているし、田舎にいけば出産や結婚式などで古代のままの風習を受け継ぐ場所もあるという。また、意味は変化していても、ナイルに感謝をささげる祭り(本来は女神トゥエリスにささげる祭りだったらしい)が生き残っていたという話もある。
それもまた、エジプト文明の一部には違いない。
文明とは決して死なないもの、たとえ縮小しても、変化しながら未来へ受け継がれているものと言えるかもしれない。
結論として、「エジプト文明はなぜ滅びたか」という問いに対しては、「"古代"エジプト文明は衰退はしたものの滅びてはいない。」という回答が妥当だと、私は思う。
*--*--*--*--*--*--*
そもそも「滅びた文明」など存在するのだろうか…?
学研の「ムー」なんかだと、「滅びた古代文明」などというフレーズがよく出てくるものだが、古代文明は基本的に現代に受け継がれている。中には、廃れたり、取捨選択の上で捨てられたものもあるだろうが、それは「滅びた」と言っていいものか。
ある程度のネームバリューがあり、担い手となる人数がそれなりにいるのであれば、逆にそれを完全に根絶することはとても難しい。他から隔離された少数民族がもっている"文化"は皆殺しにして根絶できるかもしれないが、それは"文明"の域には達していないものであり、文明とまで呼ばれるほど昇華されていれば、廃れても一部はどこかに残るものではないだろうか。
と、いうわけで続く。
夏休みの宿題にインターネットで検索して出てきたものをそのままコピペしてソッコーでバレたりしている人もいる頃合でしょうか。
タイトルのような話題が挙がったのだけど、夏休みなので控えました。嫌がらせですが何か。
今年の冬休みか来年の夏休みが巡ってくれば無駄な気遣いになりますね。
とりあえずググってみましたら、Yahoo! 知恵袋に同じような質問がありました。
エジプト文明はなぜ滅びたのですか?
この質問と回答は、いくつかの意味で間違ってます。質問の仕方がまずおかしいのに、そのまま回答しようとしてズレてる。まあ、このテの掲示板は、議論ややりとりには向かない形態なので仕方ないのですが。
● 質問について
「エジプト文明が滅びた」ことと、「スフィンクスやピラミッドなど現代では(切れているが、たぶん「作れないようなものを作れたのに」と言っている)」ということは、関係ない。
おそらく、凄い建築物を作れる=エジプト文明なんかスゴイ、だから簡単に滅びるなんて信じられない。と、いう文脈なのだと思うんだけど、スフィンクスは体の下半分は天然岩。もともとあった岩をライオンぽく整形して上に石を載せただけの上げ底なうえ、地盤の裂け目を考慮していなかった設計ミスの跡もあるので技術的にスゴいかというと、疑問符がつく。
ピラミッドについても、あれだけ巨大なものを作る情熱と経済力、統率力は確かに凄いのだけれど、同様の巨大な建造物が他の時代や文明に皆無というわけでもないし。
だから、エジプト文明が異常に凄かったわけではない。
それからもう一つ。「エジプト文明」とは、一体なにか。
ココを定義しとかないと、回答のしようがないと思う。
たとえばエジプト文明をピラミッドとするならば、ピラミッドが作られなくなった時代をさす。新王国時代にはまだ小規模なピラミッドが墓とともに作られていたから、末期王朝あたりになるのだろうか。古代エジプト語とするならば、王国時代が終了した後も9世紀(10世紀とする資料もあった)くらいまでは細々と生き残っていた。エジプト人という意味なら今も生きてるから滅びてはいない。
● 回答について
エジプト【文明】は、アレクサンドロスやローマの侵攻により滅びたわけでは無い。
エジプト【王国】を滅ぼしたのかというと、それも違う。アレクサンドロスが滅ぼしたものは「プトレマイオス王朝」であり、プトレマイオス王朝の王たちはマケドニア人だ。エジプト人の王国としてのエジプトは、それ以前に終了している。
またアレクサンドロスが来ても、エジプト人の生活自体が根本的に変化した形跡はない。下々にしてみれば、トップが替わっただけという感覚だと思われる。(日本国首相が代わって政治方針が変わったとしても、文明は滅びない)
おそらく回答者が考えているのは、エジプトという国の独立主権の終焉なのだろう。
質問者も回答者も、漠然と「むかしのスゴかったエジプト」をイメージして話しているから見せ掛け上は噛合ってるに見えるだけで、実際は質問したことに答えようがない、答えてるほうもあさっての回答をしてしまっている、という状況なんじゃないかな。
*--*--*--*--*--*--*
最初に、「エジプト文明」を、以下のように定義する。
言語、宗教、生活スタイルなどエジプト独自の文化。
これらは一つの事件や、ある短い期間で唐突に消えてしまったわけではない。時間をかけて少しずつ失われていった。
古代世界の中ではエジプトは辺境の地で、自然国境に恵まれていたお陰もあって長らく独自の文化を持ち続けていたが、それでも移住者などで少しずつ文化が交じり合い、独自性を失っていく。
上記で定義した「エジプト文明」が衰退しはじめるのは、第三中間期あたりから。他国からの影響、とくに地中海のむこうギリシャ・ローマ方面からの影響が強くなり、エジプト「らしさ」と、エジプト文明としての発展は消え始めた。
これにはコプト教の広まりと、古代エジプトの伝統的な宗教からの脱却も関係していると思う。
弱った文明にトドメを刺したのが7世紀にイスラム圏に組み込まれたことで、これによりイスラム教への改宗者が増加。偶像崇拝の禁止、エジプト語の使用禁止により、細々と生き残っていた古代の残り香が完全に抹消されることになったと考えられる。
「完全に」とは言ったが、現代でもエジプトの農民は古代エジプトの暦や用語を一部使っているし、田舎にいけば出産や結婚式などで古代のままの風習を受け継ぐ場所もあるという。また、意味は変化していても、ナイルに感謝をささげる祭り(本来は女神トゥエリスにささげる祭りだったらしい)が生き残っていたという話もある。
それもまた、エジプト文明の一部には違いない。
文明とは決して死なないもの、たとえ縮小しても、変化しながら未来へ受け継がれているものと言えるかもしれない。
結論として、「エジプト文明はなぜ滅びたか」という問いに対しては、「"古代"エジプト文明は衰退はしたものの滅びてはいない。」という回答が妥当だと、私は思う。
*--*--*--*--*--*--*
そもそも「滅びた文明」など存在するのだろうか…?
学研の「ムー」なんかだと、「滅びた古代文明」などというフレーズがよく出てくるものだが、古代文明は基本的に現代に受け継がれている。中には、廃れたり、取捨選択の上で捨てられたものもあるだろうが、それは「滅びた」と言っていいものか。
ある程度のネームバリューがあり、担い手となる人数がそれなりにいるのであれば、逆にそれを完全に根絶することはとても難しい。他から隔離された少数民族がもっている"文化"は皆殺しにして根絶できるかもしれないが、それは"文明"の域には達していないものであり、文明とまで呼ばれるほど昇華されていれば、廃れても一部はどこかに残るものではないだろうか。
と、いうわけで続く。