エジプト文明のダメなとこ Part2 「貿易に弱い」

   エジプトが物々交換をしていたその頃
 
   メソポタミアでは「手形」が存在した。


古代世界が繁栄する重要な条件の一つが、安定して衣食住が得られることだろう。
その点、エジプト文明はたいへん優れた文明である。古代に生きていくならココは天国。

まず、砂漠のど真ん中なのに決して枯れない大河が流れているというところがすごい。
作物には不作の年はあるだろうけど、水があれば、とりあえずしばらくは死なない。
ナツメヤシの実や魚もあるし。

危険な大型動物に脅かされることはない。
河にはカバやワニがいるが、人間を好んで食べる肉食獣ではないから、近づかなければOK。

暑いけど、豪雨や大嵐が来ることも無い。増水して家が流されることはあっても、鉄砲水による危険な濁流とは違うから、直接的に命に関わる危機ではない。


…だが、この国には、「経済」が育たなかった。




長文掲示板に質問が来たときに少し調べたのでログを貼っておく

古代エジプトでは、貨幣が存在しなかった。ローマ支配時代になると、アレクサンドリアに鋳造所が出来てローマコインが発掘されるようになるが、それまでは物々交換の経済であり、貨幣に値するものも存在しない。

「商人」という言葉すら存在せず、ようやく新王国時代になって登場する、「商人」に該当する言葉「シュウティ」も、公務員として他国と物々交換するために活動する交易使節を指していた。市場で売買を行う専門の職業についての名前がないということは、そもそも仲買人などが存在せず、作った人が売るという概念だったのかもしれない。


では、なぜエジプトでは貨幣経済が育たなかったのか?
その理由はうまく説明できないが、もしかすると鉱山資源がないこととも関係があるかもしれない。貨幣を作るのに十分な鉱物が無い。それから、基本的に自足自給で生活していたから、経済活動の範囲が「村」や「町」の中で完結してしまうケースが多かったことも理由として挙げられるかもしれない。

むかし何処かで見たエジプトの壁画では、市場での物々交換の場面が描かれていた。
かごを売る商人にガチョウを差し出す買い物客。肩にはガチョウがたくさん吊るされている。
扇でパンを買おうとする女性。魚と野菜を交換しようと交渉している男性。
(この絵が見つかればよかったんだが、どの本だったか忘れてしまった…)

つまり財産=家畜やモノ。価値は年々減っていくうえ、付加価値が少ない。
あまり遠距離を運んで交易するものではなく、大半はすぐに消費されるものだ。



経済が国内だけで回っているうちは、これでも良かったのかもしれないが、国際貿易を行う上では不利だ。
末期王朝時代になると、さすがに貨幣がないとやっていけないということで、ナウクラティス、アレクサンドリアなど海運に有利な貿易都市が作られ、その中でのみ限定して使われる貨幣がつくられた。<場所は下の図を参照>

画像


これがファラオ時代に唯一作られた貨幣であり、以降ローマ支配で完全に貨幣経済に組み込まれるまで物々交換システムは続く。だからファラオ時代のエジプトではずっと、国家公務員へのお給料は現物支給。奴隷売買も、土地の借用も、すべてモノ。モノでない場合は「銅xxぶんの価値とする」といった、貴金属の重量での等価交換。


もう一つ、エジプトの国際貿易についての資料を貼っておこう。使いまわしだけど。


 輸出>余剰作物、繊維品、工芸品
 輸入>木材、宝石、鉱物、奴隷

どう考えても輸入品のほうが単価が高い。

価値として輸入>輸出なのだから、他国との交易で不利なのは仕方が無い。
現代において、加工品を輸出している日本などの先進国と、農作物を輸出している非先進国との貿易黒字額の差を見比べてみるといい。


エジプトに専門的な技術を持つ職人がいなかったわけではない。
いなかったわけではないし、むしろ芸術・技術のレベルは世界最高水準だったが、彼らはそれを、主に来世のため、すなわち墓作りに使ってしまった。金銀宝石も金属も、貴重な木材も、片っ端から墓に入れちゃった。金を輸入→加工して価値を上げて輸出 であれば、儲かったのだろうが、…


当然のことながら、彼らは自分の意思に従ってそのもっている技術を提供するのではなく、「たくさんの主人や雇い主の下に」仕えなければならない。つまり「都市」の発達によって少数の例外はありえたとしても、独立営業はまず不可能であった。というのも、彼らの技術を買うことができる層はごく限られており、しかも原料(彫刻師の花崗岩や閃緑岩などの石材、指物師の黒檀や杉材等々)はほとんどが国家の統制品で、行政の手を通さなければ入手できなかったからである。したがって彼らは国家直属の工房で働くか、神殿などの公的機関あるいは高官貴族の経営する工房で働くかするしかなかったのである。

―生活の世界歴史1 古代オリエントの生活 三笠宮崇仁 編  河出出版



というわけで、優れた技術をもつ職人たちは国家の庇護下にあり、生産の材料も国の役人「シュウティ」たちの取引によってもたらされていたため、職人たちが個人的に儲かるということもなく、職人たちが自ら商売を始めることもなかったのだ。職人たちの主人である国と貴族たちに立派な墓作り以外の興味があれば、結果は変わっていたかもしれないが…。

良く言えば「俗世の欲に興味が無い」、悪く言えば「趣味に労力を使いすぎた」ということか。



海外掲示板で「エジプト文明は共産主義に近くないか」ってスレがあったんですが貧弱な英語力だと全く意味が解りませんでした。誰か解説してください。(おい)
というのは冗談として、マジメな話、経済学をやっている人には古代世界の経済はどう見えるんだろうか。是非とも話を聞いてみたいところだ。

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