世界最古の鉄器発見でヒッタイト起源説否定。のニュースに食いついてみる
世界最古の鉄器、トルコで発見 ヒッタイト起源説覆す
http://www.asahi.com/travel/news/TKY200903250414.html
「鉄のなくなったヒッタイトなんて投石機のHP二倍と射手ユニット優遇くらいの価値しかない、どうするんだ!」
CIVプレイヤーが騒いでいたので食いつきました。そんな理由ですんません。
大丈夫、大丈夫だ。
ヒッタイトにはまだ馬と戦車があるから。
それがダメでもヒッタイト語とかッ… まあ色々あるんだよ! 何もなくなったらイラスト化して「萌えるヒッタイト」とかキャンペーンやるよ!(←いらん)
と、いう冗談はサテおき、例によって新聞の書き方がアレなだけで、ヒッタイトの業績は否定されていないようですよ?
文中にある「カマン・カレホユック」遺跡は【こちら】。
もうちょっと情報が欲しい人へ:愛媛大のシンポジウムページは【こちら】。
場所は【こちら】のPDFから。
”カマン・カレホユック遺跡はトルコ共和国の首都アンカラから南東に約100km南下したクズルマック(赤い河)の内側に位置します。”
天は赤い河のほとり来たよコレ!
場所的にはヒッタイト帝国の勢力圏内ですが、発見された人工鉄の残骸が帝国成立の「400年前」に作られたものであることから、"ヒッタイト起源説覆す"という記述にされた模様。
まとめると、こういうこと。
つーか、カマン・ホユックの場所自体はヒッタイト内なんだから、そこは書いてあげないと…。
場所はヒッタイトだけど、ヒッタイト建国前にもう鉄作ってたことが判明しましたよ! って。
今までだって、ヒッタイト起源説は定説じゃなくて可能性の高い説、ということだったと思います。何でかというと、ヒッタイトが起源だという証拠が不十分だったから。
鉄器を製造する技術が拡散し、広く使われるようになったのはヒッタイト帝国が崩壊した紀元前1200年ごろから。それまでヒッタイトがナイショにしてたものが帝国崩壊によって流出することから始まります。(※1)
技術の拡散後の拡散ルートは分かるのですが、秘密にされていた頃の記録が少ないのです。ヒッタイト以前に鉄は作られていたかもしれない、でも証拠がない。暫定的に最も古いところでヒッタイト帝国… かなあ? みたいな。
ヒッタイト起源じゃーないんじゃね? というのは、今までもけっこう言われてました。ヒッタイト以前の証拠が見つからないだけで、ヒッタイトが帝国を作るときに、その傘下に収められた先住民や少数民族のいずれかが実際の鉄器技術の発見者で、帝国が崩壊するまで秘密を守るため囲われてたんじゃないのか、とか。鉄器を作るには高温を持続できる炉が必要不可欠なので、炉の出土を証拠として探している学者さんもいたはず。
ちなみに、(意外かもしれないけど)実用に耐えうる「鉄器」以前に、紀元前四千年ごろには、既に人口鉄を作ろうとした試みの跡は、エジプト、メソポタミア、アナトリアなどの小アジアと幅広い地域で見られるようです。ただし、その鉄は強度が足りず、銅に比べて劣るものでした。
この辺りは青銅器の生産も盛んでしたが、それは、古代のこの地域が金属器の生産に必要不可欠な以下の三条件を満たしていたからだとされます。(※2)
(1)余剰作物
(2)鉱山
(3)燃料
金属器の生産は専門技術。それ専門で携わる技術者が必要です。そして、食料の生産に携わらない専門職を養うために必要なのが、食利用を生産しない専門職の人たちを養うための余剰作物です。(※3)
次が鉱山。これは自然条件によりますが、近くに加工できる鉱石が無ければ、金属器の生産は行えません。
最後の燃料は、金属の精錬に必要な高温を生み出すために必要なもので、木や石炭が挙げられます。この点においては、木材の少ないエジプトは不利だったんでしょうが…。
初期の鉄に強度が足りなかったのは、鉄を溶解させる温度が銅より高く、その高温を持続させる技術が足りなかったことや、取り出した銅をツチ打ちしつつ繰り返し焼きを入れる技術がまだ発達していなかったことなどがあるようです。強い鉄を作るには、長年の試行錯誤があったということ。
たぶんヒッタイトが果たした役割は、発見された製鉄技術をさらに洗練させ、専門の職人集団を組織化し、流通経路を確保したこと。これらは、強大な国家を築いたからこそ実現できた要素です。金属器は、古代世界において時代を変化させる大きな要因ですが、技術単体ではインパクトは薄く、それが国家権力と結びついてはじめて、強力な外交カードとして扱われるようになるのでしょう。
ヒッタイトは、それを十分承知していたからこそ、製鉄技術の海外流出を恐れていたのだと思われます。
-----------------
※1
それでも、隣接していたエジプトが鉄器時代に入るのは紀元前600年ごろから。意外にエジプトの青銅器時代は長い。
※2
参考にしたのは「生活の世界歴史1 古代オリエントの生活」(河出書房新社)。ボガズキョイ文書の内容についてもこの本にある。
※3
もちろんピラミッドを作るのにだって余剰作物は必要。以前のエントリでネタにしたように、専門の技術者を養う社会的な余裕がなければ、高度な技術は発達しない。
>>つづくよー
****************
著者、大村 幸弘さん。なんかこの本がドンピシャっぽいんですけど。
見つけた瞬間、購入ボタンをクリックする癖をいい加減なんとかした…(ry
http://www.asahi.com/travel/news/TKY200903250414.html
「鉄のなくなったヒッタイトなんて投石機のHP二倍と射手ユニット優遇くらいの価値しかない、どうするんだ!」
CIVプレイヤーが騒いでいたので食いつきました。そんな理由ですんません。
大丈夫、大丈夫だ。
ヒッタイトにはまだ馬と戦車があるから。
それがダメでもヒッタイト語とかッ… まあ色々あるんだよ! 何もなくなったらイラスト化して「萌えるヒッタイト」とかキャンペーンやるよ!(←いらん)
と、いう冗談はサテおき、例によって新聞の書き方がアレなだけで、ヒッタイトの業績は否定されていないようですよ?
文中にある「カマン・カレホユック」遺跡は【こちら】。
もうちょっと情報が欲しい人へ:愛媛大のシンポジウムページは【こちら】。
場所は【こちら】のPDFから。
”カマン・カレホユック遺跡はトルコ共和国の首都アンカラから南東に約100km南下したクズルマック(赤い河)の内側に位置します。”
天は赤い河のほとり来たよコレ!
場所的にはヒッタイト帝国の勢力圏内ですが、発見された人工鉄の残骸が帝国成立の「400年前」に作られたものであることから、"ヒッタイト起源説覆す"という記述にされた模様。
まとめると、こういうこと。
紀元前2000年ごろ
カマン・ホユックの住人が人工鉄を生産していたと判明。
(※現時点では最古だが、ここで製鉄技術が発見されたかどうかは不明)
↓
400年後、カマン・ホユック周辺がヒッタイト帝国領内に。
↓
ヒッタイト、鉄器生産技術をUPさせる。
流通経路確保、ただし生産技術は他国にはナイショ。
鉄器をエジプトとの外交にも使用。(ボガズキョイ文書)
↓
紀元前1200年ごろ、ヒッタイトが海の民に滅ぼされる。
製鉄技術が周辺国に拡散。
つーか、カマン・ホユックの場所自体はヒッタイト内なんだから、そこは書いてあげないと…。
場所はヒッタイトだけど、ヒッタイト建国前にもう鉄作ってたことが判明しましたよ! って。
今までだって、ヒッタイト起源説は定説じゃなくて可能性の高い説、ということだったと思います。何でかというと、ヒッタイトが起源だという証拠が不十分だったから。
鉄器を製造する技術が拡散し、広く使われるようになったのはヒッタイト帝国が崩壊した紀元前1200年ごろから。それまでヒッタイトがナイショにしてたものが帝国崩壊によって流出することから始まります。(※1)
技術の拡散後の拡散ルートは分かるのですが、秘密にされていた頃の記録が少ないのです。ヒッタイト以前に鉄は作られていたかもしれない、でも証拠がない。暫定的に最も古いところでヒッタイト帝国… かなあ? みたいな。
ヒッタイト起源じゃーないんじゃね? というのは、今までもけっこう言われてました。ヒッタイト以前の証拠が見つからないだけで、ヒッタイトが帝国を作るときに、その傘下に収められた先住民や少数民族のいずれかが実際の鉄器技術の発見者で、帝国が崩壊するまで秘密を守るため囲われてたんじゃないのか、とか。鉄器を作るには高温を持続できる炉が必要不可欠なので、炉の出土を証拠として探している学者さんもいたはず。
ちなみに、(意外かもしれないけど)実用に耐えうる「鉄器」以前に、紀元前四千年ごろには、既に人口鉄を作ろうとした試みの跡は、エジプト、メソポタミア、アナトリアなどの小アジアと幅広い地域で見られるようです。ただし、その鉄は強度が足りず、銅に比べて劣るものでした。
この辺りは青銅器の生産も盛んでしたが、それは、古代のこの地域が金属器の生産に必要不可欠な以下の三条件を満たしていたからだとされます。(※2)
(1)余剰作物
(2)鉱山
(3)燃料
金属器の生産は専門技術。それ専門で携わる技術者が必要です。そして、食料の生産に携わらない専門職を養うために必要なのが、食利用を生産しない専門職の人たちを養うための余剰作物です。(※3)
次が鉱山。これは自然条件によりますが、近くに加工できる鉱石が無ければ、金属器の生産は行えません。
最後の燃料は、金属の精錬に必要な高温を生み出すために必要なもので、木や石炭が挙げられます。この点においては、木材の少ないエジプトは不利だったんでしょうが…。
初期の鉄に強度が足りなかったのは、鉄を溶解させる温度が銅より高く、その高温を持続させる技術が足りなかったことや、取り出した銅をツチ打ちしつつ繰り返し焼きを入れる技術がまだ発達していなかったことなどがあるようです。強い鉄を作るには、長年の試行錯誤があったということ。
たぶんヒッタイトが果たした役割は、発見された製鉄技術をさらに洗練させ、専門の職人集団を組織化し、流通経路を確保したこと。これらは、強大な国家を築いたからこそ実現できた要素です。金属器は、古代世界において時代を変化させる大きな要因ですが、技術単体ではインパクトは薄く、それが国家権力と結びついてはじめて、強力な外交カードとして扱われるようになるのでしょう。
ヒッタイトは、それを十分承知していたからこそ、製鉄技術の海外流出を恐れていたのだと思われます。
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※1
それでも、隣接していたエジプトが鉄器時代に入るのは紀元前600年ごろから。意外にエジプトの青銅器時代は長い。
※2
参考にしたのは「生活の世界歴史1 古代オリエントの生活」(河出書房新社)。ボガズキョイ文書の内容についてもこの本にある。
※3
もちろんピラミッドを作るのにだって余剰作物は必要。以前のエントリでネタにしたように、専門の技術者を養う社会的な余裕がなければ、高度な技術は発達しない。
>>つづくよー
****************
著者、大村 幸弘さん。なんかこの本がドンピシャっぽいんですけど。
見つけた瞬間、購入ボタンをクリックする癖をいい加減なんとかした…(ry

