「ホルスの道」から中王国~第二中間期の神殿発見 (←記事に妥当と思われるタイトル)
エジプト関連のニュース来ました。
古代エジプトの4神殿を発見=ヒッタイト王朝の解明に新たな光 (※)
http://www.jiji.com/jc/a?g=afp_cul&k=20090423022015a
ヒクソスきたー。アジールきたー(それは違う)
ゲームの元ネタにしたあたりの時代かあ~…。「ホルスの道」とか見ると妙に嬉しくなっちゃうんだよね。
わくわくてかてか。わくわくてかてか。
と、いうわけでお好みの時代なので全力で食いついたけど、相変わらず報道の記述が何かイマイチ…だった…。
(※)4/24 9:00の時点でタイトルが修正されているのを確認。記事配信された時点で「ヒッタイト」だったのに「ヒクソス」に修正されてます。ちょおま…修正記載もせずに黙って直しやがった時事通信。
間違えていた時の画面キャプチャは下のほう参照。以下の記述はタイトルが間違えていたための指摘。
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まず根本的なところで、日本語記事のタイトルと内容が合ってない。
記事の中身はヒクソス人の話なのに、タイトルがヒッタイト…
ヒクソスとヒッタイトは別モノだ。
ヒクソス人はヒッタイト人じゃない。ヒクソスとヒッタイトは直接的に関係ない。
なんか、ヒクソス王朝をヒッタイトと勘違いしてないか…?
ヒッタイトは紀元前3000年ごろにアナトリアに移住してきたインド=ヨーロッパ語族の民族。
ミタンニなど近隣諸国を吸収してヒッタイト帝国を築き、エジプトのラメセス2世と激しい戦闘を行った記録も残っている。ただしラメセス2世はエジプトでいうと新王国時代は。第19王朝の王様だ。
ヒクソス人がエジプトに移住して来たのは、それに先立つ中王国時代のあたりからで、彼らがエジプトに王朝を作ったのは第二中間期の第15王朝。 (*同時代に複数のヒクソス王朝が存在した可能性あり)
ヒクソスは人種名でも民族名でもない。同時代にエジプトにやって来た素性不明のアジア人一般をアバウトに指してる言葉だ。その意味ではのちにヒッタイト帝国を築く人々と同じだったかもしれない…けど、それはあくまで可能性だし。両者に共通するのは馬を使っていたということだけど、それはアジア系の民族なら珍しくもない話だし。
エジプトに残されたヒクソス人の名前(セム系)がヒッタイトの人名とは系統が異なることからすると、ヒクソスとヒッタイトは別の民族と考えたほうがいいだろう。おそらくは、ヒッタイト人が移住してきたことによって玉突き式にパレスチナ近辺に移住してきた人々が、エジプトにも流入してそのまま定着したのだと思われる。
タイトルが「ヒッタイト王朝の解明」となってしまったのは、記事中では言及されていないが、発見された神殿にヒッタイトと戦ったラメセス2世の碑文が残されていたからかもしれない。ラメセス2世は、記事の中で言及されているラメセス1世の孫に当たる。正確に言うなら「ヒッタイトとエジプトの関係の解明」だろうか。
もっとも、ヒッタイトについては、ヒッタイトの人々自身が書き残した山ほどの粘土板があるんだから、あくまでエジプト側から見た記録… ということになるだろうが。
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と、いうわけで、例によって日本語記事になると情報量が減ってるので、元記事を漁ってみたよ。
4/21報道、たぶんこれが大元。
Four new temples discovered in Sinai (Daily News Egypt)
http://www.thedailynewsegypt.com/article.aspx?ArticleID=21232
…どこにもヒッタイト出てこねぇし(笑)
やっぱりかーーー日本語記事スタッフぅう!
ちなみに、タイトルにある「4つの神殿」とは、1つの神殿が4時代に渡って重なって建設されていた、ということ。
一番上が新王国時代、最古層が中王国時代(ヒクソスの来た辺り)。
神殿にはセト神に礼拝するラメセス1世が描かれていたとのことだが、ラメセス1世は新王国時代の王様なので。たぶん神殿の新しい部分なんじゃないかと…。重要なのは中王国時代と新王国時代の間にはさまる第二中間期(ヒクソスのたてた王朝など、複数の王朝が並立する乱世)の記録なので、それよりもっと古い部分の地層になるのだろう。
見つかったのはスエズ運河の4キロ東、「ホルスの道」と呼ばれる古代の軍用道路の調査中のことだそうだ。
古代エジプトでは、交易・遠征は主に道路を使ってました。その道路、公共の街道が「ホルスの道」。エジプトと現在のパレスチナを結ぶあたりの存在する。つまり、エジプトにヒクソスがやって来る時にも使われたかもしれない道、というわけだ。
図中の「メンフィス」というのは、日本でいうとこの京都みたいな、古くからある重要な中心都市と思ってもらえればOK。実際は、時代によって首都の位置(ファラオの居住地)は鎌倉だったり江戸だったりする。
「ホルスの道」には、街道の監視や護衛のため幾つかの砦が築かれていたことが分かっているが、今回発見された神殿は、砦で生活する兵士たちが礼拝する場所だったのかもしれない。また、記事内には、外国からの使節団が街道を通過した際に神殿を目にして感銘を受けたかも。というようなことも書かれていた。
で、まあ、この神殿が重要なのは、記事にもあるが、エジプト古代王国にとって歴史上はじめて、異国人(この時はヒクソス)の支配を受けた時代の遺跡が出てきたんだ、ということかと。その時代は歴史記録がとても少ない暗黒期なのです。
神殿の碑文などが軍事活動の資料となりうる「可能性が」ある、という話だろうと脳内補足。掘った、見た、分かった、なんてことはなく、出てきたものをじっくり研究しないとその価値は分からないから、今のところ、どれくらいのことが分かるのかは未定だろう。
発見場所。
Qantaraという地名と「スエズ運河の4キロ東」という情報からすると、たぶんこのあたり。モロに軍事施設ありますがな。 なるほどねー、ここんとこのイスラエルとパレスチナの不穏な空気嗅ぎ取って軍備拡張しようとしたら掘り当てちゃったのかね……。
大きな地図で見る
ここだとすると、位置関係はこんなかんじ。
Al Qahirah っていうのが、エジプトの首都カイロのことね。
場所からして「ホルスの道」の真上なので、正解っぽい…かな?
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↓ヒッタイトとヒクソスを間違えて配信していた時の画面キャプチャ^^;
[>時事通信
[>ヤフーニュース
…とりあえずは、記事の不正確な記述を指摘して、補正しておく。
(1)アヴァリスは下ナイルのデルタ地帯の都市名(Nile Delta capital, Avaris)
(2)エジプト全土は支配していない。デルタ地帯を中心にナイル下流の限定的な地域
(3)アジア系っていうか正確には現在のパレスチナ付近からの移住者とされる
このへんは元になってる英語記事を理解していれば書き間違わないと思うんだが…。
(4)ヒクソスの語源は古代エジプト語の「ヘカ・カスウト(hekaw khaswt)」だよ…!
ヘカ・カスウトがギリシャ語に転用されて訛ってヒクソスになったんだべ。
ここは元記事にもそう書いてあるからしょうがないんだろうけど。(外国語起源の日本語を考えて欲しい。たとえば ”カステラ” という言葉に「カスティーリャ地方のパン」という元々の意味は無いだろう?)
ヒクソスはエジプト人から憎まれてた、というのも、ちょっとどうかなあ。ヒクソス人の支配は短い期間で終わったけど、ヒクソス人が皆殺しにされたり追い出されたりした記録はないわけで。残されたヒクソス時代の碑文や芸術品を見るに、彼らは積極的にエジプトに同化しようとしていなかったか? それどころか、ラメセス王朝はヒクソスの子孫かもしれないと言われているわけだが…
なんというか、これ、ちょっと記事ひどいよ…。orz
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とりあえずコレをお勧めしておくよ! つ□
図説で分かる古代エジプト。
古代エジプトの4神殿を発見=ヒッタイト王朝の解明に新たな光 (※)
http://www.jiji.com/jc/a?g=afp_cul&k=20090423022015a
ヒクソスきたー。アジールきたー(それは違う)
ゲームの元ネタにしたあたりの時代かあ~…。「ホルスの道」とか見ると妙に嬉しくなっちゃうんだよね。
わくわくてかてか。わくわくてかてか。
と、いうわけでお好みの時代なので全力で食いついたけど、相変わらず報道の記述が何かイマイチ…だった…。
(※)4/24 9:00の時点でタイトルが修正されているのを確認。記事配信された時点で「ヒッタイト」だったのに「ヒクソス」に修正されてます。ちょおま…修正記載もせずに黙って直しやがった時事通信。
間違えていた時の画面キャプチャは下のほう参照。以下の記述はタイトルが間違えていたための指摘。
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まず根本的なところで、日本語記事のタイトルと内容が合ってない。
記事の中身はヒクソス人の話なのに、タイトルがヒッタイト…
ヒクソスとヒッタイトは別モノだ。
ヒクソス人はヒッタイト人じゃない。ヒクソスとヒッタイトは直接的に関係ない。
なんか、ヒクソス王朝をヒッタイトと勘違いしてないか…?
ヒッタイトは紀元前3000年ごろにアナトリアに移住してきたインド=ヨーロッパ語族の民族。
ミタンニなど近隣諸国を吸収してヒッタイト帝国を築き、エジプトのラメセス2世と激しい戦闘を行った記録も残っている。ただしラメセス2世はエジプトでいうと新王国時代は。第19王朝の王様だ。
ヒクソス人がエジプトに移住して来たのは、それに先立つ中王国時代のあたりからで、彼らがエジプトに王朝を作ったのは第二中間期の第15王朝。 (*同時代に複数のヒクソス王朝が存在した可能性あり)
ヒクソスは人種名でも民族名でもない。同時代にエジプトにやって来た素性不明のアジア人一般をアバウトに指してる言葉だ。その意味ではのちにヒッタイト帝国を築く人々と同じだったかもしれない…けど、それはあくまで可能性だし。両者に共通するのは馬を使っていたということだけど、それはアジア系の民族なら珍しくもない話だし。
エジプトに残されたヒクソス人の名前(セム系)がヒッタイトの人名とは系統が異なることからすると、ヒクソスとヒッタイトは別の民族と考えたほうがいいだろう。おそらくは、ヒッタイト人が移住してきたことによって玉突き式にパレスチナ近辺に移住してきた人々が、エジプトにも流入してそのまま定着したのだと思われる。
タイトルが「ヒッタイト王朝の解明」となってしまったのは、記事中では言及されていないが、発見された神殿にヒッタイトと戦ったラメセス2世の碑文が残されていたからかもしれない。ラメセス2世は、記事の中で言及されているラメセス1世の孫に当たる。正確に言うなら「ヒッタイトとエジプトの関係の解明」だろうか。
もっとも、ヒッタイトについては、ヒッタイトの人々自身が書き残した山ほどの粘土板があるんだから、あくまでエジプト側から見た記録… ということになるだろうが。
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と、いうわけで、例によって日本語記事になると情報量が減ってるので、元記事を漁ってみたよ。
4/21報道、たぶんこれが大元。
Four new temples discovered in Sinai (Daily News Egypt)
http://www.thedailynewsegypt.com/article.aspx?ArticleID=21232
…どこにもヒッタイト出てこねぇし(笑)
やっぱりかーーー日本語記事スタッフぅう!
ちなみに、タイトルにある「4つの神殿」とは、1つの神殿が4時代に渡って重なって建設されていた、ということ。
一番上が新王国時代、最古層が中王国時代(ヒクソスの来た辺り)。
神殿にはセト神に礼拝するラメセス1世が描かれていたとのことだが、ラメセス1世は新王国時代の王様なので。たぶん神殿の新しい部分なんじゃないかと…。重要なのは中王国時代と新王国時代の間にはさまる第二中間期(ヒクソスのたてた王朝など、複数の王朝が並立する乱世)の記録なので、それよりもっと古い部分の地層になるのだろう。
見つかったのはスエズ運河の4キロ東、「ホルスの道」と呼ばれる古代の軍用道路の調査中のことだそうだ。
古代エジプトでは、交易・遠征は主に道路を使ってました。その道路、公共の街道が「ホルスの道」。エジプトと現在のパレスチナを結ぶあたりの存在する。つまり、エジプトにヒクソスがやって来る時にも使われたかもしれない道、というわけだ。
図中の「メンフィス」というのは、日本でいうとこの京都みたいな、古くからある重要な中心都市と思ってもらえればOK。実際は、時代によって首都の位置(ファラオの居住地)は鎌倉だったり江戸だったりする。
「ホルスの道」には、街道の監視や護衛のため幾つかの砦が築かれていたことが分かっているが、今回発見された神殿は、砦で生活する兵士たちが礼拝する場所だったのかもしれない。また、記事内には、外国からの使節団が街道を通過した際に神殿を目にして感銘を受けたかも。というようなことも書かれていた。
で、まあ、この神殿が重要なのは、記事にもあるが、エジプト古代王国にとって歴史上はじめて、異国人(この時はヒクソス)の支配を受けた時代の遺跡が出てきたんだ、ということかと。その時代は歴史記録がとても少ない暗黒期なのです。
神殿の碑文などが軍事活動の資料となりうる「可能性が」ある、という話だろうと脳内補足。掘った、見た、分かった、なんてことはなく、出てきたものをじっくり研究しないとその価値は分からないから、今のところ、どれくらいのことが分かるのかは未定だろう。
発見場所。
Qantaraという地名と「スエズ運河の4キロ東」という情報からすると、たぶんこのあたり。モロに軍事施設ありますがな。 なるほどねー、ここんとこのイスラエルとパレスチナの不穏な空気嗅ぎ取って軍備拡張しようとしたら掘り当てちゃったのかね……。
大きな地図で見る
ここだとすると、位置関係はこんなかんじ。
Al Qahirah っていうのが、エジプトの首都カイロのことね。
場所からして「ホルスの道」の真上なので、正解っぽい…かな?
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↓ヒッタイトとヒクソスを間違えて配信していた時の画面キャプチャ^^;
[>時事通信
[>ヤフーニュース
…とりあえずは、記事の不正確な記述を指摘して、補正しておく。
ナイル川のアバリスを拠点に1世紀以上にわたってエジプトを支配したアジア系のヒクソス
(1)アヴァリスは下ナイルのデルタ地帯の都市名(Nile Delta capital, Avaris)
(2)エジプト全土は支配していない。デルタ地帯を中心にナイル下流の限定的な地域
(3)アジア系っていうか正確には現在のパレスチナ付近からの移住者とされる
このへんは元になってる英語記事を理解していれば書き間違わないと思うんだが…。
ヒクソスとは古代ギリシャ語で「異国の支配者」を意味する。
(4)ヒクソスの語源は古代エジプト語の「ヘカ・カスウト(hekaw khaswt)」だよ…!
ヘカ・カスウトがギリシャ語に転用されて訛ってヒクソスになったんだべ。
ここは元記事にもそう書いてあるからしょうがないんだろうけど。(外国語起源の日本語を考えて欲しい。たとえば ”カステラ” という言葉に「カスティーリャ地方のパン」という元々の意味は無いだろう?)
ヒクソスはエジプト人から憎まれてた、というのも、ちょっとどうかなあ。ヒクソス人の支配は短い期間で終わったけど、ヒクソス人が皆殺しにされたり追い出されたりした記録はないわけで。残されたヒクソス時代の碑文や芸術品を見るに、彼らは積極的にエジプトに同化しようとしていなかったか? それどころか、ラメセス王朝はヒクソスの子孫かもしれないと言われているわけだが…
なんというか、これ、ちょっと記事ひどいよ…。orz
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とりあえずコレをお勧めしておくよ! つ□
図説で分かる古代エジプト。

