聖杯伝説を巡る考察: スキタイ人と杯の考察がおかしい。
まだ続いてる。「アーサー王伝説の起源 スキタイからキャメロットへ」へのツッコミ&補足…
本編のみならず、あとがき・解説部分も全体的に違和感バリバリなんだぜ。たとえ有名な人でもおかしいと思ったら全力でツッコミ入れるぜ!
ここで取り上げるのは、「解説」として載っている P452-454。 ヘロドトスの書いた、スキタイ人についての伝承についての言及なのだが、本編と同じく意図的に資料解釈をゆがめているように思える。「解説」を書いているのは 吉田敦彦氏。 この人の本は読んだ事があるし、ちゃんとした学者さんのはずなんだが…
導入は、こうなっている。
サン・グラールで「聖・杯」なんだから、「聖杯グラール」という書き方も適切じゃないよなぁ…。
という細かい話はともかく、ナルト叙事詩の中の杯が聖杯に似てるんじゃないのか? という部分である。ヘロドトスもスキタイ人の杯について書いていて、昔から杯は重要視されていたんだ、という流れ。
…該当する神話を読んだ覚えがあったんだ。だけど、杯が資格の決定をしている話ではなかったんだ。それで、ここを読んだ時「いやそれ違うだろ」というツッコミ心が疼いてですね。いやまあそんな前置きはどうでもいいか。
ここで、敢えて「アーサー王伝説の起源 スキタイからキャメロットへ」からの引用をせず、ヘロドトスの「歴史」本体を開く。使うのは新潮社の青木巌訳、ハードカバー本である。スキタイについての伝承が論じられる第四巻は、ペルシア王カンビュセスによるスキタイ遠征について書かれている。問題の部分は第5節以降だ。
…吉田氏の解説で、合っているのは「天から下った杯が、王たる資格のある者を選別した」といわれている。
しかし、天から降りてきた黄金の品は、杯だけではない。「すきとくびき」(農民の道具=農耕への加護?)」「おの(武器=戦いの加護?)」「杯(王の道具=王権の加護?)」の3つであって、その中で杯だけが特別だとか、杯にだけ意味がある、といったことは一切書かれていない。杯だけが王位継承の儀式で使われた… という吉田氏の主張は、それが王権を象徴するものだとすればさもありなん、ということになるのではないだろうか。
(*2009/6/28 すき と くびき を別々にカウントして4つにしていたのを、すき&くびき で1つと見做すよう修正)
ヘロドトスの、この記述部分だけをもって、スキタイ人にとって杯が「すき」や「くびき」よりも、「おの」よりも重要だったと主張するのは、かなり無理がある。
しかも、この伝説、続きがある。
もともとヘロドトスが挙げているスキタイの王位継承に関する伝説は3パターン。
そのうちの最初の1つが、さっきの、黄金の4つの祭器が天から降りてきたというものである。
もう2つは、こんな話になっている。
●ヘラクレスが居なくなった馬を探していると、馬を保護していたエキドナ(上半身が女性、下半身が蛇の生き物)と出会う。ヘラクレスはへび女に同衾を望まれ夜を共にし、へび女は三つ子を宿す。へび女が生まれた子の処遇を訊ねると、ヘラクレスは自分の持っていた弓、帯、杯をへび女に渡し、弓にうまく弦を張り、杯を提げた帯をうまく腰に巻く子以外は追い出してしまえと言う。この試練に合格したのは末子だけだった。末子は母であるへび女の国に留まり、それがスキタイ人になった。
(*2009/6/28 ヒュドラ→エキドナに修正 ヒュライアは地名でした)
●スキタイ人がいま居る土地は元はキンメリア人の地だった。キンメリア人は勝てないと思い逃げ出そうとしたが、キンメリアの王族たちは戦いたいと望む。キンメリアの王族たちは自国民と戦い、みな死んでしまった。人々は王たちをその地に埋めて去り、スキタイは誰もいなくなった土地を戦わずして手に入れた。
ヘロドトスは、この説が正しいだろうと述べている。
へび女が母なのがスキタイの蛇に似せた吹流しに関係してると言われても、ちょっとそれはコジツケじゃねーかという感じ。
ヘラクレスの子孫とする話にも、杯は登場する。ただし、こちらは「弓」「帯」「杯」の三点セットだ。
二つに被ってるのは「杯」だけだから杯が重要だろうって言われりゃそーなんですが…
これはちょっと言いすぎだ。
ヘロドトスが書いているのは遊牧民の「末子相続」にまつわる習慣であり、杯に選ばれる儀式ではない。いま引用した部分と、あとにつづく他の2パターンの伝承の中に、杯だけを特別視していたと判断できる要素は見つからない。
杯のみに選ばれたとはどこにも書いていないうえ、ヘラクレスの子孫であるとする説では、弓を張ること、杯をつるして帯をしめること、という個人技能が及第点に達するか否かが国を継承する条件となっている。特別な品に選別される話ではない。もちろん、吉田氏があとのほうで「金器」と書いているのは、杯だけではなくこれら全てのことである。
これらの伝承から読み取れることは、「スキタイは他所からやってきた」ということ。
キンメリアを追い出してその土地に住んだということもそうだが、父親がゼウスやヘラクレスといった「外来の男性」であり、母親が「土着の女性」である、ということが、それを示唆している。
さらに、道具を使った試練に合格して国を継ぐのは「兄弟の末っ子」であるということ。三人兄弟の末っ子だけが試練に合格するという物語のパターンは色んな神話に見られるが、ここでは論ずることを外そう。末子相続という面から見れば、モンゴルの遊牧民にも、父の一番若い子に家督を継がせよ、という末子相続があるし、ケルト系のウェールズ人も同じ相続方法を採用しているから、スキタイだけの独特のしきたりではなさそうだ。
と、いうわけで、原文を読んでも、その結論に達することは無い。論拠となりえない。
少なくとも、ヘロドトスの記述から、スキタイの神話で杯が特別であるとか、ましてそれが聖杯と関係があるかは論ずることが出来ない。
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あと…これは感覚的な問題なのだが。
解説の中に載っていた、ナルト神話の具体的なエピソードの幾つかを読んだ限り、あんまアーサー王伝説との関連を論じる題材はなさそうだ。というか、似てるというならむしろメソポタミア神話じゃないんだろうか。サタナの無茶っぷり、身勝手全開ぶりはイナンナ様っぽいし、バトラズの超人的な無茶っぷりはギルガメッシュ叙事詩のノリ。毛を剃られて人間社会に仲間入りするところなんか、ギルガメッシュの親友エンキドゥじゃないか?
(*2009/6/28 アスタルテ→イナンナに修正 ギルガメッシュはそのまま)
吉田氏ともあろう人がギルガメッシュ叙事詩を思い出さないはずもなかろうに、いきなりバトラズ=ランスロット説を出してきた本編に違和感は感じなかったのか。感じたけど「そういう考え方もアリ」で流したのかなあ…?
「石から剣を抜く」エピソードは類似する物語が少なく珍しいパターンなのでまぁアリかなと思ったけど、「海に剣を投げ込む」エピソードは、アーサー王伝説との類似を論じられるほど似ているわけでは無いと思った。
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【2017/5/28追加分】
ここ10年くらいで研究が進んで、ケルト観が大きく変更されました。
最近の研究では、巨石文化がケルト人関係ないことはもちろん、そもそも島のケルトは存在しなかったと(ケルトじゃない別のなにか)いうのが主流説となっています。
「島のケルト」は「大陸のケルト」とは別モノだった。というかケルトじゃなかったという話
https://55096962.seesaa.net/article/201705article_21.html
そのため、ブリテン島やアイルランドのケルトについて言及ている部分は、土着の古来文化と読み変えてください。
なお今まで「ケルト神話」と言われていたものも、島のケルトに属するものは”ケルト”神話じゃなくなります。
アーサー王伝説もケルト由来とは言えなくなりました…。
本編のみならず、あとがき・解説部分も全体的に違和感バリバリなんだぜ。たとえ有名な人でもおかしいと思ったら全力でツッコミ入れるぜ!
ここで取り上げるのは、「解説」として載っている P452-454。 ヘロドトスの書いた、スキタイ人についての伝承についての言及なのだが、本編と同じく意図的に資料解釈をゆがめているように思える。「解説」を書いているのは 吉田敦彦氏。 この人の本は読んだ事があるし、ちゃんとした学者さんのはずなんだが…
導入は、こうなっている。
ところでナルト叙事詩には他方で、本書の著者たちによって詳しく分析されている通りに、中世ヨーロッパのアーサー王伝説との間に、偶然の所為とはとうてい思えぬような著しい類似が数多く見出される。中でもとりわけ注目に値すると思われる類似は、ナルタモンガと、アーサー王伝説のまさに中心に位置する「聖杯グラール」との間に見られるものだ。
サン・グラールで「聖・杯」なんだから、「聖杯グラール」という書き方も適切じゃないよなぁ…。
という細かい話はともかく、ナルト叙事詩の中の杯が聖杯に似てるんじゃないのか? という部分である。ヘロドトスもスキタイ人の杯について書いていて、昔から杯は重要視されていたんだ、という流れ。
ところでこのように、だれが有資格者であるかの裁定を奇跡によって下す杯のことはじつは、古代スキタイ人の神話の中でも、きわめて重要な意味を持つ聖宝の一つとして物語られていた。
…該当する神話を読んだ覚えがあったんだ。だけど、杯が資格の決定をしている話ではなかったんだ。それで、ここを読んだ時「いやそれ違うだろ」というツッコミ心が疼いてですね。いやまあそんな前置きはどうでもいいか。
ここで、敢えて「アーサー王伝説の起源 スキタイからキャメロットへ」からの引用をせず、ヘロドトスの「歴史」本体を開く。使うのは新潮社の青木巌訳、ハードカバー本である。スキタイについての伝承が論じられる第四巻は、ペルシア王カンビュセスによるスキタイ遠征について書かれている。問題の部分は第5節以降だ。
スキタイ人は自民族があらゆる民族のうち最年少であると称しているが、それはどうして興ったかというと、無人の境であったその地に初めて生をうけた人はその名をタルギダオスという人であって、このダルキダオスの両親は、私としては彼等の伝説を信じないが、とにかく彼等の話では、ゼゥスとボリュステネス川の娘であるという。タルギタオスの出生はとにかくそういうような事になっているが、彼からリポクサイス、アルポクサイスおよび最年少のコラクサイスという三人の子供が生まれたそうである。彼等の治世に、天から黄金のすき、くびき、おのおよび椀がスキタイへ落下してきたのであって、長子が最初にこれを見て手にとろうと欲して近寄ったが、彼が近づくや黄金が燃え出したということである。そして、彼が立ち去って次子が歩み寄ったところ、またもやそれは同じ事を繰り返した。かくて、黄金は火を発して彼等を退けたわけであるが、三番目の末子が近づいたところそれは消え、そして、彼はそれらを自分の住居に運び、年長の兄たちもそれがために納得して、全王国を末弟に引き渡したという事である。
ヘロドトス「歴史」 青木巌訳/第四巻5節
…吉田氏の解説で、合っているのは「天から下った杯が、王たる資格のある者を選別した」といわれている。
しかし、天から降りてきた黄金の品は、杯だけではない。「すきとくびき」(農民の道具=農耕への加護?)」「おの(武器=戦いの加護?)」「杯(王の道具=王権の加護?)」の3つであって、その中で杯だけが特別だとか、杯にだけ意味がある、といったことは一切書かれていない。杯だけが王位継承の儀式で使われた… という吉田氏の主張は、それが王権を象徴するものだとすればさもありなん、ということになるのではないだろうか。
(*2009/6/28 すき と くびき を別々にカウントして4つにしていたのを、すき&くびき で1つと見做すよう修正)
ヘロドトスの、この記述部分だけをもって、スキタイ人にとって杯が「すき」や「くびき」よりも、「おの」よりも重要だったと主張するのは、かなり無理がある。
しかも、この伝説、続きがある。
もともとヘロドトスが挙げているスキタイの王位継承に関する伝説は3パターン。
そのうちの最初の1つが、さっきの、黄金の4つの祭器が天から降りてきたというものである。
もう2つは、こんな話になっている。
●ヘラクレスが居なくなった馬を探していると、馬を保護していたエキドナ(上半身が女性、下半身が蛇の生き物)と出会う。ヘラクレスはへび女に同衾を望まれ夜を共にし、へび女は三つ子を宿す。へび女が生まれた子の処遇を訊ねると、ヘラクレスは自分の持っていた弓、帯、杯をへび女に渡し、弓にうまく弦を張り、杯を提げた帯をうまく腰に巻く子以外は追い出してしまえと言う。この試練に合格したのは末子だけだった。末子は母であるへび女の国に留まり、それがスキタイ人になった。
(*2009/6/28 ヒュドラ→エキドナに修正 ヒュライアは地名でした)
●スキタイ人がいま居る土地は元はキンメリア人の地だった。キンメリア人は勝てないと思い逃げ出そうとしたが、キンメリアの王族たちは戦いたいと望む。キンメリアの王族たちは自国民と戦い、みな死んでしまった。人々は王たちをその地に埋めて去り、スキタイは誰もいなくなった土地を戦わずして手に入れた。
ヘロドトスは、この説が正しいだろうと述べている。
へび女が母なのがスキタイの蛇に似せた吹流しに関係してると言われても、ちょっとそれはコジツケじゃねーかという感じ。
ヘラクレスの子孫とする話にも、杯は登場する。ただし、こちらは「弓」「帯」「杯」の三点セットだ。
二つに被ってるのは「杯」だけだから杯が重要だろうって言われりゃそーなんですが…
歴代のスキタイの王にとって、その入手と保持が、王位に即く有資格者である証明としての意味を持ったことが明らかなこれらの聖宝の中でも、王権の神聖な標章としてもっとも中心的な意味を持った品は、杯だったと思われる。
これはちょっと言いすぎだ。
ヘロドトスが書いているのは遊牧民の「末子相続」にまつわる習慣であり、杯に選ばれる儀式ではない。いま引用した部分と、あとにつづく他の2パターンの伝承の中に、杯だけを特別視していたと判断できる要素は見つからない。
杯のみに選ばれたとはどこにも書いていないうえ、ヘラクレスの子孫であるとする説では、弓を張ること、杯をつるして帯をしめること、という個人技能が及第点に達するか否かが国を継承する条件となっている。特別な品に選別される話ではない。もちろん、吉田氏があとのほうで「金器」と書いているのは、杯だけではなくこれら全てのことである。
これらの伝承から読み取れることは、「スキタイは他所からやってきた」ということ。
キンメリアを追い出してその土地に住んだということもそうだが、父親がゼウスやヘラクレスといった「外来の男性」であり、母親が「土着の女性」である、ということが、それを示唆している。
さらに、道具を使った試練に合格して国を継ぐのは「兄弟の末っ子」であるということ。三人兄弟の末っ子だけが試練に合格するという物語のパターンは色んな神話に見られるが、ここでは論ずることを外そう。末子相続という面から見れば、モンゴルの遊牧民にも、父の一番若い子に家督を継がせよ、という末子相続があるし、ケルト系のウェールズ人も同じ相続方法を採用しているから、スキタイだけの独特のしきたりではなさそうだ。
と、いうわけで、原文を読んでも、その結論に達することは無い。論拠となりえない。
少なくとも、ヘロドトスの記述から、スキタイの神話で杯が特別であるとか、ましてそれが聖杯と関係があるかは論ずることが出来ない。
****
あと…これは感覚的な問題なのだが。
解説の中に載っていた、ナルト神話の具体的なエピソードの幾つかを読んだ限り、あんまアーサー王伝説との関連を論じる題材はなさそうだ。というか、似てるというならむしろメソポタミア神話じゃないんだろうか。サタナの無茶っぷり、身勝手全開ぶりはイナンナ様っぽいし、バトラズの超人的な無茶っぷりはギルガメッシュ叙事詩のノリ。毛を剃られて人間社会に仲間入りするところなんか、ギルガメッシュの親友エンキドゥじゃないか?
(*2009/6/28 アスタルテ→イナンナに修正 ギルガメッシュはそのまま)
吉田氏ともあろう人がギルガメッシュ叙事詩を思い出さないはずもなかろうに、いきなりバトラズ=ランスロット説を出してきた本編に違和感は感じなかったのか。感じたけど「そういう考え方もアリ」で流したのかなあ…?
「石から剣を抜く」エピソードは類似する物語が少なく珍しいパターンなのでまぁアリかなと思ったけど、「海に剣を投げ込む」エピソードは、アーサー王伝説との類似を論じられるほど似ているわけでは無いと思った。
******************
【2017/5/28追加分】
ここ10年くらいで研究が進んで、ケルト観が大きく変更されました。
最近の研究では、巨石文化がケルト人関係ないことはもちろん、そもそも島のケルトは存在しなかったと(ケルトじゃない別のなにか)いうのが主流説となっています。
「島のケルト」は「大陸のケルト」とは別モノだった。というかケルトじゃなかったという話
https://55096962.seesaa.net/article/201705article_21.html
そのため、ブリテン島やアイルランドのケルトについて言及ている部分は、土着の古来文化と読み変えてください。
なお今まで「ケルト神話」と言われていたものも、島のケルトに属するものは”ケルト”神話じゃなくなります。
アーサー王伝説もケルト由来とは言えなくなりました…。