「最高の騎士」ランスロット・デュ・ラック、その起源

ランスロットといえば、アーサー王伝説の中ではガウェインと双璧を成す有名人である。
美形でモテるが年上好み(王妃ラヴ)。腕っ節は強いけど精神的には脆い(よく発狂・気絶する)。

「スキタイからキャメロットへ」の本でやたらと持ち上げられ、「ロットのアラン」からランスロットになったのだ… とか良くわからん説も唱えられていた人物でもあるが、実際問題、

 円卓の主要登場人物の中で、ランスロットだけは
 ケルト起源でない可能性が高い人物だ。


初登場は、クレティアン・ド・トロワの「エレックとエニード」。のちにハルトマン・フォン・アウエが書くドイツ語の作品「エーレク」の元になったフランス語作品である。
クレティアン版の邦訳は持っていないので内容は分からないが、具体的な出自はなく名前だけの出演らしい。

その後、クレティアンはそのランスロットを元にして「ランスロあるいは荷車の騎士(荷車の騎士 とか訳は色々)」を書く。

なぜ荷車かというと、作中でランスロットの名前が明らかになるのは終盤に入ってからで、登場時は名前がないから。メレアガンに浚われたグウィネヴィア王妃の行方を知るため、荷車に乗って街中を引き回されるという辱めを受けなくてはならない試練があるのだが、ガウェインは「そんなことやっとれるか!」と言って去ってしまう(まぁ普通のハ反応だよな)のに、ランスロは敢えて言われるままに荷車に乗る。それで、名前は判らないが荷車に乗ってた騎士→荷車の騎士 と書かれることになる。
作中で語られているとおり、「荷車に乗って街中引き回される」=罪人のお披露目 を意味する。荷車は死体を運ぶ道具でもあったので、生きてるうちにそれに乗るのは縁起のいい話でもなかったのだ。 (日本でも罪人を大八車に乗せて引き回す時代があったはず。…なんか時代劇でそんなん見た覚えがあるぞ)

話がそれたが、「ランスロあるいは荷車の騎士」が、実質ランスロットの初登場であって、それ以前の作品にはそもそも登場しない。「ランスロあるいは荷車の騎士」では、彼についての「湖の妖精に育てられた」というようなエピソードは、何も語られていない。それどころか名前すらなかなか出てこず、物語の半ばに至るまで、騎士は名を尋ねられても決して答えない。「ランスロあるいは荷車の騎士」においてランスロの名前が登場するのは、彼がようやく浚われた王妃のもとにたどり着き、メレアガンと一騎打ちになったとき、王妃が傍らに立つ一人の乙女に言う「あれは<湖のランスロ>です。」というセリフまで待つ必要がある。

このような状況ゆえに、ランスロットはフランスの作者たちによって作り出されたキャラクターである、というのが定説になっている。(ケルト起源であるという説は、あるかもしれないが一般的ではないと思われる)



ではランスロットは何処から来たのか? なぜ「湖の」ランスロなのか、クレティアンは何処から着想を得ているのか。


ヒントはクレティアン自身が作品の前書きとして書いてある。「ランスロあるいは荷車の騎士」冒頭で、「この物語の主題と構想はシャンパーニュ伯夫人によって指し示された」とある。シャンパーニュ伯夫人、マリ・ド・シャンパーニュ。父はルイ7世、母はアリエノール。
しかしこの作品の中ではランスロットの生い立ちについては語られてらず、王国一の騎士であるというような過剰な美辞麗句も出てこない。

ランスロットの名につく「湖の」が湖に住む妖精に育てられたことからついた、という理由は、流布本サイクルの中の1つ「ランスロ本伝」と呼ばれる物語で成立した。ランスロットの生い立ちはここで初めて語られる。それを元に「聖杯の探索」でランスロットの息子ガラハッドが作られ、もともとパーシヴァルとガウェインだけで行っていた聖杯伝説を取り込んで、ガラハッドによる聖杯探求物語へと発展する。「聖杯の探索」では、既にランスロットは「この世で最高の騎士」として扱われており、ガウェインよりも上位であるとされている。


というわけで、ここまでを纏めると、こうなる。


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「エレックとエニード」  1172年ごろ
名前のみ登場
  ↓
「ランスロまたは荷馬車の騎士」  1170-80年ごろ
主役を張る、王妃との不倫関係
作者死亡のためクライマックス部分の完成は別人による
  ↓
「ランスロ本伝」  1215~35年ごろ
生い立ちや主要エピソード追加
  ↓
「聖杯の探索」  1215~35年ごろ、ランスロ本伝よりは後
息子登場、聖杯との関連づけ
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大雑把に言うと、1180~1230年の50年くらいの間にランスロットという人物の基本設定が出揃ってキャラクターとして完成されたことになる。


少し話が戻るが、ランスロットの出所として面白い説だと思っているのは、実在した人物を元にしているかも? という説。マリ・ド・シャンパーニュの母、アリエノールは、不倫が原因で離婚したとする説がある。(日本語Wikipediaのアリエノールの項にも少し書かれている)

その不倫相手の騎士を題材にした物語を、自分がパトロンとしてついているお抱え作家に書かせ、「王妃と騎士の至高の愛とは実現させうるものなのか」を試そうとしたのではないか…と。

つまり、もともとマリが指示した「お題」というのが、ただの浮気をいかにすれば高貴に描けるか…主君への裏切りなしに、騎士が仕える貴婦人に対し抱く敬愛を損なうことなく騎士に間男の役をやらせられるか、というものだったのではないか、という説だ(笑)

ランスロットが実在した王妃の浮気相手が元ネタとすれば、神話に原型を探しても多分見つからないし、素性が分からないならば誰でも在り得る。


「至高の騎士」ランスロットが、王妃の浮気ネタのために作り出されたキャラクターというのは何ともアレな説だが、私が、意外とこの説はアリなんじゃね? と思う理由は、ランスロット人気がフランスで高まったことにある。上のほうで挙げた年表から分かるように、ランスロットに関係した伝説はフランスで作られた。そしてフランスの物語群の中では、それまでアーサー王の騎士たちの中で最も優れていたガウェイン(ケルト起源とされる)を差し置いて、円卓で一番すぐれた騎士とされるようになった。

逆に言うと、ランスロットを持ち上げたのはフランス人で、アーサー王伝説が生まれたイングランドにおいてではない。

恋愛ネタがフランス人にウケたから、ということ以上に、フランス起源であるランスロットを上位に持ってこなくちゃならん理由があったのではなかろうか。作者たちは、実在する、身分のある「誰か」が元になっていると知っていて、その人物が好きだったから持ち上げようとしたんじゃ…?




まあ、このへんはよく分からないので、あくまで推測。
ただ、「湖の」ランスロット、その「湖の」というのが、たとえば、元ネタになった実在する王妃の浮気相手の領地にある有名な湖のことだとか、その言葉から元ネタの人物が推測できるような暗号だった可能性は、アリだと思うんだ。少なくとも、このキャラクターが、マリ・ド・シャンパーニュによるお題を受けてクレティアンの創造した人物、或いは別の作者による前身的な作品を発展させたものであることは、確実として言っていいと思う。まぁそれ以前の作品には影も形もないからね^^; ジェフリー・オブ・モンマスも触れてないし。

というわけで・・・ランスロットが騎馬民族の伝承に関係してるかっていうと、多分それはない。元になる伝説があったなら、こんなふうに順を追って伝説が形づくられていくとは思えない。少しずつ話が大きくなっていく展開からすれば、原型があったとしても大したネタではなかったので、膨らませるのに多くの作者の手を必要としたのだと思う。

ケルト起源でないことは最初から「その可能性が高い」と言われてる話なんで敢えて否定しなおすほどの説ではないしなあ。


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概して、フランスの作品はランスロットをガンガン持ち上げ、ガウェインは地位を落とすように描く。

その伝統はおそらく「ランスロまたは荷馬車の騎士」から始まるが、ここではガウェインが劣っているというよりも、ランスロットの如く 本気で必死になって まで王妃を救おうとしていない、いわば部外者的な存在だからといえる。スポットライトは常にランスロットに当てられており、ガウェインは、スポットライトの中心部分にいないだけだ。

しかし「聖杯の探索」では作者が完全にランスロット寄り、正確に言うとランスロットの「分身」であるガラハッド寄りになっており、ガウェインは当て馬というか付け合せというか。なんかそんな扱い。

ガウェインの地位が落とされた原因は、「キリストの御心にかなわない」からだっていうけど…ケルト起源の英雄にそれを言っちゃ(笑) 同じくケルト起源の可能性が高いパーシヴァルが聖杯探求の最後まで行けるのと比較して、ちょっと扱い悪すぎだろう。まああれだ。何が言いたいのかというと、ランスロットのお陰で苦労させられてるガウェインが気の毒すぎるっつーことだよ…。


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【2018/03/02追加分】

最近の研究をまとめてみたところ、イギリスやアイルランドの「ケルト」は歴史上に実在した古代の「ケルト人」とはほぼ無関係な、近代的な概念であるという結論になりました。この記事の内容はイメージ/ファンタジーの「ケルト」であり、書いた当時の中の人の理解レベルでの話になります。なので「ケルト」と書いている部分は、「アイルランドやブリテン島の土着の」と読み変えてください。

「島のケルト」は「大陸のケルト」とは別モノだった。というかケルトじゃなかったという話
https://55096962.seesaa.net/article/201705article_21.html

※「ケルト神話」と呼ばれてしたものは実際はケルト人の神話ではなく「アイルランドやブリテン島の神話」
※ローマとの戦争に敗れてケルト人が島へ大量に移住したという証拠はない

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