東ゴート族の年表にアーサー王伝説をはめ込んでみたらカオスになった。

ひょんなことから、ディートリッヒ(史実でいうとテオドリクス)とアーサー王が同世代だと気がついた。

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497年 東ゴート族の王テオドリク、東ローマ皇帝に西ローマ(イタリア)の統治権を認めてもらう

517年 ベイドン山の戦い<が、起きたとされる>

526年 テオドリク没

535年 東ゴートと東ローマ開戦

537年 カムランの戦い<で、アーサー王が死亡したとされる>

555年 東ゴート族降伏
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何という濃厚な50年・・・・・!


もともと5-6世紀はヨーロッパ激動の時代、民族大移動+主にゲルマン系部族による新国家乱立祭り だったわけだけども。記録がおっつかなくて歴史記録に残っていない出来事が山ほどある中、残ってるだけでこの豪華なラインナップ。敢えて喩えるならベルリンの壁崩壊した数年後にタイタニックが沈んでさらにチェルノブイリでメルトダウンが起きるくらいの勢い。

それにしても、テオドリクは実在したことが確実で、何年にどこで亡くなったかも明確なのに、アーサー王(の元ネタになった誰か)は何一つ確実なことが判っていないとは…。この時代、ブリテン島では一体何が起きていたんだ。行きたくても島に渡る船が出ていないんだ。


一昔前まで、アーサーがいた「かもしれない」時代のブリテン島は暗黒時代とされ、島の外との交流がなく島は孤立していたのだと考えられていた。しかし最近の発掘調査では、ローマとの交易は確かに絶えてるんだがフランスとの交易はやってたという証拠が出てきてたりなんだり、孤立はしていなかったことがわかってきたらしい。

じゃ何で記録残してないのよ。と、いうところだが…。
歴史記録をこまめに残す文人が足りなかったんだろうなあ…。

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