飼い猫の起源を巡る論争 「一万年前から来た猫」の致命的な問題点。
例によって、気になる話は延々追いかけます。
過去のエントリはこちら。
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ネコ飼育の歴史が変わりました。飼い猫の起源は古代エジプトではないようです>反論説あり
https://55096962.seesaa.net/article/200907article_13.html
飼い猫の起源:続編 「飼い猫の起源はやっぱりエジプト」学者たちの華麗なる論戦
https://55096962.seesaa.net/article/200907article_14.html
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と、いうわけで、従来は3600年前のエジプトとされてきた「飼い猫の起源」が、一万年前のイスラエルだったと主張する最近の新説を崩すのがおいらの立場です。
まずは2009年9月号の日経サイエンスを確保。
記事内容熟読の上、もとネタになっている記事や論文を漁ります。これまでに挙げた論文でだいたい網羅できてるようですが、サマリーはこちらにも↓
The Cat’s 10,000-Year Journey to Purring on Your Lap
http://blogs.smithsonianmag.com/science/2009/05/27/the-cats-10000-year-journey-to-purring-on-your-lap/
まず要点からいきましょう。
日経サイエンス記事「一万年前に来た猫」の致命的な問題点とは。
Taming(飼いならす)の定義がはっきりしない。
人が何らかの野生動物を飼いならすとは何を意味するのか。単に人の住居の近くに猫が住み着いたことと、飼いならすことは全く意味が違います。この「飼い猫の起源一万年説」は、そもそも、この点を考慮していないようです。だから、「飼い猫」の起源を語るつもりが、「人と猫の接触した最古の記録」を出してしまっているのです。
たとえば、信楽焼のたぬきが作られているからといって、日本人はたぬきを飼いならしているわけではないですよね。田舎にいけば頻繁に見かけるので親しみはある、だから昔から物語や絵画のモチーフにもなっている。捕獲することもある。…でもそれは、「飼いならす」とは違う。
たとえばエジプト人は、神聖な動物としたライオンを子獅子の時代に捕えて飼育していました。私の知る限り一例しか見つかっていませんが一応ライオンのミイラも発見されています。しかしそれは、「人間はライオンを飼いならした」とは言われない。動物園にライオンがいるからといってライオンが人に飼いならされているかという問題と同じです。飼っているのと飼いならすのは違います。ある個体を飼いならしたことにはなっても、種族を飼いならしたことにはなりません。
猫の場合も同じで、人の住居の近くで骨が見つかったとか、猫をモチーフにした何かが見つかったからといって、それは猫を「飼いならした」証拠にはなりません。しかも頻繁に見られるならともかく、例が少ないということは、その時代の人間にとって猫は疎遠な存在だったということ。「飼い猫」であるからには、繁殖させた、住居をともにした、といった証拠が必要なのではないでしょうか。
英語のTameと日本語の飼いならすの意味がビミョウに違うとか、飼いならすではなく手なづけると訳すべきなのではないかとかも思いましたが、ニュアンスの違いを差し引いても、「飼い猫」と定義しているからにはやっぱりおかしい。飼い猫と野生猫が違うものならば、明確にその違いが誕生したのは、人間が大規模に交配・繁殖活動を行った場所と時代…すなわち中王国時代のエジプトを指すべきだと思います。
つまり私が主張したいのは、こういうこと。
「一万年前からエジプトの繁殖時代に至るまで、子猫のうちに捕まえてきて飼いならした例は個別にあったかもしれないが、繁殖させられず、”飼い猫”という新しい種類のネコを作り出すには至らなかったのではないか」。
野生猫を飼い猫を試みはあちこちで繰り返されてきており、その痕跡は残っているが、どれも成功には至っていないのではないか。
日経サイエンスの記事につけられている、この図自体が、その証拠だと思うんですよ。
キプロスの「9500年前」、イスラエルの「9000年前」から、パキスタンの「4000年前」、エジプトの「3600年前」まで5400年も飛びます。もしキプロスやイスラエルの「人と猫が間近で接触した痕跡」が飼い猫のものを意味するなら、5000年も飼い猫が広まらなかったことは不思議に思われます。このことは、猫が穀物の天敵であるネズミをとるために益獣とされた、という仮説に相反します。それほど重要な益獣であったなら、穀物栽培が重視される地域に速やかに広まったはず。そうでなかったということは、野生猫はあくまで野生猫のまま、人の都合などお構いなしに、ネズミ食ったり食わなかったりだったんだと思われます。
ちなみに上記の図は、異様に古い2つの記録を消去すれば、ほかの痕跡は年代が近く、スムーズに飼い猫が広まったことになります。
*****
それともう一つ、すげー細かくてアレなんですが…
エジプトで飼い猫の証拠が見られるようになるのは新王国時代(3600年前)じゃなくて中王国時代(4000年前)だ。
こまかくてごめんよ! パキスタンより古いよ!
あと
ここは微妙に説明が足りなくて、エジプトの年表を見れば一目瞭然。
2500年前のエジプト=第一時ペルシア支配/第二次ペルシア支配の時代 です。
ペルシア人が持ち出しちゃったんだよ…猫。
で、エジプト人による治世が終了し、マケドニア王家(=ギリシャ人)のプトレマイオス王朝になります。
プトレマイオス王朝時代には、アレクサンドリアの港が栄え、ローマとの交易が盛んに行われました。なので、ここでいう「猫が船に乗ってどーたら」は、その時代のことを指してます。
神聖な猫が持ち出されちゃったのは、もはや古代のエジプト宗教が力を無くしつつあり、エジプト人が王ではなくなってしまった時代だからなのです。輸出禁止の意味が無かったんじゃありません。国家の主が法を変えてしまったと書くべきです…。;;
*****
イスラエルで見つかった象牙の猫(?)の画像。
豹かどうかで意見が分かれてたやつです。…確かに、猫科ってのは分かるけどはっきりせんな^^;
キプロスで見つかった墓の中の子猫。
やはり飼い猫だと断言する証拠は何もなく。てか死者の供物(食べ物扱い)だったとしてもおかしくないような。
飼ってた猫なら、他にも埋葬された例があるでしょうから、この一例だけだとまだ証拠にはならんですね。
全般的に、考古学資料の使い方がイマイチかなあ。
結局、核遺伝子の分析はうまくいかなかったようだし、この説はまだまだ地盤が弱いと思う。
しかし東洋の野生猫はリビアヤマネコ原種の飼い猫と交配できなくて、中国や日本の猫が遺伝子的に特殊だという話はなかなか面白かった。イリオモテヤマネコが飼い猫と交雑して困る、って話をどこかで読んだ気がするんだが…。中国の奥地のヤマネコ(F.S.bieti)だけが特殊ってことなのか、やはり。。
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遺物の科学調査記事とか出た時は買いにいきます。
過去のエントリはこちら。
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ネコ飼育の歴史が変わりました。飼い猫の起源は古代エジプトではないようです>反論説あり
https://55096962.seesaa.net/article/200907article_13.html
飼い猫の起源:続編 「飼い猫の起源はやっぱりエジプト」学者たちの華麗なる論戦
https://55096962.seesaa.net/article/200907article_14.html
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と、いうわけで、従来は3600年前のエジプトとされてきた「飼い猫の起源」が、一万年前のイスラエルだったと主張する最近の新説を崩すのがおいらの立場です。
まずは2009年9月号の日経サイエンスを確保。
記事内容熟読の上、もとネタになっている記事や論文を漁ります。これまでに挙げた論文でだいたい網羅できてるようですが、サマリーはこちらにも↓
The Cat’s 10,000-Year Journey to Purring on Your Lap
http://blogs.smithsonianmag.com/science/2009/05/27/the-cats-10000-year-journey-to-purring-on-your-lap/
まず要点からいきましょう。
日経サイエンス記事「一万年前に来た猫」の致命的な問題点とは。
Taming(飼いならす)の定義がはっきりしない。
人が何らかの野生動物を飼いならすとは何を意味するのか。単に人の住居の近くに猫が住み着いたことと、飼いならすことは全く意味が違います。この「飼い猫の起源一万年説」は、そもそも、この点を考慮していないようです。だから、「飼い猫」の起源を語るつもりが、「人と猫の接触した最古の記録」を出してしまっているのです。
たとえば、信楽焼のたぬきが作られているからといって、日本人はたぬきを飼いならしているわけではないですよね。田舎にいけば頻繁に見かけるので親しみはある、だから昔から物語や絵画のモチーフにもなっている。捕獲することもある。…でもそれは、「飼いならす」とは違う。
たとえばエジプト人は、神聖な動物としたライオンを子獅子の時代に捕えて飼育していました。私の知る限り一例しか見つかっていませんが一応ライオンのミイラも発見されています。しかしそれは、「人間はライオンを飼いならした」とは言われない。動物園にライオンがいるからといってライオンが人に飼いならされているかという問題と同じです。飼っているのと飼いならすのは違います。ある個体を飼いならしたことにはなっても、種族を飼いならしたことにはなりません。
猫の場合も同じで、人の住居の近くで骨が見つかったとか、猫をモチーフにした何かが見つかったからといって、それは猫を「飼いならした」証拠にはなりません。しかも頻繁に見られるならともかく、例が少ないということは、その時代の人間にとって猫は疎遠な存在だったということ。「飼い猫」であるからには、繁殖させた、住居をともにした、といった証拠が必要なのではないでしょうか。
英語のTameと日本語の飼いならすの意味がビミョウに違うとか、飼いならすではなく手なづけると訳すべきなのではないかとかも思いましたが、ニュアンスの違いを差し引いても、「飼い猫」と定義しているからにはやっぱりおかしい。飼い猫と野生猫が違うものならば、明確にその違いが誕生したのは、人間が大規模に交配・繁殖活動を行った場所と時代…すなわち中王国時代のエジプトを指すべきだと思います。
つまり私が主張したいのは、こういうこと。
「一万年前からエジプトの繁殖時代に至るまで、子猫のうちに捕まえてきて飼いならした例は個別にあったかもしれないが、繁殖させられず、”飼い猫”という新しい種類のネコを作り出すには至らなかったのではないか」。
野生猫を飼い猫を試みはあちこちで繰り返されてきており、その痕跡は残っているが、どれも成功には至っていないのではないか。
日経サイエンスの記事につけられている、この図自体が、その証拠だと思うんですよ。
キプロスの「9500年前」、イスラエルの「9000年前」から、パキスタンの「4000年前」、エジプトの「3600年前」まで5400年も飛びます。もしキプロスやイスラエルの「人と猫が間近で接触した痕跡」が飼い猫のものを意味するなら、5000年も飼い猫が広まらなかったことは不思議に思われます。このことは、猫が穀物の天敵であるネズミをとるために益獣とされた、という仮説に相反します。それほど重要な益獣であったなら、穀物栽培が重視される地域に速やかに広まったはず。そうでなかったということは、野生猫はあくまで野生猫のまま、人の都合などお構いなしに、ネズミ食ったり食わなかったりだったんだと思われます。
ちなみに上記の図は、異様に古い2つの記録を消去すれば、ほかの痕跡は年代が近く、スムーズに飼い猫が広まったことになります。
*****
それともう一つ、すげー細かくてアレなんですが…
エジプトで飼い猫の証拠が見られるようになるのは新王国時代(3600年前)じゃなくて中王国時代(4000年前)だ。
こまかくてごめんよ! パキスタンより古いよ!
あと
エジプトは数世紀に渡り、神聖なネコの輸出を禁じていた。それにもかかわらず、2500年前にはすでにネコはギリシャに渡っており、輸出禁止も意味が無かったようだ。後に、穀物を運ぶ船がナイル川河口のアレクサンドリアとローマ帝国の各地を結ぶようになり、ネコはネズミ番として乗船した。
ここは微妙に説明が足りなくて、エジプトの年表を見れば一目瞭然。
2500年前のエジプト=第一時ペルシア支配/第二次ペルシア支配の時代 です。
ペルシア人が持ち出しちゃったんだよ…猫。
で、エジプト人による治世が終了し、マケドニア王家(=ギリシャ人)のプトレマイオス王朝になります。
プトレマイオス王朝時代には、アレクサンドリアの港が栄え、ローマとの交易が盛んに行われました。なので、ここでいう「猫が船に乗ってどーたら」は、その時代のことを指してます。
神聖な猫が持ち出されちゃったのは、もはや古代のエジプト宗教が力を無くしつつあり、エジプト人が王ではなくなってしまった時代だからなのです。輸出禁止の意味が無かったんじゃありません。国家の主が法を変えてしまったと書くべきです…。;;
*****
イスラエルで見つかった象牙の猫(?)の画像。
豹かどうかで意見が分かれてたやつです。…確かに、猫科ってのは分かるけどはっきりせんな^^;
キプロスで見つかった墓の中の子猫。
やはり飼い猫だと断言する証拠は何もなく。てか死者の供物(食べ物扱い)だったとしてもおかしくないような。
飼ってた猫なら、他にも埋葬された例があるでしょうから、この一例だけだとまだ証拠にはならんですね。
全般的に、考古学資料の使い方がイマイチかなあ。
結局、核遺伝子の分析はうまくいかなかったようだし、この説はまだまだ地盤が弱いと思う。
しかし東洋の野生猫はリビアヤマネコ原種の飼い猫と交配できなくて、中国や日本の猫が遺伝子的に特殊だという話はなかなか面白かった。イリオモテヤマネコが飼い猫と交雑して困る、って話をどこかで読んだ気がするんだが…。中国の奥地のヤマネコ(F.S.bieti)だけが特殊ってことなのか、やはり。。
*************
遺物の科学調査記事とか出た時は買いにいきます。