自殺の女神イシュ・タブ「ただの自殺者に興味はありません。吊った者だけ私のところへ来なさい」

自殺は現代社会に暮らす人々特有の病のようにいわれるが、そんなもんじゃない。既に何百年も前のマヤ文明では自殺が流行しており、というより自殺が美化され、英雄的行為の一つにすら、されていた。

もともと南米の信仰儀式には、人身御供や自傷行為が多く含まれる。しかし中でもマヤ人の死生観の中に、「自ら命を絶つ(=自らを供物とする)ことで楽園にいける」というものがあった。首をくくって死んだ者は、女神イシュ・タブ(イシュタム)の導きによって楽園へ行ける。そんな神話があったようだ。

イシュ・タブの楽園には世界樹ヤシュチェが生えており、北欧神話でいうところの、オーディンの住まう楽園ヴァルハラの情景とどこか似て居る。北欧神話だと戦死者が楽園にいけるわけだが、それは古代北欧で戦場で死ぬことが名誉と考えられていたからで、同じようにマヤ人にとって首吊り自殺は名誉ある死に方と考えられていたのだろう。

そんなに生きることが辛かったんだが、死後の世界に憧れとか持っちゃう中二病だったんだか分からないが、ぶっちゃけ、理解し難いものがある。



ちなみに、この自殺の女神様イシュ・タブ。
お姿はこのような感じである。

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頬は染めてるのではなく 腐ってるんだそうだ。(腐女子的な意味ではないぞ! 断じて!)
イメージ化するとこんな感じ。

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北欧なら楽園行きは美しい戦乙女のみなさんの送迎つきなんだがな。
こっちは、すぐ吊っちゃうメンヘル女神か…。

と、いうわけで、マヤ人の楽園は残念ながら若くて美しい女神様が迎えに来てくれるわけではないので、あまり期待しないほうがよろしい。イシュ・タブ信仰はお勧めしない、と言っておこう…。

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