スペイン人の南米開拓時における人口減少の資料その2
前回調査での結果
【アステカ】
スペイン人に侵略される前の先住民の数 2500万人
戦争・チフスの流行により、16世紀末の人口 100万人
急激に労働者が減ったため17世紀には黒人奴隷が輸入されるようになり、黒人と先住民との混血が進む。
19世紀はじめの人口比率は、先住民60パーセント、白人と先住民の混血20パーセント、現地生まれの白人16パーセント、黒人と現地民の混血3パーセント、ヨーロッパ生まれの白人1パーセント。
↓これをもうちょい細かく。↓
スペイン人のパナマ進出 1509年ごろ
アステカ征服 1521年
この頃からメキシコにインフルエンザ・天然痘が流行り始め、抗体を持たない現地民が大量死しはじめる。(現在世界的に騒がれている新型インフルの発祥もメキシコのヴェラクルス市周辺であったことを考えると、因縁めいて思える)
メキシコ高原の人口 ★アステカ
1518年 25.2万人(推定)
1532年 16.8万人(推定)
1548年 3.6~6.3万人
1568年 2.65万人
1585年 1.9万人
1595年 1.375万人
1605年 1.075万人
1622年 0.75万人 ←絶滅寸前…
わずか100年で人口の約90パーセントが消失。
ペルー ★インカ
1570年代 約130万人
1620年 約70万人
わずか100年で人口の約50パーセントが消失。
これヤバいだろ^^; 「滅びた文明 インカ・アステカ」じゃなくて「滅ぼされた文明」の間違いだろ…。
辛うじて生き残った人たちがいたから、完全に断絶はしなかったものの、王や貴族などの知識階級が致命的な打撃を受けてそのせいで文化活動の大半が失われたんだから。日本の歴史・神話系の本は、もう少しちゃんと事実を客観的に書いたほうがいい。イスパニア人を「いつか帰ってくる白い神 ケツァルコアトル」と勘違いして盲目的に服従して滅びていったんじゃない。抵抗してた人たちはいたけど、病原菌持ち込まれて戦うことも出来ずに成すすべなく大量死していったってことじゃないか。
ペルーのほうが若干被害が少なかったのは、高地が多くウィルスの伝染がある程度抑えられたからだそうだ。マチュピチュくらいの高度になるとウィルスも生存しづらいかもしれない。
ちなみにカリブの小さな島では、住民がほとんど全滅してしまったところもあったという。
エスパニョラ島
プエルトリコ島
キューバ島
ジャマイカ島
小アンティル諸島
これらの島はサトウキビの生産をやらせてた現地住民が悉く死亡、あるいは逃亡。アフリカから連れてきた黒人奴隷を働かせるようになった。(だから現在でも黒い肌の人々が暮らしている)
これらの場所を最初に征服したのはイスパニアだが、ヴェネツィアやジェノヴァの金持ちが資金を出していたケースもあったし、イングランドの奴隷交易、ポルトガルの新大陸進出、遅れてフランスやネーデルランドも進出してコロニー作ってるか、まあ大航海時代に活躍してた国はみんな南米を食い物にした犯人なのだな…。
しかし一歩進んで、もし武力制圧や植民地支配をしなかったとして、南米の人々と当時のヨーロッパの人々が、平和的に接触することは可能だったかを考えてみたい。
当時の南米はある意味オーストラリアのように他の地域から隔絶された独特の世界であって、そこに住む人類は遠い昔にシベリアと北米が繋がっていた時代に陸橋を伝って渡ってきた、いわば大昔にユーラシア大陸を後にした人々なのである。
彼らには、ユーラシア大陸で生まれた各種病原菌に対する耐性が全くなかった。たとえ平和裏に接触したとしても、いずれ大量死することは免れなかったと思われる。現代であったとしても、ワクチンの開発まで時間がかかれば、それだけ死者は増える。大量死については不可抗力、侵略者側の責任ではない、と割り切ろう。
問題は病気以外での死亡者。現地住人を強制労働させたこと、苛酷な労働環境に置いて栄養失調や過労、その他の原因で死なせたこと。交渉によって必要なものを交換する交易が成立すれば良かった。だがそれには、あまりにもお互いの持つ文化が違いすぎた。
現地の人々は優れた文明を築き、鋳造技術も持っていたが鉄を知らず、金属の武器を持たなかった。多くの少数部族がひしめき合う国に暮らしていて、誰かが殺傷能力の高い武器を開発すると全滅するまで戦いが終わらないことを、本能的に察していたのかもしれない。南米の人々の戦争は、ある一定の犠牲者を出せば終了するスポーツのようなものだったという説もある。
そのような人々が、少数とはいえ殺傷能力の高い武器を持った「侵略者」に、長く対抗できたとは思えない。
武力は圧倒的に劣る人々。しかしプライドは高く、独自の文化を誇りとし、侵略者に決して友好的とは言えない人々。
手っ取り早く必要なものを得、利益を上げるため、当時のイスパニア人が武力制圧という安易な道を選んだことはある意味時代の必然であり、当時としては当たり前のことだったのかもしれない。それが正しくないと思えるのは、現代人の価値観を持っているから、かもしれないのだ。
まぁでも、私は侵略者の援護はしないけどね。
コルテスもピサロも嫌いだし(笑)
歴史なんて最後に行き着くところは大抵、好きか嫌いか、受け入れるか拒絶するかの話ですよ。
歴史に"もしも"は存在しない。
存在しないのだが、ヨーロッパからの植民があと100年遅れていたらどうなっていただろう。イスパニアではなくイングランドやネーデルランドが代わりに支配していただけで結果は変わらなかっただろうか。
インカやアステカが現代まで続く国家たりえただろうか。
彼らは決して自分から海の向こうに世界を求めなかった。閉ざされた世界のまま、今でも生贄の風習を続けていることが出来ただろうか?
世界の歴史は一つに繋がっている。
タバコやジャガイモ、トマトなんかは、この征服の過程で持ち出されたもの。たとえば、ジャガイモが存在しなければアイルランドのジャガイモ飢饉は起こらなかった。タバコが無ければ肺がんで死ぬ人はかなり少なかった。トマトが無ければ、イタリア人は…(ry
死んでいった沢山の人たちには申し訳ない。が、多分その運命の大半は必然だ。
結論として、「タイムマシンは開発してはいけない」という話になるのかな。
【アステカ】
スペイン人に侵略される前の先住民の数 2500万人
戦争・チフスの流行により、16世紀末の人口 100万人
急激に労働者が減ったため17世紀には黒人奴隷が輸入されるようになり、黒人と先住民との混血が進む。
19世紀はじめの人口比率は、先住民60パーセント、白人と先住民の混血20パーセント、現地生まれの白人16パーセント、黒人と現地民の混血3パーセント、ヨーロッパ生まれの白人1パーセント。
↓これをもうちょい細かく。↓
スペイン人のパナマ進出 1509年ごろ
アステカ征服 1521年
この頃からメキシコにインフルエンザ・天然痘が流行り始め、抗体を持たない現地民が大量死しはじめる。(現在世界的に騒がれている新型インフルの発祥もメキシコのヴェラクルス市周辺であったことを考えると、因縁めいて思える)
メキシコ高原の人口 ★アステカ
1518年 25.2万人(推定)
1532年 16.8万人(推定)
1548年 3.6~6.3万人
1568年 2.65万人
1585年 1.9万人
1595年 1.375万人
1605年 1.075万人
1622年 0.75万人 ←絶滅寸前…
わずか100年で人口の約90パーセントが消失。
ペルー ★インカ
1570年代 約130万人
1620年 約70万人
わずか100年で人口の約50パーセントが消失。
これヤバいだろ^^; 「滅びた文明 インカ・アステカ」じゃなくて「滅ぼされた文明」の間違いだろ…。
辛うじて生き残った人たちがいたから、完全に断絶はしなかったものの、王や貴族などの知識階級が致命的な打撃を受けてそのせいで文化活動の大半が失われたんだから。日本の歴史・神話系の本は、もう少しちゃんと事実を客観的に書いたほうがいい。イスパニア人を「いつか帰ってくる白い神 ケツァルコアトル」と勘違いして盲目的に服従して滅びていったんじゃない。抵抗してた人たちはいたけど、病原菌持ち込まれて戦うことも出来ずに成すすべなく大量死していったってことじゃないか。
ペルーのほうが若干被害が少なかったのは、高地が多くウィルスの伝染がある程度抑えられたからだそうだ。マチュピチュくらいの高度になるとウィルスも生存しづらいかもしれない。
ちなみにカリブの小さな島では、住民がほとんど全滅してしまったところもあったという。
エスパニョラ島
プエルトリコ島
キューバ島
ジャマイカ島
小アンティル諸島
これらの島はサトウキビの生産をやらせてた現地住民が悉く死亡、あるいは逃亡。アフリカから連れてきた黒人奴隷を働かせるようになった。(だから現在でも黒い肌の人々が暮らしている)
これらの場所を最初に征服したのはイスパニアだが、ヴェネツィアやジェノヴァの金持ちが資金を出していたケースもあったし、イングランドの奴隷交易、ポルトガルの新大陸進出、遅れてフランスやネーデルランドも進出してコロニー作ってるか、まあ大航海時代に活躍してた国はみんな南米を食い物にした犯人なのだな…。
しかし一歩進んで、もし武力制圧や植民地支配をしなかったとして、南米の人々と当時のヨーロッパの人々が、平和的に接触することは可能だったかを考えてみたい。
当時の南米はある意味オーストラリアのように他の地域から隔絶された独特の世界であって、そこに住む人類は遠い昔にシベリアと北米が繋がっていた時代に陸橋を伝って渡ってきた、いわば大昔にユーラシア大陸を後にした人々なのである。
彼らには、ユーラシア大陸で生まれた各種病原菌に対する耐性が全くなかった。たとえ平和裏に接触したとしても、いずれ大量死することは免れなかったと思われる。現代であったとしても、ワクチンの開発まで時間がかかれば、それだけ死者は増える。大量死については不可抗力、侵略者側の責任ではない、と割り切ろう。
問題は病気以外での死亡者。現地住人を強制労働させたこと、苛酷な労働環境に置いて栄養失調や過労、その他の原因で死なせたこと。交渉によって必要なものを交換する交易が成立すれば良かった。だがそれには、あまりにもお互いの持つ文化が違いすぎた。
現地の人々は優れた文明を築き、鋳造技術も持っていたが鉄を知らず、金属の武器を持たなかった。多くの少数部族がひしめき合う国に暮らしていて、誰かが殺傷能力の高い武器を開発すると全滅するまで戦いが終わらないことを、本能的に察していたのかもしれない。南米の人々の戦争は、ある一定の犠牲者を出せば終了するスポーツのようなものだったという説もある。
そのような人々が、少数とはいえ殺傷能力の高い武器を持った「侵略者」に、長く対抗できたとは思えない。
武力は圧倒的に劣る人々。しかしプライドは高く、独自の文化を誇りとし、侵略者に決して友好的とは言えない人々。
手っ取り早く必要なものを得、利益を上げるため、当時のイスパニア人が武力制圧という安易な道を選んだことはある意味時代の必然であり、当時としては当たり前のことだったのかもしれない。それが正しくないと思えるのは、現代人の価値観を持っているから、かもしれないのだ。
まぁでも、私は侵略者の援護はしないけどね。
コルテスもピサロも嫌いだし(笑)
歴史なんて最後に行き着くところは大抵、好きか嫌いか、受け入れるか拒絶するかの話ですよ。
歴史に"もしも"は存在しない。
存在しないのだが、ヨーロッパからの植民があと100年遅れていたらどうなっていただろう。イスパニアではなくイングランドやネーデルランドが代わりに支配していただけで結果は変わらなかっただろうか。
インカやアステカが現代まで続く国家たりえただろうか。
彼らは決して自分から海の向こうに世界を求めなかった。閉ざされた世界のまま、今でも生贄の風習を続けていることが出来ただろうか?
世界の歴史は一つに繋がっている。
タバコやジャガイモ、トマトなんかは、この征服の過程で持ち出されたもの。たとえば、ジャガイモが存在しなければアイルランドのジャガイモ飢饉は起こらなかった。タバコが無ければ肺がんで死ぬ人はかなり少なかった。トマトが無ければ、イタリア人は…(ry
死んでいった沢山の人たちには申し訳ない。が、多分その運命の大半は必然だ。
結論として、「タイムマシンは開発してはいけない」という話になるのかな。