古代エジプトの公用語とヒエログリフの絶滅に至る経緯めも

おもに自分用のまとめ。

王朝時代のヒエログリフの変遷についてはヒエログリフ辞典でも開けば載ってると思うので、ヒエログリフが使われなくなるあたりからの、エジプトで実際に使われていた言語の流れをまとめてみる。

■紀元前3000年ごろ

ヒエログリフの誕生、確立。

■紀元前305年

プトレマイオス朝時代に。公用語がギリシャ語になる(エジプト語も併用)

■紀元後 3世紀頃

国家がキリスト教に改宗、キリスト教文書の作成にコプト文字(アルファベット+ヒエログリフ)が使われるようになり、ヒエログリフは公式文書に登場しなくなる。

■394年

フィラエ島イシス神殿 現時点で確認できる最後のヒエログリフ。

■642年

アラブ支配時代に入り、公用語がアラビア語に。
話し言葉としてのエジプト語は辺境に残るが、じょじょに消えていく運命にあった。


と、いうわけで、「話し言葉」としてのエジプト語と、「書き言葉」としてのエジプト語の消滅には実は時差があり、書き言葉としてのエジプト語(ヒエログリフ/ヒエラティック/デモティック)が使われなくなって以降も4~5百年くらいは話言葉としてのエジプト語は生き残っていたようだ。

なにぶん話し言葉なので、正確に何時頃から話されなくなったのか? は分かりません。人によってまちまち。まあ残ってたとしても、最終的には王朝時代とは別物になってた可能性がありますが。あれだほら、現代日本人が「マジうける~ ケータイで写メして~」とか言っても、平安時代の人には全く通じないようなもん。

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