シュメル文明と「天皇」 ~ 「すめらぎのみこと=スメルのみこと」説の裏側

「シュメル -人類最古の文明」(中公新書/小林登志子)という本がある。
この本自体は以前も紹介したことがあり、良本とオススメ出来るので興味のある人は是非とも手にとってみてほしい一品である。

シュメル―人類最古の文明 (中公新書)
中央公論新社
小林 登志子

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が、この中にちょっと気になることが書いてあり。
前書きの部分なのだが

なお、我が国では「シュメル」ではなく「シュメール」と「長音記号」を入れて表記されることが多いが、これには理由がある。第二次世界大戦中に「高天原はバビロニアにあった」とか、天皇のことを「すめらみこと」というが、それは「シュメルのみこと」であるといった俗説が横行した。そこで、我が国におけるシュメル学の先達であった中原与茂九郎先生(京都大学名誉教授)が混同されないように音引きを入れて、「シュメール」と表記された。この話を中原先生から三笠宮崇仁様は直接うかがったという。こうした事情をふまえて、本書では「シュメール」よりも、「シュメル」の方がアッカド語の原音に近い表記でもあり、「シュメル」を採用した。


(三笠宮殿下はオリエント史の専門家で大御所的扱い。この本にも「はしがき」を寄せておられる。)


「引っかかったのは、シュメル人=日本人」だの「シュメル=すめらぎ」だのいう説が戦前の日本に横行していたという話は本当なのかということ。そんなバナナな説が広まるもんなの? 誰も信じなくない?
つか高天原がバビロニアって。そんな高天原俺は嫌だぞ。社会構造的な意味で(笑)
*バビロニアでは負債奴隷が横行してました。
 なので、ハンムラビ「法典」などでは、借金で首が回らなくなって奴隷身分に落とされた人の取り扱いが山ほど出てきます…



と、いうわけで、ちょいちょいと漁ってみたところ、これが意外と根深い話だということが見えてきた。
まず、最初に「シュメルってすめる(すめらぎ)と音似てるよね」と言い出したのは、エンゲルベルト・ケンペル(Engelbert Kaempfer)さんだった。日本について初めて体系的に記述した「日本誌」の著者だ。
*ケンペルはオランダ語読み、出身地のドイツ語読みだとケンプファー

ケンペルはオランダ船でやってきて、鎖国中の日本にやって来て出島に滞在した人物で、医師である。時は、徳川綱吉の時代。「日本誌」が発刊されたのは18世紀初頭だから、その中にちらっと書かれた「シュメル=すめる」説が日本に広まるのは、もっとずっと後のことになる。

時は流れ、200年後。
ケンペルの説を発展させたのは、日本人 原田敬吾
この人物、日本オリエント学界の創立者であり、こんにちエジプトやメソポタミア関係の文献を漁っていると必ず名前の出てくる杉勇先生と知己の仲であったというから驚きだ。どうやら、そのへんの物好きが好き勝手に吹聴してたんじゃなく、それなりの立場のある学者がマジメに取り組んでいたらしい。

原田敬吾氏は「バビロニア学会」というものを作って活動していたようだが、その活動は関東大震災をもって中断され、以降は途絶えている。



…だが、ここまで来るともうだいたいの事情は見えてくる。

原田敬吾氏の名前で探すと、彼が書いたもの、彼の影響を受けて書かれたものがゾロゾロ出てくるからだ。
ケンペルはそれほど日本語に堪能では無かった。「似てる単語があるから、シュメル人と日本人の間に何か関係があったかもね。でもよくわかんない」くらいしか書いてないところ、より具体的に、よりダイナミックに説を膨らませたのが原田氏。この人がやたらと行動力のある人だったため、誤解が広まるのを恐れたほかのオリエント学者が苦肉の策として「シュメール」という言葉を広めたのだろう。

沢山論文を書いても後世に「俗説」扱いされる悲しさよ。



しかし分からないことはまだある。
原田敬吾氏の「バビロニア学会」での活動期間は大正6年あたりから大正12年あたり。
WW2が始まるのは、それから20年近く経った昭和14年。

第二次世界大戦中に、原田説を復活させたのは誰?

原田氏が亡くなるのは戦後で、戦中はまだご存命だったようだから、或いは、ご本人が広めて回ったのかもしれないけど。天皇=神、ニッポンバンザイ な 戦中ムードが、あるいは、どう考えても妥当とは思えないこの過激な「日本人シュメル起源説」を後押ししてしまったのかもしれない。


しかし、戦争の記憶はもはや遥か彼方。
冒頭で紹介した本のタイトルに「シュメル」と付けられたのは、もう間違う奴いねーだろ。という安堵感、危機感の去ったことを意味しているようにも思う。





で、まぁ、日本人シュメル起源説 (※シュメルの起源は日本人! と言ったわけではなく、逆方向。ここ注意) がアリかナシか、というと…

 そりゃまぁナシだよね。

なんで、シュメル語で「王」を何て呼ぶか最初に調べなかったの…。(シュメル語での王は「ルガル」という。ルガル・バンダ とかのルガルね)

いちばん偉い人の役職名に地域名つけてどーすんの(笑) 山陰地方出身の王がアメリカに移住して「俺はサン・インだ」とか名乗ったらおかしかろうに。しかもシュメルってアッカド語なんだよね実は…。シュメル人に代わりアッカド人が台頭したあとでつけられた名前。ほんとにアッカド人に追い出されたシュメル人が日本まで来てたんなら、シュメル語で役職名つけると思う。 うん、なんか片っ端からツッコミどころ満載だよね。
「なんとなく似てる言葉がある気がするから!」とか、あまりにも浅すぎてオカルト好きでも食いつかないネタなんで、今ならもう、学者に危機感を抱かせるほど広まることはないと思う…。

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