クレオパトラの針 ~運搬から設置まで~

いつかロンドンに探しに行った、あのオベリスク(古代エジプトで、碑文などを刻んで神殿の門柱として立てる特殊な形の石柱のことです)。
130年前のその運搬の図があったので、おいておこう。


1877年 アレクサンドリアから運び出し

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1878年 9月 ロンドンに設置

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輸送費用を負担したサー・イラズマス・ウィルスンという人は実は考古学者ではなく「外科医」だったらしい…。いわゆるエジプトマニアのインテリ層か。

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そして現在。
遠く離れたブリテンの地で今もなお、亡き王を讃え続けるオベリスク。

ロンドンの中心部に近いところに立ってはいるんですが、川沿いを歩いている人が皆無なので物凄く寂しい感じを受けます。ていうか行ったときは一部修復中(または洗浄中?)で工事現場みたいになってましたしねえ。

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台座のところに来歴を書いてあるかと思ったら、オベリスク自体の来歴じゃなかった。
オベリスクは土台が欠けていたので、黒い金属製の、エジプト風の土台を作ってそこにはめこんで安定させてます。



このオベリスクも含め、エジプトからミイラや石棺を持ち出そうとして遭難するケースが多く、死者の呪いだ祟りだという噂が流れたといいますが、ぶっちゃけこんな重たいものは、船の乗せて外洋を運ぶもんじゃない。 そりゃ船のバランスも取れなくなるよ、っていう…。

ともあれ苦労の末にエジプトからはるばるロンドンへと無事たどり着いた、このオベリスク。
ちなみにクレオパトラとは何の関係もなかったりします。アレキサンドリアにあったから、クレオパトラに関係あるだろー と思って適当に名前をつけてみたら、実はそれよりずっと前の王様が作ったもの再利用でした。まあ、昔の人が適当につけた名前はだいたいそんなもんです。

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