エジプト 紀元前600年 -聖なる動物たちの受難
古代エジプトといえば、人間だけでなく、多くの動物をもミイラにしたことで知られている。
ミイラ化される動物は、神々と結び付けられることによって神聖なものとされた種類である。牛なら、オシリス、アメン、プタハ、そしてラー神。羊ならばクヌム、アメン。猫ならばバステト。それぞれの神が化身となる動物を持ち、動物たちは神の属性を象徴するか、または神性の一部を宿すものと考えられていた。エジプトからは夥しい量の動物ミイラが発見されており、最後のエジプト人ファラオ、ネクタネボ2世(第30王朝)の時代に作られたハヤブサの墓には、なんと50万羽という膨大な数のミイラが収められていたはずだという。
――しかし、これら膨大な量のミイラの大半は、実は新しい時代のものである。
第26王朝、紀元前600年ごろ、神性を宿す動物への信仰は意味を変えている。
第26王朝より前の時代、エジプトでは、ミイラにされる神聖な動物といえば王が個人的に飼っているものか、神殿で飼育される特別な動物だけだった。聖牛アピスは必ず一頭だけが指定され、生きているものが死なない限り別の一頭が神聖なものとされることはなかったし、鷹の神ホルスを守護神とするエドフの神聖な鷹も、祭儀で使われる一羽だけが神聖だったらしい。
基本的に動物のミイラは、その町の守護神のシンボルとなる動物が埋葬されている。各神殿ごとに祀る神が異なり、その神の化身となる動物を飼うからだ。例外は現在の首都カイロ付近にあったヘリオポリスや対岸のサッカラと、王家の谷のあるテーベ対岸だ。この地域では多種の動物ミイラが発見されている。ミイラの年代に関する詳しい資料を持っていないのでアバウトな記憶だが、しかし、ミイラの大半が、そこに築かれた王や貴族たちの墓から見つかったことは確かである。多種多様な動物ミイラは、神に捧げられた神聖な動物ではなく、貴人たちの個人的なペットのミイラなのだ。
さて、かつてのエジプトの動物ミイラは、神殿と、ある程度限られた裕福層だけが作ることの出来たものだった。しかし第26王朝以降、庶民も動物ミイラに手を出すようになっていく。これは、かつては王や貴族たちだけの埋葬法だった人間のミイラづくりも庶民に広まり、より安価で単純なミイラが製造されるようになっていくことと関係しているかもしれない。
埋葬に際して、聖なる動物のミイラをともに埋葬する。または個人的な願い事のために動物ミイラを神殿に捧げる。これは即ち、ミイラを「消費」するという行為である。お飾りのエビに対するのと同じで、それがもとは一個の生命であったことに対する注意が薄く、それ自体への敬意も欠けている。
ここに、動物を通して神を見るという古代の信仰の断絶と、人々の意識の変化を見て取ることが出来る。
ただひたすらに「自分のために」動物の命を求める人々の意識は、やがてミイラにするために動物を育て、人工的に殺すという商売を生み出す。しかしそれも実際にミイラを売るならまだ良心的で、中にはミイラの形をさくっておいて中身はカラッポというものまで売られた。神殿に収めたミイラが再利用で転売されることもあったようだ。
つまり、第26王朝以降、大量に見つかる鷹や鷺、狒々などのミイラの大半は、こうして護符がわりに大量販売された商品なのである。
もちろんそれ以外のミイラもあっただろう。個人墓に収められたペットの犬のミイラなどは、以前と変わらず動物に対する愛情を込めたものに違いない。だが、伝統は確実に薄れていった。古代エジプト宗教の衰退は、エリート階級である神官たち自身が根底にある本質を見失いつつあった時から、急激に始まっていたのだと思う。
ミイラ化される動物は、神々と結び付けられることによって神聖なものとされた種類である。牛なら、オシリス、アメン、プタハ、そしてラー神。羊ならばクヌム、アメン。猫ならばバステト。それぞれの神が化身となる動物を持ち、動物たちは神の属性を象徴するか、または神性の一部を宿すものと考えられていた。エジプトからは夥しい量の動物ミイラが発見されており、最後のエジプト人ファラオ、ネクタネボ2世(第30王朝)の時代に作られたハヤブサの墓には、なんと50万羽という膨大な数のミイラが収められていたはずだという。
――しかし、これら膨大な量のミイラの大半は、実は新しい時代のものである。
第26王朝、紀元前600年ごろ、神性を宿す動物への信仰は意味を変えている。
第26王朝より前の時代、エジプトでは、ミイラにされる神聖な動物といえば王が個人的に飼っているものか、神殿で飼育される特別な動物だけだった。聖牛アピスは必ず一頭だけが指定され、生きているものが死なない限り別の一頭が神聖なものとされることはなかったし、鷹の神ホルスを守護神とするエドフの神聖な鷹も、祭儀で使われる一羽だけが神聖だったらしい。
基本的に動物のミイラは、その町の守護神のシンボルとなる動物が埋葬されている。各神殿ごとに祀る神が異なり、その神の化身となる動物を飼うからだ。例外は現在の首都カイロ付近にあったヘリオポリスや対岸のサッカラと、王家の谷のあるテーベ対岸だ。この地域では多種の動物ミイラが発見されている。ミイラの年代に関する詳しい資料を持っていないのでアバウトな記憶だが、しかし、ミイラの大半が、そこに築かれた王や貴族たちの墓から見つかったことは確かである。多種多様な動物ミイラは、神に捧げられた神聖な動物ではなく、貴人たちの個人的なペットのミイラなのだ。
さて、かつてのエジプトの動物ミイラは、神殿と、ある程度限られた裕福層だけが作ることの出来たものだった。しかし第26王朝以降、庶民も動物ミイラに手を出すようになっていく。これは、かつては王や貴族たちだけの埋葬法だった人間のミイラづくりも庶民に広まり、より安価で単純なミイラが製造されるようになっていくことと関係しているかもしれない。
埋葬に際して、聖なる動物のミイラをともに埋葬する。または個人的な願い事のために動物ミイラを神殿に捧げる。これは即ち、ミイラを「消費」するという行為である。お飾りのエビに対するのと同じで、それがもとは一個の生命であったことに対する注意が薄く、それ自体への敬意も欠けている。
ここに、動物を通して神を見るという古代の信仰の断絶と、人々の意識の変化を見て取ることが出来る。
ただひたすらに「自分のために」動物の命を求める人々の意識は、やがてミイラにするために動物を育て、人工的に殺すという商売を生み出す。しかしそれも実際にミイラを売るならまだ良心的で、中にはミイラの形をさくっておいて中身はカラッポというものまで売られた。神殿に収めたミイラが再利用で転売されることもあったようだ。
つまり、第26王朝以降、大量に見つかる鷹や鷺、狒々などのミイラの大半は、こうして護符がわりに大量販売された商品なのである。
もちろんそれ以外のミイラもあっただろう。個人墓に収められたペットの犬のミイラなどは、以前と変わらず動物に対する愛情を込めたものに違いない。だが、伝統は確実に薄れていった。古代エジプト宗教の衰退は、エリート階級である神官たち自身が根底にある本質を見失いつつあった時から、急激に始まっていたのだと思う。