ピラミッド建設と同時に築かれたダム「サド・アル・カファラ」(Sadd Al-Kafara)

Sadd Al-Kafara は、アラビア語で「異教徒のダム」を意味する言葉。
作るのに10-15年かかったもんの、その後のナイルの氾濫でアッサリ流されるあたりがなんともエジプトらしいというか…。

場所は、カイロから20kmほど南に位置するヘルワン。ピラミッド建設時代は採石場だったあたり。
(現在は日本庭園があったりする町)

何のためにダムを作ったかというと、川の水位が下がると石の運搬がしづらくなるので運搬水路を作りたかった…というのがあるんじゃないかと。陸から離れた採石場も利用できるようにするためには、そこまで水を引き込まないといけないから。



ちゅうわけで、古代エジプトでは、農業(かんがい)用の水路を作り出すのは中王国時代なんだけど、治水工事の試みはもっと早い時代、第三王朝か第四王朝から始まってた証拠があります。
つーかピラミッドのために水ひいて、畑つくるために水引かないとか、どんだけ建築第一なの王様(笑)

この記事へのトラックバック