リアルで知る古代エジプトの巫女さん ー 一般編 ー

古代エジプトで巫女さんである。
きょうびの浮ついた若者の興味を引く為に、古代人にも頑張っていただく。とにかく何でもアリである。




巫女という言葉を辞書で引いてみたが、日本でいう「巫女」に該当しそうな役割の女性は古代エジプトにも居たとい言ってよさそうだ。細かい種別があるのは日本も古代エジプトも同じだが、ここはひとつ、大枠で神に仕えた女性という視点から見てみよう。

画像
「神の歌い手」アンハイさん



■古代エジプトで「巫女」ってなんていうの

神官に相当するのが「神のしもべ」を意味するヘム・ネチェルだが、これの女性形がヘメト・ネチェル。女性神官という意味だが、とりあえずはこれが巫女さんに該当すると思うことにする。
神官には階級があった。神殿の庭掃除や炊事選択などの下働きをする雇われ者たち、祭事で踊るなど特殊技能で神職に就く者たち、神に直接関わる一切を取り仕切り神殿に常駐するインテリ層の本職神官たち、などなど。

祭りなど人手の足りない時だけ手伝いにいくご近所の人が、正月にごったがえす神社にいるアルバイト巫女さん。伊勢神宮や出雲大社にいるかしこき雰囲気の巫女たちは、ハトホル女神やムト女神に仕えた身分の高い教養のある巫女さん…… と、考えると近いかも。


* 他の呼び名一覧はこちら。
http://www.moonover.jp/bekkan/today/info3.htm

神官の役割分担については、時代や仕える神によって違うというのもあり不明な点が多い。
(記録が残ってるのが高級神官ばっかりだったりするのもあり、残された情報が偏っている。)



■女性神官の歴史

王国の歴史の超初期には 王=神 または、王=神官 として神と唯一触れ合うことが出来るのが王という立場だったため、専属神官はいなかったようだ。神の数もそう多くなく、教義体系も複雑ではなかった時代は、専属神官というものはおらず、王をはじめとする支配者層が神官の役割も兼任する。やがて神が増え、儀式や祭りが複雑になっていくと、神職が分離して王と同等の権力を持つようになっていく。それとともに、神官を意味する言葉も階級ごとに分かれて階級が複雑化していく。

女性神官がいつ頃から存在したのか正確には分からないが、古王国時代(ピラミッドを建造していた時代)から存在していたという証拠がある。初期の女性神官たちは基本的に王族の女性(王妃や王女)で、「日本書紀」における、神と人との仲立ちをする巫女さんのようなイメージだ。

画像
古い時代の女性神官の衣装かもしれない、数学の女神セシャトのヒョウの毛皮。
高位の神官が纏う特別なもので、人間の場合は男性がこれを纏っている。



画像
新王国時代の「神の歌い手」ヘヌトイアフさん。アメン神に仕えた。





■巫女さんのお仕事


神官の第一のお仕事は、仕える神様のお召し換えやお食事のお世話。これは神殿の一番奥にある神のよりしろとなる神像の着ている服を毎朝交換し、供物や花を取り替え、香油を炊き、祈りの言葉をささげるという一連の作業から成っている。女神の場合、女性がやったほうが神様としても気持ちがよいだろう。

そういう理由からか、地位が高く信仰を集めていた女神たちには、たいてい女性神官が仕えていたように思われる。ハトホル女神以外にも、ムト女神やセクメト女神はそうだ。しかし女神に仕えるのが必ず女性だったわけではなく、男性神に女性が仕えていたケースもある。お召し換えは女性が行って、祝詞をあげるのは男性、とか、役割分担をしていたのかもしれない。女性は識字率が低く、書記としての修行を積めたのは王族などごく一部だけだった。



そんな女性神官の中でも特殊なお仕事をやっていたのが、神の前で歌や踊りを披露していた「神の歌い手」や「神殿楽師」。男性の楽師もいたが、女性のほうが圧倒的によく知られている。特に、音楽を好んだハトホル女神の神殿に仕えた女性楽師たちが有名だ。日本でいうとお神楽をする人。巫女さんらしい巫女さん(?)である。

お神楽の女性神官の中には、もともと高貴な家柄だったのか、出世のできる職業だったのか、立派なお墓を作ってもらった人もいて、重要な職業だったことがわかる。

画像



現在、名前が残っていてよく知られている女性神官たちの多くは、楽師として神に仕えた(ことになっている)人たちである。




■巫女さんの衣装

基本的に白。神官はみんな白。清潔さが重要である。
多くの神殿の庭には水浴用の池が作られており、神像に面会する前には水浴びして汗と砂を落としたという。
男性神官は頭の毛を剃つていたようだが、女性の髪型はとくに指定されていない。カツラをかぶってても勤務OK、アクセも禁止されていない。清潔で美しいこと、これが巫女さんの勤務スタイルの条件である。

男性の場合は、仕える神によって制服(?)がある場合もあったが、女性はよく分からない。

画像
参考までに、プタハ神の神官(男性)はこんなん


王妃たちのつけるような華美な冠をつけず、貴族のような立派なカツラをかぶらず、それなりに清楚な白い服を着せておけばいいんじゃないかな、エジプトの巫女さんは…。ちなみにスケスケ服もアリなようである。
神殿内の性交禁止! とか、お勤め中は禁忌とされている食べ物(神様によって違う)は食べるな! といったルールはあったが、それ以外で厳しく戒律が決められていたかどうかは分からない。

古代エジプトの場合、神殿は各地方ごとに祭る神様や祭事のルールを決めていて、宗教に関しては中央集権制ではない。厳しいのは大神殿だけで、地方の神殿なんかは意外とユルユルな職場だったかもしれない。




■結婚しない巫女さん

古代エジプトでは神官も妻帯アリである。もちろん女神官も結婚して子供をもうけることがある。でないと神官職の世襲制はできないし(笑

日本では巫女さんといったら何故か「結婚しない純潔な乙女」というイメージが強いようである。何故か知らない。カトリックのシスターと混同してんのかもしれない。そんな人たちには、巫女さんが普通に結婚している現実は残念に思われるかもしれない。

が。

夢を壊さない程度に処女な巫女さんもいたのである。登場するのはかなり後の時代だが、「アメンの神妻」という職業だ。

この特殊な巫女さんが登場するに至る時代背景には、エジプトの歴史上、ある大きな転換期が存在する。結婚せず、一生をひたすら神に仕えることになる、絶大な権力を誇った「アメンの神妻」とは? その役割とはどのようなものだったのか。-- 


長くなってきたので、 後半へ続く!

この記事へのトラックバック