哀しみのアフリカ ~スーダン

今月のナショジオ誌にスーダンが出ていたので、お勉強ついでにあれこれ。
スーダン内戦についてはソッチ系の人のほうが詳しいと思うので、ここではザックリとした歴史とか。


*位置確認*
スーダンはエジプトさんの南に接している国です。

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そもそもスーダンとは… 今でこそ国の名前だけど、もともとはアフリカ内部に住む肌の黒い人たちのことを指していた言葉。アラビア語で「ビラード・アッ・スーダーン」は「黒い人々の土地」という意味だ。本来の「スーダン」は、アフリカ中部を西から東まで横断する広大な地域を指す。が、ここではひとまず国名としてのスーダンなんだと思ってほしい。

今もスーダンには、肌の黒い、もとから住んでいた人々が暮らしている。しかし、実際に統治しているのはそうした元からいた人々ではない。スーダンをアラビア語で”スーダン”と呼んだ、アラブ系の移民だ。

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ここでは単純にアラビア半島からの海路だけ書いてみたが、進入ルートはたぶん色々ある。エジプトがイスラム化していくのと同時に、エジプトから南下するルートもあれば、らくだを使った砂漠越えでのルートもあっただろう。ともあれ、黒い肌の人々の国に、アラビア半島を越えた移民が流れ込み、現在のスーダンを形作っている。そして、首都ハルツームのある北部はイスラム教徒が多い。

つまりスーダンは、新しい文化を持ってやってきたアラブ系移民によって支配されてはいるものの、その周辺には古来からの暮らしを続ける土着の人々の部族社会が点々と広がっている… という構造になっている。




スーダンは、今も昔も国家として統一されたことはなかった。

国境は存在するものの、北のエジプトとの境界線は、かつてエジプトを植民地支配していたイギリスが自分の取り分を主張するために引いて周辺国に合意させたに過ぎない。その国境によってエジプトとスーダンに分裂してしまった地域には、ヌビア人と呼ばれる古代エジプトとゆかりの深い民族が今も暮らしている。肌が黒く、見た目こそスーダン人に近いが、古来からエジプトの影響を受けてエジプト文明に似た独自の文化も発達させていた人々である。

彼等はヌビア人というアイデンティティを持ちつつ、心情的にはおそらくエジプトに属している。
北部スーダンはアラビア人が多い地域だが、北の端っこには土着の人々が暮らしているのである。

ヌビアについては、こっちも参照

同じく東西や南の国境線も、かつてアフリカを分割して植民地支配していた西洋諸国の勝手に決めたもの。
南の端っこには今も野生動物を狩りながら暮らす人々がいるし、今ハルツームの虐殺で世の関心を集めている西のほうにも、定住生活をする土着の人々がいる。彼等は独自に自分たちの文化を持ち、先祖代々、その土地に暮らしている。「ムラ」や「民族社会」への帰属は強くても、国に所属している意識はたぶん薄いだろう。


宗教も違う。

土着のスーダン人は基本的にキリスト教徒。意外かもしれないが、キリスト教がまだローマの国教になる以前、エジプトを通じて伝わってきた「初期キリスト教」がスーダンどころか隣接するエチオピアまで浸透していた。(そこから「アフリカのキリスト教国の王、プレスター・ジョン」の伝説なんかも生まれたわけだ) だから黒い肌の神父も普通に存在する。

西部のダルフールにはイスラム教徒もいるが、基本的には土着民が暮らしている。だから彼等は、民族は違えど同じイスラム教徒である政府軍と戦っていることになる。





さて、ここまで知っておくと、以下の構図が理解できるはず。

・現在の政府 = 北部スーダンにある = アラブ系
・政府軍による虐殺の起きてる場所 = 南部または西部の村 =土着民族

スーダンの内戦も、基本的には アラブ系民族の政府軍 vs 土着民によるゲリラ集団 と見て間違いはない。(一部、部族同士の抗争もある)



で、厄介なことに、スーダンの外資獲得手段である石油、その採掘場所のほとんどが、非アラブ系である土着民の暮らす南部にある。理由つけて民を虐殺してでも土地を奪いたくなる展開もありうるな… とか、何となく想像がつくかと思う。そこまでしなくても。ガンガン石油採掘して土地を荒らしておきながら、そのアガリを全く地元民に還元しなければ、そりゃあ元々そこに暮らしてた人々も怒り出すのは当然だ、と。


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かくして戦いの火蓋は切って落とされるわけだが、なにしろ戦力に差がありすぎた。政府軍は石油を売って潤沢な資金を持っているのに、土着民にはそれがない。しかもこの戦いには介入者がいた。

石油の輸出先を見ると、産出量の大半を購入している国がいると思う。
そう… スーダン政府にがっぽがっぽ石油算出してもらって安く買い取りたいその国が、石油利権欲しさに戦線のパワーバランスを崩し、オーバーキル確定の軍備を与えちゃったのだ。

そしてそのオーバーキルな能力は、南だけではなく国の西側に住む、同じイスラム教を信仰する土着民にも向けられていく。


もともとアフリカは、多数の部族や小王国が乱立し、内乱の多い地域ではある。成人の儀式で敵対部族の大人をひとり殺してくることが大人と認められる証だ、なんていう部族もあったりするくらいだ。

しかしそれは、闘争本能を集団の「外」へ向けさせる文化だったり、狩猟民族にとっては狩場を奪い合う生存をかけた争いだったり、闘争によって力の強いものが生き残るという価値観の最終形態だったりする。争い無く平和に暮らすことが必ずしも最良というわけではない。狩りによって生きるライオンの群れは、別のライオンの群れと縄張りを争うものだし、求愛中は仲間を殺してでも雌を奪おうとする。

そのさなか、片方にだけオーバーキルな武器を与えてしまったらどうなるだろうか。
小学生が隣町の小学生と素手で殴りあう「陣取り」をしている最中に、片方の小学生グループにエアガンを与えてしまったら?

石油めあての外国資本によるスーダン内戦への介入とは、まさにそのような状況である。「一方的な虐殺」と言われるのは、あまりに戦力差がありすぎるからだ。



そのスーダンが今から割れようとしているのは、スーダンという国自体が、もともと便宜上ひとつの国家として周囲から区切られた地域に過ぎなかったこと、民族も宗教もぜんぜん違う人々が暮らしているということからすれば、自然な流れといえる。しかし割れたところで、主要産業が石油である限り、それを高く買ってくれる先進国とのつながりは持たざるを得ず、圧倒的な武力をもって国政に介入される危険性は決して消えないということ。

中国よりアメリカのほうが良心的だとも思えない以上、この国が良い方向に向かうのかどうかは天のみぞ知る。
…政府軍という敵がいなくなったら、昔に戻って今度は土着民の民族集団同士で抗争始めそうな気がするんだよね…。

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