聖書の記述を巡る発掘とイスラエルの考古学者たち ~不毛な争い~

世の中、聖書の記述が100%真実! と、信じている人はまだまだいるもので。
100%でないにしても、大まかなところくらいは実際に起こった出来事だろう。と淡い期待を抱いている人も沢山いるわけで。

そんな人たちが考古学者になってしまったら、どうなるか… とか、心の奥底に聖書は史実だという概念を持ったまま、発見された考古学的な遺産を解析するとどうなるか… とかいうのは、もうだいたいの人には想像のつく話だと思う。

 たとえ時代がズレていても、発掘が不完全で証拠に乏しくても、

 聖書の記述にあった遺跡だと信じこんでしまう



…と、いう悲劇が起こるのである。



今月のナショジオの特集の一つ「古代イスラエル 消えた王国」というのは、まさにその悲劇が現在進行形で起こりつつある、古代ユダ王国周辺の発掘現場をめぐる学者たちの争いの一端を書いている。

聖書に記された、ソロモンやダビデの活躍した王国を発見したと考える学者。批判する学者。
何しろ発掘調査がまだあまり進んでいないことや、発掘されたものを公平な視点から批判できる人がいない。聖書は何百年もかけて作られていった伝説の集大成で、フィクションなのだから、それに従って遺跡を解釈するべきではない、というのが、最も中立的な意見になるだろうが、信教上の理由から聖書を信じざるを得ない人々にとっては、簡単に思えるその視点すら獲得することは難しいのである。



もちろん、第二のトロイアがないわけではない。伝説はしばしば、史実を含むことがある。

かのシュリーマンのように、伝説を追ってまさにその伝説の地を発見する(実は最初に発掘に手をつけたのは別のフランス人学者だったが、彼はその事実を抹殺した)…ということが、有り得ないとは誰にも言えない。

だが、発掘する側が最初から「これは聖書に書かれたxxだ」と断言し、それを批判する側が最初から「聖書なんてデタラメだ」と決め付けるのでは、話は平行線を辿る。ユダヤ教徒にとって旧約聖書の神話は自らの民族的神話であり、神話の中の英雄は自らの祖先。それをハナから「まぁ、ウソかもしんないけどね」とは決して言えまい。

と、いうわけで、ユダヤ人考古学者と、それ以外の考古学者の間には、最初から大いなる認識齟齬がある。
非常に不毛な話なのである。

もともとイスラエル周辺は政情不安定で、考古学者といえど、各個人の背景にある国家や民族、宗教のイデオロギーから自由ではない。イスラエル人の学者が信じたいことも、それ以外の民族の学者は一笑に付すだろうし、キリスト教徒がナザレのイエスの奇跡を示すと考えた遺物ありがたがっても、イスラム教徒はそれをガラクタとしか評しないかもしれない。

そういう状況下での考古学会は「学派」に加えて「民族・宗教」という割れ方もしてしまう。それが、本文中にあった「イスラエルほど考古学会が激しい派閥対立に引き裂かれている国はない」という文章の裏にある事情だ。


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ユダヤ人が嫌われた理由は、大きく分けて3つある、と思っている。

 ・商才に恵まれた持てる人々への嫉妬
 ・金貸し業など、キリスト教徒がやらない、人の恨みを買いやすい職業を生業としてきた
 ・ユダの裏切り、という、聖書における悪いイメージのプロパガンダ


最初の一つはともかく、残り二つが理由でうらみを持つのは、ユダヤ人が多く活躍していた中近東やヨーロッパに限られるのではないか。ユダがキリストを売ってようが売っていまいがどうでもいい、その他の世界の大半は、特に何とも思わない。ユダヤ人が世界中で嫌われている、というのは、必ずしも正確ではない。

しかし現在、ユダヤ人がイスラエルで嫌われる理由はもう一つ、古代の話ではなく現在の話として、あると思っている。


たとえば、の話だが…

日本の隣の国の人が、「もともとうちの国の土地だったんだから」という理由をつけて、沖縄や対馬を買取りにきたとする。で、日本は気づかずしばらく時が流れ… 気がついたら島の大半が隣の国に買い取られており、しかもそこには隣の国からの大量の移住民がきている。「俺たちはここにシオンの地を作る」とか言ってる。
それと同じようなことをイスラエルでやった、と思いねえ。
「UZEEEE!」ってなるのは、容易に想像つくよね。

で、そんなことやった場所で、「この土地がむかしウチらの祖先の国があったことを証明するんだ」とか言って発掘しはじめたら、アホでもない限り警戒するし、周囲の国の人たちは、発見物を全力でコキ下ろすよね(笑)

もしも発見されたものが本当に聖書の記述にある古代のユダヤ人の繁栄を示すようなものだったとしたら、ユダヤ人は、その土地も「祖先の土地」と言い張って獲得に乗り出すかもしれない。パレスチナ人が考古学者の発見物にピリピリしている理由は、その点である。考古学者にその気はなくても、発見物の政治利用は可能だからだ。

どちらにも肩入れするつもりはないし、遺跡に罪はないとは思うが、双方の気持ちが判るだけに深刻だ。


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しかしイスラエルの考古学者については、少し考え方を改めてもいいんではないかと思う部分がある。

昔、イスラエルとエジプトが国交を回復したとき、エジプトでの考古学調査を熱望していたイスラエル学者がいた、という話を読んだことがある。彼らの目的は「出エジプト」時代の遺跡。イスラエルの歴史の一部はエジプトにある、と彼は言うのだった。エジプトとイスラエルは、今でもすぐ隣り合わせにあるだけに、過去、文化的な交流や移民の歴史は長い。イスラエルでヒエログリフの刻まれた彫像が見つかることもある。

だが、エジプト側からするとイスラエルの民は多数いる周辺諸民族の1つでしかなく、旧約聖書であんなにエジプトが連呼されている反面、エジプト側でイスラエルに言及した史料はとても少ない。当然、出エジプトについて記した記録もなければ、大量移住を示す考古学的証拠もない。事細かに記されたラメセス時代の傭兵名簿でさえ、「アジア人」という項目はあっても、イスラエル人、などという項目はなかった。

それでもエジプトにはイスラエルの過去がある、と信じられたのは何故なのだろう。その学者は何を知って、どうしたかったのだろう… と、当時は思った。

彼は民族のアイデンティティを証明したかったのではないか? という気がする。過去を追い、過去を実在のものとして証明し、その上に立つ現在の自分たちを安定させる、というものだ。
確かに考古学は過去を見る学問だ。過去に生きた人々が現在と繋がっているのも事実。だが、過去ばかりを見つめる学問に意味があるだろうか。過去の人々の教訓を現在に生かすこと、あるいは未来を変えようと努力することが、「過去を見る」学問の究極的な目的のように思う。過去ばかりを追う者に、過去自体を正しく理解することは出来ないのではないか。


あと、歴史は、それを築いた一民族だけの占有物ではないと思う。
古代のユダヤ人の築いた遺跡とて、ユダヤ人だけの「歴史」ではあるまい。その都市と交易した他国、都市に移住した他民族がおり、周辺諸国があり、一つの歴史は、その周囲すべてと連動した、大きな流れの中の一つのはずだ。イスラエルの考古学者の一部は、「自分たちの歴史」を追うことに夢中になりすぎて、そのことを忘れている人がいるような気がしている。

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