歴史学者の書いた本は本当に「文章がヘタ」なだけで売れないのか?/我が家の蔵書で確認してみた

以前のエントリで、感想ツッコミその他もろもろの愚痴を上げた「歴史を冒険するために(関西学院大出版会)」という本で、気になっていた箇所がある。

著者は、歴史学者は文章がヘタだから、歴史学者の書いた本は売れない。と嘆いている。

書かれた歴史と語られた歴史の間での影響力の差もあると思います。目の前で話をする人が語る物語り(歴史)は、聞き手と呼吸を合わせつつ言葉が発せられるだけに、説得力という点において研究者が自分のペースで書いた歴史はこれに叶わないでしょう。歴史研究者たちはプロであるとはいえ、文章表現のレベルでは玄人はだしとはいかないケースが多いだけに、なおさらです。

その証拠に、歴史家が著した歴史本で、ベストセラーになった、などという書籍は皆無に等しいです。


<中略>

アカデミックな歴史研究家とはいえない、作家の司馬遼太郎氏や塩野七生の手になる小説(歴史物語)とは文字通りケタが違うのです。世の中はいつも歴史ブームだと言われるのですが、多くの場合それは歴史研究者たちによって推進されたものではありません。




前後の文脈からするに、「歴史教育は子供の時から叩き込むもので、その歴史っていうのは教科書にのってるやつだからお国の検閲受けちゃってるんだよね… んで歴史学者の書いた歴史本って面白くないから売れないんで、みんなに知れ渡らないの。残念」ってコトが言いたいっぽいんだけど、まあ色々とツッコミどころがあって。



●司馬遼太郎や塩野七生は個人で研究してる小説家だからアカデミックじゃないらしい

歴史学者コミュに属してない人は、自分から原典あさりにいくような人であっても歴史研究者とは認めないらしい。学位持ってないと見下すのは、狭い専門家集団にはアリガチっすね。そっちのほうが知名度高くて悔しいのはよくわかったが、司馬遼太郎に史実を求める人はそうそういないだろう…。


●「プロの歴史学者」が推進しない歴史は認めない雰囲気プンプン

まぁたしかに義務教育の歴史の授業は影響度が大きいかもしれんけど。興味ある奴はそこから自前で道を切り開くし、興味ない奴は大化の改新の年号すら忘れてるというのが現実だ。歴史なんて全く知らなくても生きていけるしなあ。むしろ歴史という「過去」しか知らず、現代が全く見えない人のほうが社会不適合者だろう。

歴史は歴史学者の個人的な思いが含まれるものだと認めておきながら、義務教育で教える歴史に検閲が入っているのを嘆くということはつまり、歴史学者個人の個人史観や意図をダイレクトに子供たちに植えつけられないのを嘆いていることになるわけだが… 極端な思想の偏りがでそうで、それはマズいだろ…。
教科書に検閲が入って、建前上「公平な視点です」ということになってるのは当然かと思うが。


●売れない理由は文章がヘタだからではない

ちょっと本人に誰か教えてあげてほしいわ。多分ものすごい勘違いしてるわ。

たしかにベストセラーではないが、歴史学者の書いた本でそのスジのファンには必ず読まれるような、コンスタントに売れてる本はあるんだ。歴史の本ってのは内容が相手に伝わってナンボ、読む側に内容を理解する下準備があってはじめて意味があるブツなので、多数売れることよりも、内容に興味のある人に確実に読まれることのほうが大事だぞ。

歴史に興味がある人って、ほぼ確実に書痴なんで、自分の守備範囲のジャンルであれば多少文章がヘタでも相当アレでない限りは読みます。世の中はそれほどバカばっかりというわけではない。みんながみんな、歴史学者の書いた歴史本に興味を示さないわけではない。

近代アジア史にはあんま興味ないので、特定東アジアの歴史本に限る現象です とか言われたら あーまぁそうなのかも とは思うけど、この人 ビザンツ専攻だからそういうわけでもないよな…




とりあえず、うちの本棚にある歴史関係の本を15冊ばかり出してきて、それぞれの著者の専門と経歴を書きだしてみた。★をつけたのが「歴史学者」と言ってよさそうな方。

※特定の歴史人物について書いた本は除外
※「哲学の歴史」のような特定ジャンルに関する歴史ものも除外

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「世界の歴史24 アフリカの民族と社会」(中公文庫)

福井勝義 専攻・農学

赤坂賢 専攻・文化人類学

大塚和夫 専攻・社会人類学

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「交易のヨーロッパ史」(東洋書林)

A.プレシ 専攻・経済学

O.フェルターク 専攻・歴史学★

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「ケルトの歴史 文化・美術・神話を読む」(河出書房)

鶴岡真弓 専攻・西洋美術史、ヨーロッパ文化史、ケルト芸術、表象研究★

松村一男 専攻・比較神話学、宗教学

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「インカとスペイン 帝国の交錯」(講談社)

網野徹哉 専攻・アンデス社会史、ラテンアメリカ史★

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「世界各国史21 北欧史」(山川出版)

百瀬宏 専攻・政治学

熊野聰 専攻・北欧中世史★

村井誠人 専攻・北欧史★

ヒースマン(神田)姿子 専攻・北欧考古学
 
牧野正憲 専攻・社会学
 
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「ヴァイキングの歴史」(原書房)

B・アルムグレン 専攻・スウェーデン考古学、古代史★

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「世界各国史13 ドイツ史」(山川出版)

木村靖二(編) 専攻・西洋近現代史、ドイツ史★

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「世界の歴史5 ギリシアとローマ」

桜井万里子 専攻・古代ギリシア史★

本村凌二 専攻・古代ローマ社会史★

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「古代エジプト 地図で読む世界の歴史」(河出書房新書)

ビル・マンリー 専攻・古代エジプト史、スーダン史★

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「フン族 謎の古代帝国の興亡史」

E.A.トンプソン 専攻・古典文学

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「歴史書を読む 歴史十書のテクスト科学」(山川出版)

佐藤彰一 専攻・中世西洋史★

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「物語 北欧の歴史 モデル国家の生成」(中公新書)

武田龍夫 専攻・法学? 元外務省北欧担当官

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「物語 メキシコの歴史 太陽の国の英傑たち」(中公新書)

大垣貴志郎 専攻・イスパニア語学、ラテンアメリカ近現代史★

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「物語 アイルランドの歴史 欧州連合に賭ける"妖精の国"」(中公新書)

波多野裕造 専攻・法学? 元外務省英国大使等

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「中世ヨーロッパの都市の生活」(講談社学術文庫)

J・ギース
F・ギース 専攻・不明。中世史関係の本を多数出版している文筆家?

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「スコットランド 歴史を歩く」(岩波新書)

高橋哲雄 専攻・イギリス近代史★

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「現代のイスラム 宗教と権力」(朝日選書)

山内昌之 専攻・中東・中央アジア研究

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「ヴァンダル興亡史 地中海制覇の夢」(中公新書)

松谷健二 専攻・ドイツ文学

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「世界の歴史」シリーズとか「物語 xxの歴史」シリーズとかは、そのジャンルに興味ある人はけっこうな高確率で読んでる。文章も読んで困るようなものでもない。(本好きなら気楽に開いてサクサク読めるレベル)

それでも歴史学者が推進した歴史が読まれてない! って嘆かれると、じゃーどうしろというんだという気になる。
歴史しらんでも食うのに困らないわけでしょ。専門家以外は完全に趣味と教養の世界なんで、余裕のある人が読んで知ってればいい話。みんながみんな歴史に特化する必要はない。ある人は歴史、別の人はコスメ、また別の人は音楽、とか、それぞれでいいんじゃない。



そして、見てのとおり、 歴史学者の単著は少ない。

歴史学は単独で成立する学問じゃない。
地理や宗教、場合によっては経済学や民俗学、社会学なども絡む話になってくるので、自然と他ジャンルの学者と共著になる。逆に、歴史学者だけでは特定地域や特定の時代の歴史の本は書けない。

最初に挙げた「歴史を冒険するために」の著者が考えているような、物語調の文章じゃなくておもんないから本が売れないんだ的な考え方は間違いで、厳しい言い方だけど、売れない本は単に大多数の歴史マニアな読者から価値がないと見做されているだけじゃないのかと。

自分だったら、とりあえず最初の一章立ち読みしてみて、何か得るものがありそうだと思ったら買っちゃうけどね。内容がダメダメで叩くにしろ、素晴らしくて褒めるにしろ、じっくり読んでみないことには話も出来んから。

ちなみに、この人の本もかなり叩いてるけど、買ったってことは読んで面白いと思える本だったからであって、単に考え方があわないのと、狭い学界しか見てなさそうな発言に違和感があるだけなんだ。全くダメな本だったらそもそも読まないから話題にすら上がらない。




どうせ一般人にはわかんねーよ、的な考えの歴史学者は、とりあえずは「語りかける」こと、言葉が通じる確信を持つことから始めてはどうだろうか。

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