東欧の国・チェコと無宗教
おい、ヨーロッパはみんな一神教で、一神教の国は神を信じるのが当たり前だって言ってた奴ちょっと出てこい。
チェコ違うじゃねーーか!
外務省データ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/czech/data.html
チェコ人のほぼ6割が信仰無し…。
や、チェコのカトリック教会は誰も礼拝に来ないから赤字経営だって聞いて調べてみたのが発端なんですが。これはたしかに誰も礼拝に来ないわ(笑) 納得の無宗教率。
日本人の場合、無宗教と言いつつ神仏には一応の敬意を払うし、親族の墓は大抵どこかの寺にありますよね。実家が寺の檀家にはなっていたりして、大半は「信仰心の薄い仏教徒」、或いは「他宗教に寛容な仏教徒」に過ぎないと思うんですよ。無宗教とは違う。
チェコ人の「神を信じない」は、教会制度の否定と、「神は俺らを救ってくれたためしがない」という意識から生まれてくるもので、日本人の感覚とは全然違うものなんじゃないかな…。
*****
そもそものチェコはカトリック国として、信仰心の特に篤い国のひとつだった。
東ローマから宣教師を招いたこともあり、一生を教会に捧げた王女アネシュカという人物がいたりもする。
しかし、その篤さゆえに カトリックvsプロテスタント という時代の潮流をモロに受け、多くの悲劇的な犠牲者をだした国でもある。
そもそもの発端は、チェコが中世最高の繁栄を誇ったカレル4世という王様の時代に、優遇されていた教会が財産を溜め込みすぎた事によるのだと思う。(カレル4世は神聖ローマ皇帝も兼ねた。この時代のプラハは形式上、ヨーロッパ世界の頂点に立っていたといっていい)
教会は清貧を説きながら自身は豪華な装いをして商売まがいのことまでしている。多くの富を貯めこみも貧しい者に分け与えようともしない。こう批判が上がるのも当然で、プラハでは早くから「原典である聖書の教えに立ち返るべきだ」という意見が盛り上がっていた。
そこへ15世紀に、ヨーロッパ各地のカトリック教会が世に悪名高きアレ、「赦免状」の発行を始める。
ここへきて、人々の不満は爆発。プロテスタント運動の始まりである。
チェコでは、プロテスタント運動以前から独自に教会への疑問を唱える声が大きかったが、プロテスタント運動が大きくなるにつれそれに乗っかりカトリック派と幾度も武装衝突をくり返すようになる。この国の場合は、それが国を二分する大騒動だった。
そもそもチェコは神聖ローマ皇帝と繋がりの深い国。「皇帝」はカトリックの頂点に立つ「教皇」に任命されるもの、という形式であった以上、皇帝がカトリックを擁護するのは当然の流れでもあった。
チェコの、過去の信仰割合がどう推移してきたのかを示すデータを持っていないので何とも言えないが、ハプスブルグ家支配下のチェコではカトリックが公の国教となっており、宗教上の大きな衝突は特に無いところを見ると、カトリックとプロテスタント(&フス派)が最後の大きな衝突をした17世紀あたりが、大半のチェコ人が信仰心を失ったタニングポイントではなかったかと思う。
「これだけの血を流しても神は応えない」と思ったのか、「なんか必死になって戦ってるのバカらしくなってきちゃった…もうどうでもいいや」と思ったのかは、そこまでチェコ人の心情に詳しくないので、判らない。だが、いずれの宗派にも属さなければ、争いに巻き込まれることも、近所の人や身内と敵味方に分かれることもないのは、確かである。
「宗教の放棄」
それが、チェコ人の選んだ、最大限に寛容な生き方への最適解だったのかもしれない。
*****
一神教で「神を捨てる」というのは、簡単なことではないように思う。
なにしろ一柱しかいないので、否定した時点で信仰という概念すべてをなくすことになる。
向こうの神様は祈らないと答えてくれないことになっているし、神様否定したらその時点で反逆者だ地獄行きだってことになってしまう。
その点、日本なら「捨てる神あれば拾う神あり」という言葉があるほどに、特に意識してお願いなどしなくても勝手に助けてくれるお節介な神様もいたりで。八百万いらっしゃるので全部否定しなくてもどれかは好みに合いそうだし。どんな無信仰な人でも、ふとした瞬間には無意識に神に祈っていて、しかもその願いをサポートしてる神様が何処かに居そうなのが日本なんだよね。中には競馬の神様みたいなのすら、いらっしゃるかもしれない(笑)
無宗教、無信仰ではなく、興味がなくても必要な時に自由に頼っていいユルーいのが日本の神様たちなんだよな。
そんななので、たぶんチェコ人と日本人は宗教の話をしたら全く咬み合わないと思う。
特に「無信仰」に対する概念は正反対だと思うから、ヘタしたら喧嘩になりそう。
チェコ違うじゃねーーか!
外務省データ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/czech/data.html
4.民族
チェコ人94%、その他スロバキア人、ロマ人等(2001年)
5.言語
チェコ語
6.宗教
カトリック 26.3%、無信仰 58.3%(2001年)
チェコ人のほぼ6割が信仰無し…。
や、チェコのカトリック教会は誰も礼拝に来ないから赤字経営だって聞いて調べてみたのが発端なんですが。これはたしかに誰も礼拝に来ないわ(笑) 納得の無宗教率。
日本人の場合、無宗教と言いつつ神仏には一応の敬意を払うし、親族の墓は大抵どこかの寺にありますよね。実家が寺の檀家にはなっていたりして、大半は「信仰心の薄い仏教徒」、或いは「他宗教に寛容な仏教徒」に過ぎないと思うんですよ。無宗教とは違う。
チェコ人の「神を信じない」は、教会制度の否定と、「神は俺らを救ってくれたためしがない」という意識から生まれてくるもので、日本人の感覚とは全然違うものなんじゃないかな…。
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そもそものチェコはカトリック国として、信仰心の特に篤い国のひとつだった。
東ローマから宣教師を招いたこともあり、一生を教会に捧げた王女アネシュカという人物がいたりもする。
しかし、その篤さゆえに カトリックvsプロテスタント という時代の潮流をモロに受け、多くの悲劇的な犠牲者をだした国でもある。
そもそもの発端は、チェコが中世最高の繁栄を誇ったカレル4世という王様の時代に、優遇されていた教会が財産を溜め込みすぎた事によるのだと思う。(カレル4世は神聖ローマ皇帝も兼ねた。この時代のプラハは形式上、ヨーロッパ世界の頂点に立っていたといっていい)
教会は清貧を説きながら自身は豪華な装いをして商売まがいのことまでしている。多くの富を貯めこみも貧しい者に分け与えようともしない。こう批判が上がるのも当然で、プラハでは早くから「原典である聖書の教えに立ち返るべきだ」という意見が盛り上がっていた。
そこへ15世紀に、ヨーロッパ各地のカトリック教会が世に悪名高きアレ、「赦免状」の発行を始める。
ここへきて、人々の不満は爆発。プロテスタント運動の始まりである。
チェコでは、プロテスタント運動以前から独自に教会への疑問を唱える声が大きかったが、プロテスタント運動が大きくなるにつれそれに乗っかりカトリック派と幾度も武装衝突をくり返すようになる。この国の場合は、それが国を二分する大騒動だった。
そもそもチェコは神聖ローマ皇帝と繋がりの深い国。「皇帝」はカトリックの頂点に立つ「教皇」に任命されるもの、という形式であった以上、皇帝がカトリックを擁護するのは当然の流れでもあった。
チェコの、過去の信仰割合がどう推移してきたのかを示すデータを持っていないので何とも言えないが、ハプスブルグ家支配下のチェコではカトリックが公の国教となっており、宗教上の大きな衝突は特に無いところを見ると、カトリックとプロテスタント(&フス派)が最後の大きな衝突をした17世紀あたりが、大半のチェコ人が信仰心を失ったタニングポイントではなかったかと思う。
「これだけの血を流しても神は応えない」と思ったのか、「なんか必死になって戦ってるのバカらしくなってきちゃった…もうどうでもいいや」と思ったのかは、そこまでチェコ人の心情に詳しくないので、判らない。だが、いずれの宗派にも属さなければ、争いに巻き込まれることも、近所の人や身内と敵味方に分かれることもないのは、確かである。
「宗教の放棄」
それが、チェコ人の選んだ、最大限に寛容な生き方への最適解だったのかもしれない。
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一神教で「神を捨てる」というのは、簡単なことではないように思う。
なにしろ一柱しかいないので、否定した時点で信仰という概念すべてをなくすことになる。
向こうの神様は祈らないと答えてくれないことになっているし、神様否定したらその時点で反逆者だ地獄行きだってことになってしまう。
その点、日本なら「捨てる神あれば拾う神あり」という言葉があるほどに、特に意識してお願いなどしなくても勝手に助けてくれるお節介な神様もいたりで。八百万いらっしゃるので全部否定しなくてもどれかは好みに合いそうだし。どんな無信仰な人でも、ふとした瞬間には無意識に神に祈っていて、しかもその願いをサポートしてる神様が何処かに居そうなのが日本なんだよね。中には競馬の神様みたいなのすら、いらっしゃるかもしれない(笑)
無宗教、無信仰ではなく、興味がなくても必要な時に自由に頼っていいユルーいのが日本の神様たちなんだよな。
そんななので、たぶんチェコ人と日本人は宗教の話をしたら全く咬み合わないと思う。
特に「無信仰」に対する概念は正反対だと思うから、ヘタしたら喧嘩になりそう。