エジプト新規発見ピラミッド(未確定)に関する資料めも

場所がナイル東岸だから、これまでのパターンからすると墓として築かれたピラミッドじゃないのは確実のはずなんだが、そのわりに周囲から墓が出てきているのは何なんだろう。

120近くあるピラミッドのうち西岸に造られなかった例外は2基だけで、両方とも中に空洞のないたんなるモニュメントとしての小型ピラミッド。川の中州にあるやつとか。

*** めも

タニスは第21王朝首都。
海運がよくアレクサンドリアへのアクセスに有利だったことから、プトレマイオス王朝時代には重要視されたがそれ以前はむしろド田舎。

第21王朝ファラオ、プスセンネス1世とアメンエムオペト王のミイラは、ほぼ完全なミイラとして発見されている。しかし発見された墓はタニスのアメン神殿の敷地内に作られた竪穴の中。それ以降の王たち(外来系含む)も神殿敷地内に竪穴式の墓を作るのがスタンダード。つまり末期王朝時代のエジプトでは墓はピラミッドとして築かれていなかった。

→今回見つかったピラミッドの遺構らしきものがピラミッドとするなら、末期王国時代のものではない or 復古主義だったヌビア人による第二十四王朝のものの可能性あり?

→一応、第十八王朝のツタンカーメンの時代の遺物がタニスから出ているらしい
http://science.nationalgeographic.com/science/archaeology/tanis-egypt/

埋もれている町と墓はタニス首都時代のもので、ピラミッドだけ別時代のだっちゅー可能性がありそうかな。
それ以前の時代だと、あそこそれほどでかい町は無かったはず。

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