クフ王の「太陽の船」を巡る諸説と、本当の発見者。
こちらが、クフ王の船の本当の発見者、 Kamal el Mallakh さんでございます。
この人が、中身の入っている舟坑の横にもう一つの坑があることも見つけたのであって、吉村のおいちゃんが見つけたわけじゃありません…
関係者が全員死んでるからって、他人の手柄を横取りしようとすんのって恥ずかしいよね。
The Discovery of the Cheops' Solar Boat
http://www.touregypt.net/featurestories/solar.htm
ほいで、ここまでのおさらい。
クフ王のピラミッドの近くに埋められている木造船で現存するものは、二隻。
ただし、ピラミッド本体に所属する舟坑は全部で五つ存在します。
※矢印をつけた五つがそう。
※残りの二つは衛星ピラミッドに所属。
東側の二つは空っぽ。盗掘されたから中身がないのか、最初から無かったのかは不明。参道の近くにある遺構については階段がついていて下に降りられるようになっているそうで、未完成だったかもしれんです。
現存する二隻については、それらを収めた舟坑内部に船を作る時に出た木屑とともに労働者の書いたジェドエフラー王の王名が残されており、クフ王の存命中に船が完成しなかったので次の代の王様の時代までかかって仕上げてたんじゃないかという説あり。すべての船が完成していれば、クフ王のピラミッドの周りには本来、五隻の船が埋葬されていたのかも。
まァ、だから、「昼と夜の太陽の船で二隻あるんです」っていう説明はおかしいよっていう話ですが、じゃあこれらの船は一体何なんだと。
有名な説は二通り。
まず、これを太陽の船だといったのはエマリー(Walter Bryan Emery)さんとセリム・ハッサン(Selim Hassan)さん。
ファラオが太陽となって天空を巡るためのものと考えました。二隻あるからというより、船=太陽信仰と関係あるだろう。という感じ。
似たような説だけど太陽の船じゃなくて、四隻あるんだからピラミッドの四方から彼岸へ飛び立てるように考えたんだろうと言ったのが、ヤロスラフ・チェルニー(Jaroslav Cerny)さん。 五隻めの参道近くのものについては、現存しないが実際に葬祭儀式で使われたものが埋められていたのではないか、とも。
マーク・レーナーさん(Mark Lehner)は太陽の船とは言ってないけど、五隻のうち三隻が、王があの世へ旅するための船と太陽の船で、残りは実際の葬祭で使ったものと考えているようで、チェルニー説に近い。
ザヒ・ハワス博士は今のところエマリー説に近い考え方。
いずれも、「なんで五隻あるんだよ…」という、そこんところは旨く説明できてない印象。現存する二隻については、その場で造られて収められていることから、純粋に儀式的なもので、実用性は考えていなかったというのは各学者とも共通しているようです。
ちなみに参道付近の舟坑はかつては船が収められていたようで、ジョージ・ライスナーさん(George Andrew Reisner)の発掘調査の時に金箔の張られた木片が出土している模様。エジプトの砂漠は杉などの木は育たないので古代エジプトでは良質な材木は貴重品でした。後世に盗掘されたとしても不思議はないです。
要するに「なんか葬祭儀式に関係してるのは確かなんだけど、よくわからん…」というのが今のところの正解(笑)
以前のエントリでも書いたように、墓の側に収めた船の数が各王様ごとに違うんで、単純に数で財力を誇示してた「意味なんてないよ自己満足だよ説」も、十分アリなんじゃないかと思う。なんたって古代エジプト人だしな!(←いつものオチ)
#ていうか、私としては「自己満足だよ説」がありそうな気がしてるんだが…。
#それだと学者はメシ食ってけないから、なんか高尚な理由が必要なんだろうな…。
*********************
関連エントリ
クフ王の「太陽の船」復元について
https://55096962.seesaa.net/article/200807article_30.html
この人が、中身の入っている舟坑の横にもう一つの坑があることも見つけたのであって、吉村のおいちゃんが見つけたわけじゃありません…
関係者が全員死んでるからって、他人の手柄を横取りしようとすんのって恥ずかしいよね。
The Discovery of the Cheops' Solar Boat
http://www.touregypt.net/featurestories/solar.htm
ほいで、ここまでのおさらい。
クフ王のピラミッドの近くに埋められている木造船で現存するものは、二隻。
ただし、ピラミッド本体に所属する舟坑は全部で五つ存在します。
※矢印をつけた五つがそう。
※残りの二つは衛星ピラミッドに所属。
東側の二つは空っぽ。盗掘されたから中身がないのか、最初から無かったのかは不明。参道の近くにある遺構については階段がついていて下に降りられるようになっているそうで、未完成だったかもしれんです。
現存する二隻については、それらを収めた舟坑内部に船を作る時に出た木屑とともに労働者の書いたジェドエフラー王の王名が残されており、クフ王の存命中に船が完成しなかったので次の代の王様の時代までかかって仕上げてたんじゃないかという説あり。すべての船が完成していれば、クフ王のピラミッドの周りには本来、五隻の船が埋葬されていたのかも。
まァ、だから、「昼と夜の太陽の船で二隻あるんです」っていう説明はおかしいよっていう話ですが、じゃあこれらの船は一体何なんだと。
有名な説は二通り。
まず、これを太陽の船だといったのはエマリー(Walter Bryan Emery)さんとセリム・ハッサン(Selim Hassan)さん。
ファラオが太陽となって天空を巡るためのものと考えました。二隻あるからというより、船=太陽信仰と関係あるだろう。という感じ。
似たような説だけど太陽の船じゃなくて、四隻あるんだからピラミッドの四方から彼岸へ飛び立てるように考えたんだろうと言ったのが、ヤロスラフ・チェルニー(Jaroslav Cerny)さん。 五隻めの参道近くのものについては、現存しないが実際に葬祭儀式で使われたものが埋められていたのではないか、とも。
マーク・レーナーさん(Mark Lehner)は太陽の船とは言ってないけど、五隻のうち三隻が、王があの世へ旅するための船と太陽の船で、残りは実際の葬祭で使ったものと考えているようで、チェルニー説に近い。
ザヒ・ハワス博士は今のところエマリー説に近い考え方。
いずれも、「なんで五隻あるんだよ…」という、そこんところは旨く説明できてない印象。現存する二隻については、その場で造られて収められていることから、純粋に儀式的なもので、実用性は考えていなかったというのは各学者とも共通しているようです。
ちなみに参道付近の舟坑はかつては船が収められていたようで、ジョージ・ライスナーさん(George Andrew Reisner)の発掘調査の時に金箔の張られた木片が出土している模様。エジプトの砂漠は杉などの木は育たないので古代エジプトでは良質な材木は貴重品でした。後世に盗掘されたとしても不思議はないです。
要するに「なんか葬祭儀式に関係してるのは確かなんだけど、よくわからん…」というのが今のところの正解(笑)
以前のエントリでも書いたように、墓の側に収めた船の数が各王様ごとに違うんで、単純に数で財力を誇示してた「意味なんてないよ自己満足だよ説」も、十分アリなんじゃないかと思う。なんたって古代エジプト人だしな!(←いつものオチ)
#ていうか、私としては「自己満足だよ説」がありそうな気がしてるんだが…。
#それだと学者はメシ食ってけないから、なんか高尚な理由が必要なんだろうな…。
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関連エントリ
クフ王の「太陽の船」復元について
https://55096962.seesaa.net/article/200807article_30.html

