麻生出版「続・サガから歴史へ」―サガ物語とヴァイキング社会に関する考察、あと比較文化とか盛り沢山

東海大学出版会から出ている「サガから歴史へ」の続編、ということで手にとってみた本。
出版社は代わり、こちらは麻生出版から。

サガ、が何か… というのは、まずさておくとして、サガ物語は特殊な史料である。まるごと鵜呑みにしてはいけないし、後世に書かれた単なるおとぎ話だと思ってもいけない。サガを歴史資料として扱えるのか否か、サガの中から読み取るべきことは何か、書かれた目的は何か、といった、「読み方」の基本をまず知る必要がある。

言っている意味がよく分からないかもしれないので補足しておくと、たとえば日本には、日本書紀という文献がある。これを完全な事実だと思って紐解く人はまず居ない(…はずだ)。「歴史書」と銘打たれてはいるものの、半ば神話であり、しかも書かれた時代は、出来事が起きたとされる時代からかけ離れている。当然、書かれた時代の時代背景、考え方、物の見方、などによって形成されている。

しかし完全なフィクションとは言えない。
そこには元ネタとなった何がしかが含まれており、内容も、書かれた時代の雰囲気を知るには一級資料となる。



古代北欧における「サガ」の位置づけも、概ね似たようなものと捉えればいい。
日本書紀のように、権力者が編纂させた、あるいは権力者に捧げられたものも若干あるが、それ以外は様々な立場の人が個々に記したものだ。

サガには真実も含まれているが、現代的な感覚の歴史書としては扱えない。サガから過去を知る場合は何が真実で何が虚構かを見極め、歴史として扱える部分を「取り出す」必要がある。このあたりが、「読み方」と言っている内容になる。

#これは、他のどんな史料を扱う場合も同様。



「サガから歴史へ」は、著者の論文に書きおろしを交えて書かれたもので、最初の章が「アイスランド・サガ ―史料論―」となっており、そこから、サガから読み取れる情報を中心とした歴史観を展開しているので、親切なつくりとなっている。

「続・サガから歴史へ」も同様のつくりで、サガの「読み方」についての補足が冒頭に登場しているが、より基本的な内容については前作の「サガから歴史へ」のほうで詳しく語られているので、出来れば書かれた順番どおりに読んだほうがいいと思う。
ただ内容のとっつきやすさについては、こちら「続・サガから歴史へ」のほうがいいだろう。雑誌に寄稿した原稿など、現在では手に入りにくいものを集めてまとめて出版されたものなので、著者による講演記録や旅行記、現地調査などオムニバス形式で飽きさせないつくりになっている。あるジャンルに専念した研究者の仕事とはこういうものなのか、と感心させられた。



全編を通して面白かったが、自分がついこの間チリにぶらり旅したこともあって、インカの社会構造と古代北欧社会の比較などは興味をそそられた。著者は古代北欧史の専門家なので、もちろんインカは専門の範囲外のはずである。しかしこれだけの考察が書ける。

当たり前といえば当たり前で、趣味でいろんな文化をつまみ食いしている私ですら、見た目だけはそれっぽい考察文が書ける。いわんや専門家や。歴史研究者が本気で私と同じことをすれば、私以上の深い考察も出来よう。そうは思ってはいたものの、実際に自分の専門以外に手を出して素晴らしい比較を行なっている論文をあまり見かけたことがなかったので、ここは夢中で読んでしまった。何か言いたくなったが、資料を出してきて自分の言いたいことをまとめるのに時間がかかりそうなので、今はやめておこう。


一つだけ、ちょっと違うなと思ったのはルーネに関する部分で、「物語文学(サガ)と法がほぼ同時に文字に書かれて本の形を取るようになった理由はたんなる識字の問題ではなく、口頭伝承に代わって書物の形を要求する歴史的な事情があった」というところだ。
ヴァイキングの使ったルーン文字は確かに文字であるからには文章も刻むことは出来たが、そもそもの用途が「刻む」ことであり「書く」ことではなかったと思う。(文字の形状がやたら直線的なのはナイフなどで固いものに刻むことを想定して作られたからだ) 

ルーネで文学など文章量の多い文章は書けなかった、書けたとして紙に大量に書くには不向きだ。これは高校時代、覚えたたてのルーン文字で授業中に友達への暗号文を書こうとして挫折したからよく分かる(笑) そもそも、書くにしてもペンとインク、それに書く対象の羊皮紙を生産できなくてはならない。

だからキリスト教の布教以前から文字が存在したのだとはいっても、「書く」文化というより「書くことに適した文字」は存在しなかったと言っていいと思う。サガ文学が爆発的に書かれるようになったトリガーは、やはり、布教とともにアルファベットという書きやすい文字と筆記具が伝えられたことだったと思う。もっとも、歴史的な必要性と技術の伝播が重なった可能性もありそうだが。



著者の熊野先生の本は何冊か持っているが、この先生の本はどれも文章が読みやすく、内容も面白い。好みの問題もあるのだろうが、これも手にとってみて満足のできる一冊になっていた。


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ところで紹介しているこの本だが、エントリを書いている時点では一般入手が困難である。

AMAZONでは取り扱い表示がなく、ツタヤオンラインでも「在庫なし」となっている。書店などで直取り寄せできるかもしれないが、少なくとも近所の本屋では無理なようだった。

というのも、北欧神話本を専門に出版するべく最近作られた小さな出版社で、出版されている量や販路の問題があるようなのだ。なので出版社から直に通販してもらった。


麻生出版さんは今後も北欧神話本を出版していくとのこと。北欧関係の本といえば東海大学出版会が有名だが、古代北欧フリークとしては是非こちらも応援してあげたいところ。ただ、出版社サイトはまだできてないそうで特に通販窓口も無いっぽいので、欲しい人は以下の情報で頑張って手に入れてほしい…。


【現在の刊行物】

『スールの子ギースリのサガ』
(アイスランド サガ)
ISBN978-4-905383-01-7
定価3990円(本体3800円)
*三省堂より出版されていた『スールの子ギースリの物語』の復刊です。

『アイスランドの言語、歴史、神話』
(日本アイスランド学会30周年記念論文集)
清水誠 編
ISBN978-4-905383-00-0
定価5250円(本体5000円)
*『キャラール岬の人びとのサガ』と『イーヴェンのサガ』が収録されています。

『続・サガから歴史へ』
熊野聰 著
ISBN978-4-905383-02-4
定価5250円(本体5000円)

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