謳う北欧神話 ーオーディン様の呪歌?

まずは前提として、北欧神話における父神、主神とされている「オーディン」は、時代と場所によって名前や役割が微妙に異なります。

理由としてはいくつかありますが、まず名前については

・書き記した言語の違い

ブリテン島で記録されたものでは英語が使われ、ドイツで記録されたものではドイツ語が使われ、スウェーデンであればスウェーデン語が使われる。当たり前っちゃ当たり前の話ですが、縁戚関係にあるとはいえ微妙に異なる言語で書かれているぶん、綴りが異なります。

・綴りから再建される発音のブレ

もともとゲルマン民族は文書記録をとることをしておらず、のちにアルファベットが伝わってきてから、それを自分たちのゲ語に合わせて改造して使うようになるわけなんですが、英語をカタカナで書くようなものなので綴りが若干異なります。



役割については、

・地元ローカルな信仰

アイスランドに移住した人々の間でのオーディン信仰と、ノルウェーやスウェーデンでのオーディン信仰の違い。
または、そこからさらにイギリスやドイツに移住した人々の間で広まったオーディン信仰など、場所ごとに信仰の内容は異なります。初期のゲルマン人と接触したローマ人の手による記録に登場するオーディンなどは北欧神話として残っているオーディンとはほぼ別物。

・キリスト教化前とキリスト教化後

基本的に、キリスト教が広まる前のオーディン信仰の記録はほとんどありません。サガにしろ、エッダにしろ、キリスト教がかなり広まってからの記録なので、どこまで原型を留めているかは不明です。




…という感じなので、「オーディン」やら「ヴォータン」やら「ウォーデン」やらは、単純にカタカナ表記が異なるだけではなく、その名前の意味するところもだいぶ違っていたり。そんな中でさらに面倒くさいことに「Uuoden」という、一見してオーディンのことだとわかりづらいかかれ方をしたオーディン様がいらっさるわけなんですが。

このオーディン様が歌で呪文を唱えるという話がありましてですね。


(出典元)
アングロ・サクソン・イングランドにおけるWõden/Óðinn 唐澤 一友



9世紀の高地ドイツ語写本にあるという、以下の一節。

その時Sinthquntが(呪文の詩を)歌い、彼女の姉妹Sunnaも(歌った)、それからFriiaが歌い、彼女の姉妹Vollaも(歌った)。それからUuodenが歌った。彼は(呪文の詩を)よく知っていたので。




…これって、フィンランド系の神話からの影響じゃないのかなあ。

オーディンといえば「老人の姿」で「知恵者」。そこに「呪文で歌を唱える」、「医学に通じている」という属性を加えると、まんま「カルワラ」の主人公ワイナミョイネンなんですが。カレワラの中でワイナミョイネンがうたう「血止めの呪文」が、この詩の中にある治癒の歌と構造的にとてもよく似ていることも、偶然だとは思えない。
高地ドイツということでフィランドからは遠い側だけど…影響してる気がするんだよなあ…。

ゲルマン系の神話で他にオーディンが詩歌を歌ってる箇所って、そもそも無い気がする。というかゲルマン人は歌で呪文はかけないんじゃないだろうか。



というわけで、この論文のこの箇所はいまいち納得できない。オーディンが知識の神という属性からの派生として医学の神としての属性も持っていたという案は是とも否とも言えないけれど、「呪文を歌う」のであれば、それは北欧にもともと伝わっていた神話とは別系統からの混入だと思います。エエ。

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