人毛カツラの秘密 古代エジプト的羅生門はあったかどうか

古代エジプト、といえばカツラである。

しかしこのカツラの扱いは私にとってビミョウな感じだった。
その理由の一つが、次にあるような情報。

一方、古代エジプト人にとってのかつらは、バダリ期にはすでに使用されており、時代が進むにつれて、そのデザインは、精巧になっていき、一般的に、数多い装身具の一つと考えられていた。古代エジプトにおいて、かつらは、奴隷から王に至るまで男女の差なくあらゆる階層に用いられ、特に王や貴族のかつらは豪華で、中王国時代以降になると赤色や青色に染められることもあった。
これらりかつらの材料は、ルカスがカイロ博物館所蔵のかつらを調査した結果、それが古代エジプトのものである限り、一部の植物繊維で作られたものを除いて、材質のほとんどは人間の髪の毛であたった。そして他の材料、たとえば、馬の毛で作られたという証拠はないのである。

古代エジプト文化の形成と拡散/ミネルヴァ書房



つまり、カツラが人毛である以上、カツラの材料になる髪の毛を生やしていた人間がいなくてはならない。

たまに古代エジプト本などで、「エジプト人はシラミ対策のためみんな髪の毛を沿って短髪にしていた」「そのうえで貴族はカツラをかぶってオシャレしていた」などと書かれていることがあるが、それだとカツラが作れなくなってしまう。カツラの複雑な髪型を作るためにはそれ相応の分量と長さを持つ髪の毛が必要であり、それを生やしていた「誰か」がいたはずなのだ。

ちなみに髪の毛だけ輸入するとか、髪の毛専用に奴隷を買ってくるとかいうことをしていた証拠は今のところ、無い。


現代でもそうだが、エジプトの国土は南北に長く、南のほうはアフリカ内陸に近いから縮れ毛の人も住んでいる。長髪の持ち主がいたとしたら地中海に近い側のほうが多いとも思う。しかしそのへんは髪の毛の遺伝子調査などがされているのか、果たしてカツラの傷んだ何千年も前の人毛からDNA検出などできるのかが分からないので置いておく。

予想としては、中世ヨーロッパのように困窮して髪を売る商売が成り立っていたのではないかということ。
オー・ヘンリー短篇集にある「賢者の贈り物」エピソードの妻のように、美しい髪を売り払う先としてカツラ屋があったとしたら。


――と、そういう話をしていた時に、ふともう一つの物語を思い出した。「羅生門」である。
カツラに仕立てられた髪の毛の中に、死者のものは無かったのか?


現代に残っている人毛カツラから、その髪の毛の持ち主が既に死んでいたかどうか分かるとは思えないが、身分の低い人はミイラにされることのなかった時代なら、死者の髪の毛を再利用することはあったのではないかと思う。(ミイラにするとなると、生前の姿を損ないたくないために髪の毛は残すかもしれない。)

というか、そのくらいでないと見つかっているカツラの原料の出所が説明つかないと思う。何しろ貴族のための重たい立派なカツラを作るには、一人ぶんの髪の毛では到底足りそうもない。それなりの長さで、それなりのボリュームが必要だ。古代エジプト人のカツラ製造過程がどうなっていたのか、工房を覗いてみたいところである。



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ちなみに古代エジプトには世界最古の育毛剤調合法、とかいうモノもあってだな…。
古代エジプト人「最近 薄毛が気になる…」 古代人といくアデランスの旅 ハゲと呼ぶな純情派

髪の毛へのコダワリは人一倍。古代エジプト人のオサレ感覚は、意外と奥が深いのです。

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