母なる神よ、汝は魚の干物のなるや… 「神殺し」で創られる世界
世界には、神を殺して天や大地を創る神話がけっこうある。
殺されるのはたいてい、古い時代から存在する原初の神で、新しく生まれた有能な神が古い神を殺してその体を用いて新世界を創るというのが大まかなストーリーになっているはずだ。
単に神が「死ぬ」というだけではなく、死んだ体を分解して「材料に」するというのがミソで、神話学の世界だと、大雑把な分類で神殺しによる世界創造は主に狩猟民族の神話だろうと言われている(と、思う)。
代表例としては北欧神話がある。
アース神族の長オーディンは、原初の巨人ユミルを殺してその体で人間たちの住まう大地「ミズガルズ」と天を創る。
獣の解体かくやといわんばかりの細かい描写である。確かにこの描写は、日常的に家畜の解体をやっていた人々でないと思いつかない気がする。もっとも北欧神話の場合、頭蓋骨で盃を創るとか肋骨引っ張り出すとかは他の場所でも見られる描写なので、家畜だけではなく処刑として人間の解体も日常的にやっていた可能性が無くもないのだが…。
そんな流れの上で、私はなんとなーくメソポタミアの神話も「神殺し」による世界創造神話の一種だと思っていた。エン神の息子マルドゥクが、神々の母たるティアマトを殺す時の話である。だが…
アレ…。
これ、家畜の解体じゃなくてアジの開き作る方法じゃ…?
半身にそいじゃう感じ…。
塩水(=海)の擬人化であるティアマトの殺害シーンは、でかい魚を釣り上げて干物にする場面をイメージしていたようだ。意味がちげえ。全然意味がちげえ。「風を送り込んで口を閉じられないようにする」とか、「開いた口から心臓を貫く」ってのは、これ魚を銛で突く殺し方かもしかして。
神殺しの神話にも、家畜の解体をイメージした神話と、魚介の調理をイメージした神話の区別があるんだと、ふと思った。神殺しとは違うが、フィンランドの「カレワラ」の中に出てくる大カマスを解体してカンテレを発明する神話の例などもある。神話の中で英雄神に殺される偉業異能の者や太古の存在が、すべて獣である必要はないのかもしれない。
ちなみに神殺しの神話自体は、必ずしも農耕民族には皆無というわけではないと思う。
死んだ神から何かが生まれる、というモチーフであれば、むしろ農耕民のほうに多く見られる。死んだ木々が養分となって、新たな緑を育むことを知っているからだ。解体して部品ごとに何かを作るか否か。神話は、昔を生きた人々の精神風景の投射でもある。死んだ体を部品わけして余すところなく利用しようとする発想は、おそらく狩猟民でないと思いつきにくい発想だと思う。
殺されるのはたいてい、古い時代から存在する原初の神で、新しく生まれた有能な神が古い神を殺してその体を用いて新世界を創るというのが大まかなストーリーになっているはずだ。
単に神が「死ぬ」というだけではなく、死んだ体を分解して「材料に」するというのがミソで、神話学の世界だと、大雑把な分類で神殺しによる世界創造は主に狩猟民族の神話だろうと言われている(と、思う)。
代表例としては北欧神話がある。
アース神族の長オーディンは、原初の巨人ユミルを殺してその体で人間たちの住まう大地「ミズガルズ」と天を創る。
ユミルの肉より大地が
血より海
骨より岩
髪より樹
頭蓋骨より天が作られたり
そして、やさしき神は
まつげより
人の子らにミズガルズを
また、脳より
むら雲を作りたり
(グリームニルの歌)
獣の解体かくやといわんばかりの細かい描写である。確かにこの描写は、日常的に家畜の解体をやっていた人々でないと思いつかない気がする。もっとも北欧神話の場合、頭蓋骨で盃を創るとか肋骨引っ張り出すとかは他の場所でも見られる描写なので、家畜だけではなく処刑として人間の解体も日常的にやっていた可能性が無くもないのだが…。
そんな流れの上で、私はなんとなーくメソポタミアの神話も「神殺し」による世界創造神話の一種だと思っていた。エン神の息子マルドゥクが、神々の母たるティアマトを殺す時の話である。だが…
マルドゥクは彼女を 干し魚をつくるときのように2つに切り裂き、その半分は天の屋根とし、もう半分からは地下の水をへだてる大地を作った。
アレ…。
これ、家畜の解体じゃなくてアジの開き作る方法じゃ…?
半身にそいじゃう感じ…。
塩水(=海)の擬人化であるティアマトの殺害シーンは、でかい魚を釣り上げて干物にする場面をイメージしていたようだ。意味がちげえ。全然意味がちげえ。「風を送り込んで口を閉じられないようにする」とか、「開いた口から心臓を貫く」ってのは、これ魚を銛で突く殺し方かもしかして。
神殺しの神話にも、家畜の解体をイメージした神話と、魚介の調理をイメージした神話の区別があるんだと、ふと思った。神殺しとは違うが、フィンランドの「カレワラ」の中に出てくる大カマスを解体してカンテレを発明する神話の例などもある。神話の中で英雄神に殺される偉業異能の者や太古の存在が、すべて獣である必要はないのかもしれない。
ちなみに神殺しの神話自体は、必ずしも農耕民族には皆無というわけではないと思う。
死んだ神から何かが生まれる、というモチーフであれば、むしろ農耕民のほうに多く見られる。死んだ木々が養分となって、新たな緑を育むことを知っているからだ。解体して部品ごとに何かを作るか否か。神話は、昔を生きた人々の精神風景の投射でもある。死んだ体を部品わけして余すところなく利用しようとする発想は、おそらく狩猟民でないと思いつきにくい発想だと思う。