マヤの終末論は否定された? 新たな壁画発見の論文をちょっと漁りに行ってきた

各所のニュースでこんなのが流れていた。

人類滅亡説を否定、最古のマヤ暦(ナショジオ)

これがTOPに来るっていうあたりが何とも言えず。終末論がどうとかではなく、マヤ暦の話なんて世間でそんなに有名なんだっけ…?
世の中の人がさほど興味を持っているとも思えず、本気で信じている人なんて見たことも聞いたこともないのだが、映画「2012」が作られたあたりから、不自然な騒ぎ方をしている気がしてならない。

Ancient Maya Astronomical Tables from Xultun, Guatemala(Science)
*フルテキストは有料

これらのニュースの元ネタとなった、Science誌のオンライン版に掲載された記事をDLしてきたが、内容としては終末論に触れているものではない。
「これまでマヤ暦は14-16世紀と遅い時代の樹皮写本でしか知られていなかったが、3世紀~10世紀の古典期のものが見つかった」というのが元論文の要約になっている。つまり他文明やスペイン人など外界との接触によって作られたものではなく、元々マヤ人が持っていた概念・知識から誕生したカレンダーだったと証明する証拠が見つかったんだよ、というのが趣旨。

古い暦が発見されたのは、神殿などではなく民家と思われる家の壁とのこと。
書記官の家だそうだが…普通…自宅の壁に暦の計算とかしないだろ^^; よっぽどデンパな学者か何かだったのだろうか。
保存状態が良かったことについては故意に埋められた形跡があること、壁を塗りなおして計算しなおしたような痕があるということで、何らかの儀式的な建物だった可能性もあるのはあるみたいだが…

このカレンダーの記載された部屋が本当に「書記官の仕事部屋」だったとして、果たして、自宅の壁をメモ帳や計算用紙がわりにすることが一般的だったのかどうか。マヤの文化はそれほど詳しいわけではないので何とも言えないが、仮に壁をメモ帳替わりにすることがあったとしても、それをそのまんま埋めて残すっていうのは、何か特別な意図があったってことだろうなあ。

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これだけだとアレなので、少しだけ、自分の知っているマヤ暦の読み方を解説しておく。

マヤの数字は「20進法」、数字は「点と棒で表現する」。
まずはこれを覚えた上で、以下。

1が点、5が棒。
なので6は「点ひとつと棒1本」。
11は「点ひとつと棒2本」。
16は「点ひとつと棒3本」。

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しかし21になるとケタが上がるので、

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こうなる。「20の桁に点ひとつ、1の桁に点ひとつ」。
つまり20×1 + 1×1 = 21。

20の桁の棒1本は、20×5=100 を意味する。
なので20の桁に棒3本と点2つがあったら、100×3 + 20×2 = 340。

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20の上の位は400なので、「450年」を表そうとすると400の桁に点1、20の位に点2、1の位に線2本 となる。
これを知っておくと、論文内に出てくる、この棒と点がゴチャゴチャしている図が何を意味しているのかがわかるようになるというわけ。それ以外の、○の中に何かごちゃごちゃ書いてあるのは「曜日」に相当する絵文字と考えてくれれば、だいたいあってる。

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次に、暦は何種類かある。

最も使用率の高かった一般的な暦が「ツォルキン」で、1から13までの数字と、20ある日の名前(「死」や「夜」など。一覧はこちら)の組み合わせとなる260日。
およそ一年をあらわすの暦がハアブ暦。20×12ヶ月と5日を足した365日。
この2つを組み合わせた「52年」がまずは一つの小さなサイクルとなる。

最後がよく終末論などで使われる長期暦で、これは紀元前のある時点を「暦の始まりの0の日」と想定し、そこからの累積で現在の日付を表すものだ。
計算方法については、とりあえず英語版Wikipediaでも見とけば、計算方法は載ってる。

Mesoamerican Long Count calendar
http://en.wikipedia.org/wiki/Mesoamerican_Long_Count_calendar

長期暦は、「日」に該当するキン、「月」に該当するウイナル、「年」に該当するトゥン、「干支一周12年」に該当する「カトゥン」、さらにその上の単位としての「バクトゥン」の組み合わせで表記する。

1日=1キン
20日=1ヶ月=1ウイナル
18ヶ月=1年=1トゥン(360日)
20年=干支1周=1カトゥン
干支20周=400年=1バクトゥン

これらがすべて「0」なのが長期暦のスタート日で、「0,0,0,0,0」と表現する。
420年経過すると「1,1,0,0,0」。
論文内の「9. 9. 16. 0. 0」とかいう謎の数字は長期暦で書かれた日付を表しており、計算すると、その壁画が何時書かれたものなのかが分かるというわけだ。

まあもちろん、この表記方法には「19.19.19.19.19.」を越えるとオーバーフローするという「2038年問題」のような問題もあるわけで、人間の考える時間の刻み方には、古今東西似たようなものなんだなぁ…とフト思ったりもする(笑)


なぜ暦が複数あったのか、使いにくいのではないかと思うかもしれないが、現代の日本人だって、キリスト生誕以降の累積で表す「西暦」と、天皇在位何年かを意味する「平成」という国内ローカルな年号を併用している。さらに「仏滅」だの「大安」だのと干支を組み合わせた神事用の暦も入れれば3種類、決してマヤ人が不便だったなどとは言えまい。

民衆が普段使っている暦と、それ以外の儀式的な記録のための暦が別、というのは、そういうこと。


今回の発見では、新たなマヤ暦が見つかったわけではないし、計算方法が従来のものと異なるわけではない。(壁面の記載年月日の形式は、長期暦のよく知られているもの) 

ただ、天体の運行などを計算した計算式の中で、今から7000年先の天体の状況を計算しようとした痕があったということで、これは実際に7000年先のことを考えていたというよりは、机上の計算としてやってみたかった的な感じではないかと思う。現代の学者も、「あと50億年もしたら太陽が死ぬ」なんて話をしたりする。何十年後かに地球に接近する小惑星のこと、何千年後かに訪れる天体の異変のことを予測する。天文学を修めていた昔のマヤの書記が7000年後を予測したところで、それは驚くべきことでもないだろう。

たしかなことは、彼は終末論を持っていなかった。
カレンダーの終わる日に世界も終わると考えていたならば、7000年後の夜空の状況を計算するより、訪れる終末の日を計算していたはずだからだ。

…まあ、なんつぅか、論文の内容的には「最古の暦が見つかりました!」「古典期の時点でマヤ人は暦と惑星の軌道計算を確率させてました!」っていうのが趣旨の論文になるはずが、書記が7000年後の計算までやっちゃってたせいで、「終末論を否定する発見か?!」なんて余計な方向に騒がれちゃった、っていうニュースだよなあ、これ…。

#どんな発見があったって信じたい人は信じ続ける
#それがニューエイジの世界

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