古代エジプトの王の墓 「王家の谷」の墓を作るのにどのくらいの年月がかかったか
古代エジプトのファラオの墓というと、ピラミッドを連想する人が多いと思うが、王墓としてピラミッドが作られていたのは主に古王国時代という一部の時代だけだ。あまりにも目立ちすぎるのと、ひとつ建てるのに多大な労力がかかるのと、おそらくは信仰の変化が原因で、新王国時代になると谷間に穴を掘ってそこを王墓として使用するようになる。
王族・貴族の墓が多数立ち並んだその谷は、現在では「王家の谷」「王妃の谷」という名前で呼ばれている。
有名なツタンカーメン王の墓も、王家の谷に作られた墓の一つだ。
Valley of the Kings 概要
http://en.wikipedia.org/wiki/Valley_of_the_Kings
王家の谷に作られた墓は、地下に作られた埋葬室へと斜めに繋がる通路を形成している。長さは王墓によって異なり、20m程度の墓があれば、全長100mを越え、地下の奥深くまで掘り進んだものもある。
さて、これらの王墓の建設には、一体どのくらいかかったのか?
ピラミッド建設には20年かかったと言われる。この時間も諸説あり、20年であんなものが築けるか、と言う人もいる。
王家の谷の墓は、岩を積むのではなく掘り進めることによって作られてはいるものの、壁面にはビッシリと、死後の世界の様子や死者のための保護の呪文が描かれている。果たしてその工期は。
回答: 標準で数ヶ月から数年。より複雑な墓でも10年以下。
意外と短い! とは私も思った。
王家の谷に墓が作られていたのは、ピラミッド建造から1000年ほど後。作業記録が残っていることから、作業工程がある程度分かるのだそうだ。
どうしてこんなに短くて済むのかというと、 各作業員の担当が決まっており、流れ作業で建造できたから ということのようだ。よく例として挙げられるのがホルエムヘブの墓。
作りかけの壁面が残されており、左側ほど作業が進んでおり、右側はまだ下書きの状態だ。
赤インクで下書きした上に、黒い墨で「ペン入れ」して本線を決め、着色や、表面を磨いて仕上げるといった作業が続く。
これらの工程を専門の職人が同時並行で行なっていたから、工期の短縮が可能だった。
労働者の数は60人から多くて120人程度、谷の近くに作られた労働者用の村から通ってきていた。一つの墓を全員で作ることはあまりなく、並行して複数の墓が建造されていた時期が多いという。
熟練の技術と、慣れた分業制度があったからこその短い工期。
現代でも、専門の職人たちによる流れ作業は、一般人の予想もつかない速度で高い完成度を持つものを作り出すことが出来る。王家の谷に墓が築かれていた専門職として王家に抱えられていた墓作り職人たちは、まさしくプロフェッショナルだったのだろうと思う。
****
すべての墓が解説されているわけではないが、参考に。
王家の谷の墓リストはこちら
http://www.moonover.jp/bekkan/tomb/index.htm
王族・貴族の墓が多数立ち並んだその谷は、現在では「王家の谷」「王妃の谷」という名前で呼ばれている。
有名なツタンカーメン王の墓も、王家の谷に作られた墓の一つだ。
Valley of the Kings 概要
http://en.wikipedia.org/wiki/Valley_of_the_Kings
王家の谷に作られた墓は、地下に作られた埋葬室へと斜めに繋がる通路を形成している。長さは王墓によって異なり、20m程度の墓があれば、全長100mを越え、地下の奥深くまで掘り進んだものもある。
さて、これらの王墓の建設には、一体どのくらいかかったのか?
ピラミッド建設には20年かかったと言われる。この時間も諸説あり、20年であんなものが築けるか、と言う人もいる。
王家の谷の墓は、岩を積むのではなく掘り進めることによって作られてはいるものの、壁面にはビッシリと、死後の世界の様子や死者のための保護の呪文が描かれている。果たしてその工期は。
回答: 標準で数ヶ月から数年。より複雑な墓でも10年以下。
意外と短い! とは私も思った。
王家の谷に墓が作られていたのは、ピラミッド建造から1000年ほど後。作業記録が残っていることから、作業工程がある程度分かるのだそうだ。
どうしてこんなに短くて済むのかというと、 各作業員の担当が決まっており、流れ作業で建造できたから ということのようだ。よく例として挙げられるのがホルエムヘブの墓。
作りかけの壁面が残されており、左側ほど作業が進んでおり、右側はまだ下書きの状態だ。
赤インクで下書きした上に、黒い墨で「ペン入れ」して本線を決め、着色や、表面を磨いて仕上げるといった作業が続く。
これらの工程を専門の職人が同時並行で行なっていたから、工期の短縮が可能だった。
労働者の数は60人から多くて120人程度、谷の近くに作られた労働者用の村から通ってきていた。一つの墓を全員で作ることはあまりなく、並行して複数の墓が建造されていた時期が多いという。
熟練の技術と、慣れた分業制度があったからこその短い工期。
現代でも、専門の職人たちによる流れ作業は、一般人の予想もつかない速度で高い完成度を持つものを作り出すことが出来る。王家の谷に墓が築かれていた専門職として王家に抱えられていた墓作り職人たちは、まさしくプロフェッショナルだったのだろうと思う。
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すべての墓が解説されているわけではないが、参考に。
王家の谷の墓リストはこちら
http://www.moonover.jp/bekkan/tomb/index.htm




