シナイ半島のエジプト遺跡: 荒野に失われた財宝の夢
シナイ半島が何処かというと、エジプトの右上のちょっと出っ張ってるとこ。
イスラエルと国境を接する、なかなかデンジャラスな地域である。
エジプトさんで「爆弾テロが…」とか「ガスパイプが爆破されて…」とかいう話を聞いたら、十中八九シナイ半島の話。エジプト人もあんま行かないところで、人口密度が低く、いまだ移住生活を続けるベドウィンが住んでいたりする。
この地域には、ファラオ時代のエジプト人が銅やトルコ石などの資源を求めて送り込んだ遠征隊の残した遺跡が幾つか存在する。場所によってはかなりの規模の集落を作っていたようなところもあるのだが、鉱産資源を掘り尽くせば其処は何もない荒野なわけで、資源の尽きるのと同時に事が撤退している。つまり居住期間は何処も短い。
荒野での暮らしは農業には向いていない。
エジプト人は、シナイ半島まで集落を広げることはなかった。
何もない荒野のド真ん中にあれば砂に埋もれて保存状態がよいのではないかと思われるが、これらの遺跡は現実には相当に保存状態が悪い。中には意図的に砕かれたようなものもある。
大きな理由は、これらの鉱山を「再開」させようとした、一攫千金を夢見る人々による「爆破」である。
鉱山跡なので、もちろん地下にはエジプト人が取り残した鉱脈が隠されていることもある。中には成功を手にした者もいただろうが、それよりももっと多くの者たちが、エジプト人の残りを見つけることに失敗し、ただ過去を破壊しただけで、財産を失っていった。
しかしそんな夢のない理由よりも、もっとユニークで夢のある破壊について紹介しておきたい。
シナイの遺跡がヨーロッパで知られるようになったのは1700年代のこと。最初の訪問者は聖職者と熱心なキリスト教徒だった。
シナイ半島といえば、旧約聖書でモーセが訪れ、神から十戒を授かるシナイ山のある場所…ということになっている。
エジプトを脱出したイスラエルの民が、約束の地にたどり着くまで流離った荒野もこのシナイ半島だという。
そして当時のヨーロッパでは、聖書に書かれている内容が「史実」なのだと実証したいと望む潮流があったようなのだ。
聖職者たちはシナイ山を探しにやって来た。そして、何やら古びた神殿の跡のある山を見つけ、これをモーセの時代の遺跡だと思い込んでしまったらしい。…実際は、モノによってはモーセの時代よりはるかに古い、エジプト古王国時代のものだったりしたのだが。
ヨーロッパに紹介され、観光客が訪れるようになると、彼らの落書きや発掘が遺跡を脅かすようになった。
しかしもっと悲惨だったのは、ヨーロッパからひっきりなしに人が訪れ、遺跡を掘り返すようになると、彼らの道案内をしていたベドウィンたちが、「あんな何もない廃墟になぜこんなに人がくるのか?」→「きっと何か財宝が隠されているに違いない!」と勘違いして、自分たちの手で徹底的に掘り返してしまったのである。その際に砕かれた碑文や、永遠に失われてしまった遺構も少なくはない。
現実の話として言えば、古代エジプトの遺跡で黄金などの高価なものが出てくるのは身分の高い人物の墓である。
しかしシナイ半島にはエジプト人の墓はいくつかの例外を除いて存在せず、やって来たのも大半が身分の低い鉱夫とあれば、遺跡から高価な品が出てくる可能性はまず低い。ベドウィンたちの期待は空振りだっただろう。
ただし彼らの考えていたことも、全てがハズレというわけではもない。
何もない荒野の真ん中の遺跡にひっきりなしに人がやってくるのは、「遺跡に何かの魔法がかかっているからだ」と彼らは考えていたようだ。初期の訪問者たちを動かした原動力は信仰なのだから、まあ魔法と大差ない。
ただ気の毒なのは、その後にやってくるようになった考古学者たちで、彼らを惹きつけた魔法は「知識欲」というまた別の種類の魔法だった。そして、知識欲の魔法にとりつかれた者にとって、最大の宝は、黄金を求めたベドウィンたちが粉々に砕いてしまった、まさにそれ、碑文や遺構だったのだ。
イスラエルと国境を接する、なかなかデンジャラスな地域である。
エジプトさんで「爆弾テロが…」とか「ガスパイプが爆破されて…」とかいう話を聞いたら、十中八九シナイ半島の話。エジプト人もあんま行かないところで、人口密度が低く、いまだ移住生活を続けるベドウィンが住んでいたりする。
この地域には、ファラオ時代のエジプト人が銅やトルコ石などの資源を求めて送り込んだ遠征隊の残した遺跡が幾つか存在する。場所によってはかなりの規模の集落を作っていたようなところもあるのだが、鉱産資源を掘り尽くせば其処は何もない荒野なわけで、資源の尽きるのと同時に事が撤退している。つまり居住期間は何処も短い。
荒野での暮らしは農業には向いていない。
エジプト人は、シナイ半島まで集落を広げることはなかった。
何もない荒野のド真ん中にあれば砂に埋もれて保存状態がよいのではないかと思われるが、これらの遺跡は現実には相当に保存状態が悪い。中には意図的に砕かれたようなものもある。
大きな理由は、これらの鉱山を「再開」させようとした、一攫千金を夢見る人々による「爆破」である。
鉱山跡なので、もちろん地下にはエジプト人が取り残した鉱脈が隠されていることもある。中には成功を手にした者もいただろうが、それよりももっと多くの者たちが、エジプト人の残りを見つけることに失敗し、ただ過去を破壊しただけで、財産を失っていった。
しかしそんな夢のない理由よりも、もっとユニークで夢のある破壊について紹介しておきたい。
シナイの遺跡がヨーロッパで知られるようになったのは1700年代のこと。最初の訪問者は聖職者と熱心なキリスト教徒だった。
シナイ半島といえば、旧約聖書でモーセが訪れ、神から十戒を授かるシナイ山のある場所…ということになっている。
エジプトを脱出したイスラエルの民が、約束の地にたどり着くまで流離った荒野もこのシナイ半島だという。
そして当時のヨーロッパでは、聖書に書かれている内容が「史実」なのだと実証したいと望む潮流があったようなのだ。
聖職者たちはシナイ山を探しにやって来た。そして、何やら古びた神殿の跡のある山を見つけ、これをモーセの時代の遺跡だと思い込んでしまったらしい。…実際は、モノによってはモーセの時代よりはるかに古い、エジプト古王国時代のものだったりしたのだが。
ヨーロッパに紹介され、観光客が訪れるようになると、彼らの落書きや発掘が遺跡を脅かすようになった。
しかしもっと悲惨だったのは、ヨーロッパからひっきりなしに人が訪れ、遺跡を掘り返すようになると、彼らの道案内をしていたベドウィンたちが、「あんな何もない廃墟になぜこんなに人がくるのか?」→「きっと何か財宝が隠されているに違いない!」と勘違いして、自分たちの手で徹底的に掘り返してしまったのである。その際に砕かれた碑文や、永遠に失われてしまった遺構も少なくはない。
現実の話として言えば、古代エジプトの遺跡で黄金などの高価なものが出てくるのは身分の高い人物の墓である。
しかしシナイ半島にはエジプト人の墓はいくつかの例外を除いて存在せず、やって来たのも大半が身分の低い鉱夫とあれば、遺跡から高価な品が出てくる可能性はまず低い。ベドウィンたちの期待は空振りだっただろう。
ただし彼らの考えていたことも、全てがハズレというわけではもない。
何もない荒野の真ん中の遺跡にひっきりなしに人がやってくるのは、「遺跡に何かの魔法がかかっているからだ」と彼らは考えていたようだ。初期の訪問者たちを動かした原動力は信仰なのだから、まあ魔法と大差ない。
ただ気の毒なのは、その後にやってくるようになった考古学者たちで、彼らを惹きつけた魔法は「知識欲」というまた別の種類の魔法だった。そして、知識欲の魔法にとりつかれた者にとって、最大の宝は、黄金を求めたベドウィンたちが粉々に砕いてしまった、まさにそれ、碑文や遺構だったのだ。

