衝撃のトルコ軍事博物館◆トルコに行ったら、アッティラがトルコ人の祖先扱いになっていた。

イスタンブール滞在中でも最高にフィーバーした軍事博物館。

ここではオスマン時代の軍歌メフテルの生演奏が有名なのですが、それだけじゃない。展示物が。展示物の一部が。思いがけずキてた。


まず始まりはトルコ人の祖先とされるテュルク(正確に言うと祖先の"一部"一部だけどね…)人が、中央アジアから現在のトルコ領域まで進出してきたお話から。

あー、はいはい。テュルクね。騎馬遊牧民族ね。
ちょっとモンゴルっぽいよねー

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と、思いながらよく見たら、アレ…  

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匈奴の後に、何故か突然アッテイラがドン。

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え…っ…?
えっ……?

予想外の歴史の流れに、中の人は一瞬凍りつく。やがて綻び出る半笑い。

いやいやいやいやいや。
流石にアッティラはねーだろ、アッティラは…

※アッティラの顔はわかりません。(はっきり分かるものは何も残ってません)
※アッティラはフン族です。
※アジア方面からやってきた騎馬遊牧民族ではありますが、テュルクとの関連は不明。というか移住の過程で制服した民族をどんどん取り込んでいったので、元々の位置づけがはっきりしない。


突如歴史の表舞台に現れてヨーロッパを席巻し、民族大移動を引き起こす原因を作った「フン族」については、中国およびヨーロッパ各国で様々に見解が異なっており、それぞれのお国事情が、そのままその国の学者たちの持論に結びついていたりします。

そのへんの事情は以前のエントリでも書きましたが…

「フン族と匈奴は同一か?」という問題に見る各国の視点

ここで見る限り、トルコさんの場合、フン族≠匈奴説派 なだけではなく、 フン族=テュルク人=トルコ人の祖先にしてしまっているわけです。たぶん。  すげえな! トルコさん!

(ちなみに、フン族が都をおいたのが現在のブダペスト周辺だったってことで、かつてはハンガリーも「自分たちの祖先はフン族」と主張していましたが、その後、アッティラの残虐非道な振る舞いが知られるようになり、ソッと説をなかったことにした…そうです。)


歴史見解って、その国によって違うからなあ。
日本と隣の国との間の埋まらない溝は酷い一例だと思いますが、トルコさんと中国さんの間の埋まらない溝も、何となく理解。



ちなみに「偉大なトルコ人たち」の胸像の間もまた、凄かった。

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一人目、中央にいるのはケマル・アタテュルク、現在のトルコの初代大統領。
まあ、普通ですね。

が、次からはじまる歴史人物がなんかすごいことになっていた。



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METE HAN(たぶん冒頓単于。匈奴の王)

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PANU(これが誰だかよくわからない)

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ATTILA(ここにアッティラ入るんだ…。フン族の王)

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AKSUNVAR(たぶん、アフシュワル。だとしたら、「白いフン」=エフタル…)

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BUMIN KAGAN(伊利可汗… この人、突厥じゃ…)


色々まじりまくってるよ!

「えっ… えっ??」みたいな感じで二度見しちゃう。
分かる人だけは笑いながら見られる感じの。つーか、これ… これいいの…?(いろんな意味で)
国土広い国は考えることが違うんだなタブン。現在のトルコ領内で国を作った民族は全て祖先扱いみたい。

匈奴と突厥は、まだわからなくもないとして、フン族とエフタルまで入れるとは。

トルコさん、すげえ…。

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