専門家のいないジャンルの嘘「サンカの真実 三角寛の虚構」

そこまで詳しくもないので、この本自体が間違いかどうかについて正確な判断は出来ない。
しかし言っていることはよく分かる。だが、今まで触れてきた「サンカ」についての本に感じた釈然としないもにゅもにゅ感の理由がようやく分かった気がしたので、自分的には内容を信じることにする。

サンカの真実 三角寛の虚構 (文春新書)
文藝春秋
筒井 功

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そもそもの話、「サンカ」とは何か。

昭和初期頃まで日本各地に点在した、定住せずに山地を渡り歩いた技能集団のことである。蓑や、機織り機に使う竹筬を製造・修復したり、竹細工を作ったり、川魚を獲ったり識字率はすこぶる低く、多くは戸籍すらなかった。「日本のジプシー」と言われることもある。というか、私がサンカについての知識に触れたのも、ジプシーについて調べていたのが切っ掛けだ。エジプト→ジプシー→サンカ という流れである。まいどエジプトが起点になっているのはお約束。

技能集団であるということ、定住しないこと、また差別の対象となり定住者の社会からほぼ切り離されて生活していたことなどがジプシーに比せられ、同根のインド出身者ではないかと論じられたこともあったらしい。しかし現在では否定されている。ヨーロッパやアラブに点在するインド出身者から成るいわゆるジプシーたちの技術が金属加工に関わるものなのに対し、日本のサンカたちが主に竹の細工に優れていたことは、面白い違いかもしれない。

「ジプシー」がそうだったように、サンカもまた、誤った神秘的なイメージの流布によって実像をゆがめられてしまった存在だ。

その原因を作ったのが「三角寛」という人物。サンカ研究で博士号をとり、サンカに関する小説を多数書き、サンカ学の権威とされた。現在も追従する人が一定数いるというが、実はその三角の書いたものの大半が大洞だったというトンでもない話だ。つまりサンカ学はスタートラインに立ってさえいなかった。それどころか、先人たちが軽く触れていた時代から大きく後退させてしまったといえる。


今回紹介しているのとは別の本では、三角氏についてこのように書かれている。


実態が見えないとロマンティシズムが生じるというのもごく自然の成り行きである。その代表格がこれから触れる三角寛であるが、学問的に真摯に実態に迫ろうとした柳田國男や後藤興善にもロマンティシズムはあった。
(中略)
しかしここで重要なのは、書かれた内容の真偽のほどは別として、彼の小説と論文がサンカの実像を伝えていると世間に広く受け止められて、サンカ像の形成と確立に決定的に貢献したという事実である。

「ジプシー 歴史・社会・文化」/水谷驍



ヨーロッパにおけるジプシー像についても、イメージ形成の大部分を担ったグレルマンとボローという学者がいた。日本の場合は、この三角という人物がその役割を果たしている。小説家でもあり、自ら調査したと称するサンカの情報を使って書いた小説で人気作家となっていたこともありイメージが定着してしまったのだが、…なんと実際は、ほとんどフィールドワークもしておらず、論文の写真も自分が持ち込んだ小道具で演技させていたというから呆れるばかり。サンカ文字なる文字を考案して捏造したとも言われる。識字率が低く、世間との接点の少ないサンカの人たちを騙して利用していたというムチャな人物なのだが、著者は、「そんな三角の呪縛からいまだ逃れられず信じている人がいる」と憤っている。

まあ気持ちは分かる。分かるぞ。信者からは「人格攻撃ヤメロ」とか「嫉妬で言ってるんでしょ」とかいう意味不明の反応が返ってくるんだよね、こういうの。(´・ω・`)

で、相当な虚偽を含む三角のサンカ論がなぜ長年、定説として扱われてしまったのかについて、著者の筒井氏が面白いことを言っている。
フィールドワークの資料がなければ、自分で集めるのが学問の道理。しかし学者たちは皆尻込みをする。それが仕事のはずなのに一人で出かけてフィールドワークが出来ないというのだ。

話してくれるかどうか、行ってみないとわからない。案内してくれる者など、もちろんいない。そもそも案内者や紹介者を求めては、いけない。徒党を組んでも、いけない。一人で相手のもとを訪ねる、これが鉄則である。なぜ、そうしなければならないか。
この種の取材は、必然的に相手のプライバシーへ深く立ち入っていくことになる。それも、相手がもっとも触れたがらないことに及んでいかざるを得ない。いずれ差別の問題と、まともにぶつかるのである。それは、相手が忘れたがっていること、隠したがっていることを赤の他人が聞き出そうとする試みである。本来なら許されないことたせといってよい。
それが、かろうじて許されるのは、双方が完全に対等な立場にあって、話す方の自由意志が完全に保障されている場合だけである。案内者や紹介者への配慮ゆえに、仕方なく会うという状況であっては、いけない。



というわけで、三角がやってくれたフィールドワーク(実際はやってなかったのだが)の後追いで、書斎に引きこもって文献学だけやってさも分かった顔をして論文だけ書いてきたのだ、と。

実はサンカの子孫たちは、今も日本の各地に住んでいる。昭和30年頃まで漂白生活を送っていた人々が、今も辛うじて生きてさえいる。著者は直接その人たちに当たって、三角の調査の大半が嘘八百であったことを知ったという。ならば他の学者たちも同じ事が出来たはずだ。しかしエライ先生ほど一人でお出かけも出来ないという。学者先生にコミュ障が多いのは知ってるので、このツッコミは鋭いけど残酷だなと思った(笑) いやさ、ジャンルにもよると思うんだけど、歴史とか考古学とか人文学ジャンルで人とコミュニケーション取れない人って、人間とうまくやってけないのに人間研究してもあんま意味なくないかーとか昔から思ってた。エエ。(ちなみに、心理学者は変人か人間嫌いしかいない、と思っている。人間のことがよくわからんから研究してるんじゃないかなーとかなんとか)

少し話がそれたが、三角の調査の真偽を疑う人々は、同じことをして検証すればよかった。
しかし誰も、まともに調査してこなかったのが実情のようである。

 「いずれ差別の問題と、まともにぶつかるのである。」

と、筒井氏がサラリと書いているとおり、サンカは過去、誤解や生活形態からエタ・ヒニンと同等の扱いを受けてきた。その話を聞きに行くのだから、簡単なはずはない。臭いものに蓋をするほうが遥かに簡単なわけで、このジャンルをわざわざ研究する追従者が現れなかったのはそれが理由だろう。だが、無視するだけならともかく、誤った差別満載のに偽論文を信じて誤解の流布に手を貸したとなれば、それはもう学者失格である。


たとえ時間をかけてでも、誤りは正されなければならない。
それは、ジャンルが違えども知にたずさわる者たちの使命である。人の出した結論に追従するだけの「知識人(笑)」になってしまわないための最後の防衛線が、そこにある。

私も著者同様、将来、実際のフィールドワークでサンカの正しい実情に迫る人が現れてくることを祈っている。

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