「ギザのピラミッドの石がカイロの町を作るのに使われた」話の一時ソース

ギザに立っているデカいあの三基のピラミッドは、現在では表面の化粧石が取り外された状態になっている。
崩れ落ちたわけではなく、実は遠い昔に別の建物を作るために石材利用されてしまったという。

その石は現在でもシタデルなんかに残ってたりするので、まあ疑う余地はなさそうなのだが、それにしてもこの話の出処って一体どこなんだろうなーとうっすら疑問に思っていた。どうも出処は複数あるみたいなんだけど、見つけられたのはこの人。

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Abdal-Latif al-Baghdadi
アブドゥル・ラティフ(1162-1231)
http://en.wikipedia.org/wiki/Abd_al-Latif_al-Baghdadi_(medieval_writer)

職業:医師
出身地:バグダッド

旅行が好きで、エジプトにも滞在していたことがあり、その際に遺跡の当時の状態を記した。
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原本は当たれてないけど、「アイユーブ朝の宰相カラクシュが、ギザにあった多数の小型ピラミッド群を解体してフォスタットやシタデルの城塞を築くのに使用した」と書いてあるらしい。まさにそのアイユーブ朝時代に生きていた人なので、一次資料として信ぴょう性が高い。


ちなみに、この人の生きた時代を見れば、まさに十字軍時代。

ヨーロッパ人もちょこちょこエジプトまで来てはいたものの、いかんせん故郷では芽が出ないので十字軍で一発あててやろう的な荒くれが多く、いまいち学術的な考察は出来ていない。しかも聖書の影響が強いため、「ピラミッドはヨセフの穀物庫だろ。」とか頭ごなしに信じちゃってたりしてそこから進めていない状態だったのと比べると、この時代はアラブ人が輪のほうがエジプトの遺跡群を正確に把握し、実際に中に入った経験談を正確に語れたんだろうなあ…とか。

もっとも、アラブ人がみな学術的な考察を出来たわけではなく、よーほからん伝説もいっぱいあったりするんだけども。スフィンクスの内部の宝物伝説とか。



しかし、小型のピラミッド解体したって記述だと、大ピラミッドの表面の石はとってません、みたいにもとれる。
大ピラミッドの石を剥がしたのは別の人だったんだろうか。

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