エジプト:アマルナの労働者とギザの労働者 過酷な運命の違いとは

エジプトの新王国時代、アマルナの遺跡から出土した人骨に、過酷な労働の跡があったというニュースが流れていた。

古代エジプト、人骨が語る過酷な暮らし
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20130314001

だいぶ前に同じような記事を読んだ覚えがあるから、これ自体は新発見というより発掘しなおしての詳細の再確認といったところなのだろうが、ふと気になったのは、「古代エジプトの人骨で、これほどストレスと病の痕跡を残しているものは報告例がない」と言われているところだ。

…ピラミッドの労働者よりもヒドイってことなのか?



過酷な重労働という意味では、ピラミッドのほうが上だと思う。特にギザの大ピラミッドのような巨大な建造物の場合、楽な労働なんてないと思うんだよな。

アマルナの都は突貫工事で処女地に新たに作られた都だが、石材ブロック自体は細切れにして積み上げやすくし、突貫工事でも素早く組み立てられるようにしていたという。対してピラミッドは何トンもある石材のブロックを運び上げ無くてはならない。

しかし、そのピラミッドの労働者については、「過酷な労働」とか「栄養失調」とかいうネガティヴな単語は使われておらず、むしろ、骨折してもちゃんと治療を受けていたとか、給与の支払いがなされていたとか、パン焼き工房の跡があったとか、ポジティヴな情報ばかり。

ピラミッドの周囲でも職人墓は見つかっており、人骨も出てきているはずだ。それらの人骨に残る痕跡とアマルナの人骨の痕跡が明らかに違うのだとしたら、どういうことなのだろう。エジプトの首都だったはずのアマルナのほうが人々の健康状態が悪く、より古い時代の、しかも(王宮が一時的にあったとはいえ)建設現場に過ぎないピラミッド周辺のほうが人の暮らしやすい雰囲気だったのだとしたら、そりゃあ確かに「何かが間違っているように思われる」…と言うと思う。

考えられる説としては、たとえばこんなの。

・ピラミッド周辺の労働者の墓は、まだ十分に調査されていない もしくは残っているサンプルが少ないため、ほんとうの意味での庶民の健康状態がわからない。(もしかしたらアマルナ同様に酷かったかもしれない)

・アマルナ時代は他の神を廃しての一神教信仰を推していたため、本来「病院」の役割を果たすはずだった神殿が機能せず、庶民の健康状態の悪化を招いた。(古代エジプトでは聖職者=専門家でもあった)

・アマルナは突貫工事で都を作ってしまったため、外部との接続が必須の物流がうまく回っていなかった。(食料の供給が不安定だった)


しかし子供にまで重労働をさせていた形跡があるというのは由々しき事態で、近隣の動ける人間をとにかく片っ端から集めて無理やり働かせて都を作りました、という感がある。アクエンアテンは、あまり良い王様ではなかったようだ。これは民衆の恨みを買っても仕方がないな…。

ファラオ様が豪華な料理食ってる間、民衆はろくにごはんも貰えず過労死するまで働かされていたとしたら、もしそうなのだとしたら、アマルナの都は、残されている遺跡の美しさとは裏腹に、かなりの地獄絵図だったんじゃないか。そう思うと、ちょっとゾッとするのである。

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