一神教と多神教 世界はなぜ「一神教」が優勢になったのか

なんで世界には一神教がこんなにいっぱいあるんかね?
多神教の人って、一神教に改宗するとき神様減るけどそれでよかったん?


と、いうような話をネトゲやりながらゲーム内でやっていた。
さすがにゲーム内tellだけでは説明しきれなかったので、その一部をまとめておくとする。

もちろん、このページも他のページ同様、中の人の個人的な考えであり、絶対に正しいものなどではないのは今更いまでもない。これ以外に納得のいく説明が出来るという人がいるなら、ぜひともやってみてほしい。


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現在、この地球上で信仰されている多くの宗教は「一神教」である。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教。多数の神を擁するヒンズー教や仏教はそれよりも信者数が少ない。その理由は一神教のほうが優れていたからではない。清濁併せ呑む勢いで新たな宗教をすべて一部として取り込んでしまう多神教に対し、一神教は唯一の神をアイデンティティと信じ、他の神々を排斥しなければ存在し得ないからだ。つまり、「一神」教であることの必然として強引に他の神々を消し去る性質ゆえに、現在地球上に広く分布している、と言える。ここに大航海時代から近代に至るヨーロッパの強引な布教活動や、オスマン・トルコの隆盛による広大な支配地域の改宗などが要因として挙げられる。


ちなみにキリスト教、イスラム教、ユダヤ教の神はすべて同一である。(※これについては、実は同一ではないという見解が後年優勢になってきている)
イスラム教はキリストの後に訪れた預言者のもたらしたもの、キリスト教はユダヤ教をグローバルに展開させたもの、そして最初期のユダヤ教において、神「YHWH」はエジプトを脱出したイスラエルの民の”祖先の神”だった。

しかしこのYHWH、実は最初から一神のみで信仰されていたわけではない。その発祥において、多くいる神の中から選ばれているのである。
現在、考古学資料からして、ただひとつの神が「選ばれ」たのは、実はバビロン捕囚の時だと考えられている。
それ以前のイスラエルの民と思しき人々の住居跡からは、多種多様な神々の護符や祭壇が発見されている。

旧約聖書では、出エジプトの民を導いたモーセがシナイの山に登っている間に民が黄金の子牛を崇めていたというエピソードが語られているが、その時代には多数の神々が信仰されていたのだから当然といえば当然の話。むしろ民は悪くない。バビロン捕囚は紀元前598年。つまり、「出エジプト」してから千年近く、唯一神は他の地域の神々、バアルなどと併用され続けていたのである。


関連するエントリ:エジプト・イスラエル考古学資料クロス「旧約聖書の世界」
https://55096962.seesaa.net/article/200905article_4.html


旧約聖書の大半が作られたのも、このバビロン捕囚の間のことだと考えられている。
この時、ある大きな思想の転換が行われた。「神」という、根本的な概念の変化だ。

これは重要なことなので、是非とも覚えておいてもらいたい。一神教というのは、単に多くの神の中から一つが選ばれたわけではない。一神教の神は、一柱で全てをこなす”全能”の存在である必要がある。

古代エジプトで一神教を始めようとしたアクエンアテンが、アテン神に「全知全能」属性を付与したのも当然のことである。そうでなければ、サポート外の要素に別の神の介入を許すことになってしまう。だから、多神教の一柱だけ抜き出しても一神教には成り得ない。


そしてもう一つ、これも大きな要素だが神の「義務」という概念の違い。

古代メソポタミアの、多神教の世界を考えてみよう。
メソポタミアにおいて、「神」は、都市と運命を共にする存在である。都市国家が繁栄している間は神の恩寵ありとして盛大に祀られるが、都市が攻め滅ぼされれば神は住人とともに辱めを受ける。都市が再建されれば、神は再び信頼を取戻すかもしれないが、そうでなければ力のない神として見捨てられることもある。エジプトにおいては都市というより国と運命を共にしていたように見えるが、だいたい意味は同じだ。貢物や祈りに対し、恵みをもって応えるのが神の「義務」であり、義務を果たせない神は役立たずなのである。

しかしイスラエルの民が最終的に帰依した唯一神は、神としての「義務」を持たない。
神が応えないのは、神が役立たずなのではなく人が神の意志に背いたからである。神が応えない原因はすべて人間の側にあるか、あるいは神の深遠なる考慮ゆえなのである。"なぜなら神は絶対者であるから"と、いう教義。

戦争に勝利出来なければ捨てられた多神教の都市神たちと違い、YHWHはイスラエルが滅びても捨てられることがなかった。(もし捨てられていたら、一神教は生まれず、キリスト教やイスラム教にたどり着くこともなかったかもしれない――)異郷に繋ぎ止められたイスラエルの民は、バビロン捕囚という惨めな状態にあり、通常であればそれまでの守護神は「義務を果たさなかった」として捨て去るところ、”それは神が悪いのではない、我々が間違っていたのだ”とロジックを転換することによって、民族のアイデンティティを保とうと試みたのである。

だから一神教は、正しく理解して信仰しようとすれば、多神教と交じることは決してない。
一神教は、神という概念を、「使い捨ての神から一生ものの神へ」、「変化する神から普遍の神へ」、「報酬に釣られて奇跡を起こす神から完全に自由意志で奇跡を起こす神へ」書き換えている。そして、神が義務に応じる必要はないと定義づけたために、たとえ神が何も恩寵をもたらさなくても―たとえば都市や国が滅びても―、その責任を神に負わせて廃棄することは無くなったのである。

また、ユダヤ教が強い選民思想を持っているのは当然のことで、実にそれ自体が、民族が離散しても互いを一個の集団と見做すことを目的として作られた考え方だからなのだ。



では、なぜユダヤ人でない人々は、唯一絶対の神を崇めるようになったのか。祈っても応えてくれるとは限らない神を信仰して心が安らぐのか。
こればっかりは信者でない私はどうとも言えないが、信者の人に大変失礼な言い方をすれば、絶対神への帰依には「丸投げの安心感」があるのではないかと思っている。

世界の始まりは絶対神の手によるもの、そして世界はいつか終わるが、それも絶対神の懐具合で決まる。決して人間にはどうにも出来ない。
人は一生働いて勤勉に過ごすべきだとか、禁欲しろだとか、貧者に施せだとか、細かいところまで「良し悪し」は神もしくは教会が決めてくれる。
泥棒にあった。でも神はきっと見ていてくださる。で、悪者には報いがあるはず。
悪いことが起きた。でもきっと自分に与えられた罰なのだろう。何しろ神のなすことに間違いなどあるはずがないのだから。

…etc.

とりあえず理由に神を挙げとけば解決する、っていう感じがする。全知全能であるがゆえに、言い訳としても万能すぎる、といったところか。
そして、この使い勝手よさゆえに世の権力者たちに利用され、広められてきたのが今の姿だと私は思っている。



キリスト教を最初に国教として採用としたのは、ローマだった。
採用の理由は様々あるだろうが、多種多様な民族、地域の集合体となっていたローマ帝国において、広大で雑多な国土を治めるのに統一された思想が必要だったのではないかと思う。そのために利用されたのがキリスト教だ。ユダヤ教がイスラエルの民という血縁集団のアイデンティティを守るために作られたのに対し、キリスト教は、ローマという国家への帰属を促すために作られたと言うことも出来るかもしれない。

ちなみに、ローマ法王を頂点とする現在の西方教会(カトリック、プロテスタント)の教義を決めたのはローマである。(東方系と呼ばれるキリスト教は教義がかなり異なり、ローマ法王を権威とはしていない)




世界に一神教が広まっている裏側が、なんとなく見えてきたのではないだろうか。

かつてローマの一部だったヨーロッパ地域がキリスト教なのは、そもそもローマの一部とする目的のためにキリスト教を布教したのだから当然。
ヨーロッパ人が制服した中南米やアジアなどにキリスト教を伝えたのは、異教徒を征服に行ったローマ人と同じ感覚とみなせる。
オスマン・トルコ領内だった地域が、アフリカからアジアに至るまでイスラムに改宗しているのは、キリスト教を利用して国土統一を図ろうとしたローマと同じ意図と解釈することが出来る。

では、受け手の侵略された側が多神教だった場合、どうして押し付けられるままに一神教に改宗したのかというと、これはもう、「多神教には他社を排除する機能がないから」としか言い様がない。多神教は、信仰する神が入れ替わっても問題にならないのである。

 アイルランドでは、女神ダナは聖母マリアの母アンナと合体して聖アニャという大地母神になっている。
 エジプトの初期のマリア像はイシス女神と区別がつかない。
 イースター島のイエス・キリストは初代王ホツ・マツアの別名になっている。
 ペルーの聖人は顔がガイコツでインカ時代の神のまんまだったりする。

統計上の数字はともかく、一神教を完璧に理解して信仰できている人口がどれくらいかと中身をみてみると、非常に怪しいケースが少なくない。多神教を信仰していた人々は、持ち込まれた一神教はそれはそれとして、どこかで、かつての自分たちの信仰と「折り合い」をつけて受け入れているように思われるのである。よく言われる話だが、「聖母マリア崇拝」は多神教、つまり絶対神である父以外のものに対する信仰にならないのか。「聖人崇拝」は厳密に言うと多神教になってしまわないのか。十字架に張り付けられたイエスに向かって祈るのは、偶像崇拝と呼べないか。そうした問題提起は、ローマの末裔であるヨーロッパですら、古くから幾度と無く繰り返されてきたものだと思う。

宗教によって思想を統一し、アイデンティティの均一化をはかる時代はもう終わった。厳密に言うと、「神」の必要性が変わってきたとでも言うべきか。
世の中のニーズの変化に伴って変わっていけた多神教の神と違い、普遍であるがゆえに、一神教の神はそこが最大の弱点ではないだろうか。絶対神の存在は、それを疑わない間は認められている。疑いを抱いたら前提が崩れて、神は神でなくなってしまう。これから来るのは神なき時代、あるいは、神の「死後」の世界なのか。はたまた、人はそれでも新たな神を生み出し続けるか。

未来は、”神の掌(たなごころ)の外にある”。

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