実在のギルガメッシュ・リアル王様の苦悩と叙事詩
「ギルガメッシュ叙事詩」の主人公、ギルガメッシュのモデルは実在した可能性が高いと考えられていることは、以前のエントリでネタにした。実在したと考えられているのは、紀元前26世紀頃である。
史実と神話の狭間 ~ギルガメシュ叙事詩~
https://55096962.seesaa.net/article/201002article_26.html
実在の王としてのギルガメシュの業績について書かれているものはなんだろう? と思ってちょっと漁ってみたのだが、たとえば紀元前2000年ごろの「トゥンマル文書」がそうらしい。トゥンマルというのは最高神エンリルの妻ニンリルの聖域のあった地名で、その地域に建てられた過去の神殿などの歴史を回想した文書なのだという。
内容は、こんなかんじだ。
ギルガメシュが実在したのは紀元前26世紀だとすると、紀元前2000年の時点では、すでに伝説にも等しい過去である。その意味で、この文書は言い伝えにすぎないのだが、実在したことが確認されている王たちの名前に並べて語られているので、神話上の人物ではなく実在と捉えられていたと判断することが出来るだろう。
ギルガメシュは、死後ほどなくして神格化され、物語が作られ始めたのだという。
今残されている「叙事詩」のいかほどが史実であるかはわからないが、そこには実在した、人間としての生身のギルガメシュ王の生涯も、いくばくかは含まれているはずなのだ。
で、ふと思ったこと――
リアルにギルガメシュがいたとして、彼の人生は何を伝えたかったのだろう、と。
神格化され、神話として物語が作られるくらいなんだから、元になった人間をある程度は美化していると考えるべきだろう。にも関わらずギルガメシュが「すごい英雄」だとイマイチ思えないのは、この叙事詩の行き着く最終的なテーマが
俺だって死にたくないけど
結局人間はみんな死ぬ運命なんだよ
…っていう、なんていうか全部うっちゃったような悟りの境地へレッツゴーな内容だからではないかと思う。
そうなんである。
ギルガメシュ叙事詩は、前半は神の血を引く英雄の輝かしい栄光と勝利の物語なのだが、親友を失って以降の後半は紛れもなく「敗北」を謳う内容なのである。
ギルガメシュは神々に逆らい、女神イシュタルの求婚さえ跳ね除けるが、死からだけは逃れることが出来ない。
親友の死を見て自分もいつか死ぬのだと怖くなり、どうすれば死なずに済むのかと若返りの薬を求めて旅に出、いちどは成功するも、ようやく手に入れた薬はあっさりと蛇に奪われてしまう。「死への恐怖」、「摂理への抵抗」、「敗北」――そして「不死の否定」。いつかは英雄も死にゆくことが語られる。クライマックスのギルガメシュは惨めである。「なんで俺失敗しちゃったんだ、なんで、なんで…。」そんな涙目の主人公が見えてくるような、後味の悪い打ち切りENDである。
死後すぐに神格化されはじめたなら、ある程度は生きていた頃の本人の記憶なり記録なり残っていた頃だったと思う。ギルガメシュが英雄的な王だったとしたら、こんな物語になるのかなあ…? もしかして、実在したギルガメシュはほんとうに、若さが過ぎ去ったあと死を恐れ続けた、人間的で、ある意味我々に近い存在だったんじゃないのかなあ。
「権力も富も名誉も手に入れたけど不死だけは手に入らなかった、ああいやだ死ぬのは怖い」
そんなことを考えながら人間として去っていった人だったりしないのかなあ。
単純に英雄の業績を謳いあげる叙事詩なら世の中にいくらでもある。そうではなく、教訓的な意味も持つから、この叙事詩は他にない魅力と輝きを放つ。その魅力の正体とは、あるいは、空想によって生まれた物語ではなく、生身の人間の実在した苦悩が下敷きだからだったからなのかも。などと思ってみる次第。
史実と神話の狭間 ~ギルガメシュ叙事詩~
https://55096962.seesaa.net/article/201002article_26.html
実在の王としてのギルガメシュの業績について書かれているものはなんだろう? と思ってちょっと漁ってみたのだが、たとえば紀元前2000年ごろの「トゥンマル文書」がそうらしい。トゥンマルというのは最高神エンリルの妻ニンリルの聖域のあった地名で、その地域に建てられた過去の神殿などの歴史を回想した文書なのだという。
内容は、こんなかんじだ。
[その後]二度目にトゥンマルが廃墟となると、
ギルガメシュがエンリルの神殿ドゥ・ヌムンブラを建て、
ギルガメシュの息子ウル・ルガルがトゥンマルを素晴らしく仕上げ、
ニンリルをトゥンマルにお連れした。
ギルガメシュが実在したのは紀元前26世紀だとすると、紀元前2000年の時点では、すでに伝説にも等しい過去である。その意味で、この文書は言い伝えにすぎないのだが、実在したことが確認されている王たちの名前に並べて語られているので、神話上の人物ではなく実在と捉えられていたと判断することが出来るだろう。
ギルガメシュは、死後ほどなくして神格化され、物語が作られ始めたのだという。
今残されている「叙事詩」のいかほどが史実であるかはわからないが、そこには実在した、人間としての生身のギルガメシュ王の生涯も、いくばくかは含まれているはずなのだ。
で、ふと思ったこと――
リアルにギルガメシュがいたとして、彼の人生は何を伝えたかったのだろう、と。
神格化され、神話として物語が作られるくらいなんだから、元になった人間をある程度は美化していると考えるべきだろう。にも関わらずギルガメシュが「すごい英雄」だとイマイチ思えないのは、この叙事詩の行き着く最終的なテーマが
俺だって死にたくないけど
結局人間はみんな死ぬ運命なんだよ
…っていう、なんていうか全部うっちゃったような悟りの境地へレッツゴーな内容だからではないかと思う。
そうなんである。
ギルガメシュ叙事詩は、前半は神の血を引く英雄の輝かしい栄光と勝利の物語なのだが、親友を失って以降の後半は紛れもなく「敗北」を謳う内容なのである。
ギルガメシュは神々に逆らい、女神イシュタルの求婚さえ跳ね除けるが、死からだけは逃れることが出来ない。
親友の死を見て自分もいつか死ぬのだと怖くなり、どうすれば死なずに済むのかと若返りの薬を求めて旅に出、いちどは成功するも、ようやく手に入れた薬はあっさりと蛇に奪われてしまう。「死への恐怖」、「摂理への抵抗」、「敗北」――そして「不死の否定」。いつかは英雄も死にゆくことが語られる。クライマックスのギルガメシュは惨めである。「なんで俺失敗しちゃったんだ、なんで、なんで…。」そんな涙目の主人公が見えてくるような、後味の悪い打ち切りENDである。
死後すぐに神格化されはじめたなら、ある程度は生きていた頃の本人の記憶なり記録なり残っていた頃だったと思う。ギルガメシュが英雄的な王だったとしたら、こんな物語になるのかなあ…? もしかして、実在したギルガメシュはほんとうに、若さが過ぎ去ったあと死を恐れ続けた、人間的で、ある意味我々に近い存在だったんじゃないのかなあ。
「権力も富も名誉も手に入れたけど不死だけは手に入らなかった、ああいやだ死ぬのは怖い」
そんなことを考えながら人間として去っていった人だったりしないのかなあ。
単純に英雄の業績を謳いあげる叙事詩なら世の中にいくらでもある。そうではなく、教訓的な意味も持つから、この叙事詩は他にない魅力と輝きを放つ。その魅力の正体とは、あるいは、空想によって生まれた物語ではなく、生身の人間の実在した苦悩が下敷きだからだったからなのかも。などと思ってみる次第。