ペルーぶらり旅PART.2 クスコ→オリャンタイタンボ

ここでマチュピチュへ行くための方法を説明しておこう。
マチュピチュへクスコから直接行く方法はない。

マチュピチュに行くには、インカレイルとかペルーレイルとかで運行している観光列車に乗るのが一般的(というか、それに乗らないと行くのはほぼムリ)なのだが、この電車の停車駅が

・ポロイ
・オリャンタイタンボ
・アグアスカリエンテス(マチュピチュ村)

となっており、クスコから一番近いポロイまで、クスコ中心部からタクシー15分くらい。ただしポロイ発着の電車はとても少ない。便数の多いオリャンタまで移動するにはクスコから一時間半~二時間。タクシーというテもあるが、コレクティーボと呼ばれる乗合バスのほうが圧倒的に安いので、それに乗ることにする。

乗る予定のマチュピチュ行きの電車は夕方発。
オリャンタイタンボには遺跡もあるので、余った時間は遺跡と村の観光に充てる予定だった。

ちゅーわけで昼飯が腹でこなれてきたあたりで移動を開始、バスに乗り込んでオリャンタを目指そうとしたの だ が…


正直この時点でもまだ山をナメていた


というかペルーをナメていた、というべきか。
わりと順調に旅が進んでいたので、うっかり道中の危険の可能性を忘れていたのだ。

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標高4000m近い山の稜線上を爆走する車。
ちょ、おま…

コレクティーボ、まさかのノン★ブレーキ
舗装されてない砂利道を砂埃上げてブッ飛ばす!

民家? たまにあるくらいだよ? 電話も通じないよ! 途中からラジオ入らなくなって運転者さん鼻歌交じりにCDに切り替えたよ! 事故ったら死にそう。てか車が道はずれたらこれ谷底じゃね?

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ものすごい縦揺れに、屋根に積んだ荷物が落ちるんじゃないかと本気で心配しはじめる中の人。
わりとマジメに座席にしがみつく。
そしてこの速度でも一切速度を緩めず山道ですれ違うプロドライバー(笑)
ペルーという国の底知れぬ恐ろしさを垣間見た気がした…ぜ…。



一時間半後。
なんとか事故らずにオリャンタイタンボ到着。
運転者さんは笑顔で「サヨーナラー」と言いながら駅前で下ろしてくれた。
まさか、「所要時間 一時間半~二時間」の時間幅が、ドライバーがどのくらいブっ飛ばすかによる差だとは思わねえよ。私が乗った車の人は、どうやら命知らずな方だったようだな…! お陰で早く着いたぜ、HAHAHA。

見ていると、運転者さんはそのままクスコへ折り返すつもりらしく、客を降ろし終わると駅前通りで「クスコ! クスコだよ!」と声を張り上げ始めた。あの山道を一日何往復するんだろう。とはいえ一人客を載せると10ソル少々稼げるわけで、ペルーの平均収入からすると、ものすごく実入りの良い商売なのは間違いない。往復した回数=収入、だから、多少ムリかましてでもブッ飛ばさざるを得ないんだろうな…。


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オリャンタイタンボの村は小さい。
駅前の通りをまっすぐにいって左が遺跡、右が広場。このT字のメインストリートさえ分かっていれば迷う要素は皆無。ちなみに駅からメインストリートを歩いていると、もう左手側のすぐそこに遺跡が見えている。

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ここの遺跡は、インカ時代に築かれた要塞の跡だと考えられている。段々畑の上のほうには穀物倉庫や見張り小屋らしき建物の跡が残されている。
皇帝マンコ・インカはここに立てこもってスペイン軍を迎え撃ったというが、うん、まぁ…この斜面攻めるのは難しいだろうなあ。

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谷間に吹く風。のっけから、いきなり砂竜巻である。

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…このへんの風の神様ってなんて方だっけ(´・ω・`) ケツァルコアトルは中米だよなー、ククルカンでいいのかなー、とか考えつつ、おそるおそる遺跡に踏み込む。

山の天気は変わりやすい。さっきまでピーカンだったのに、もう曇天。ちなみにこの遺跡は、クスコより標高下がるとはいえ2700m。それでも着いてすぐガンガン登る俺。高度順応なにそれ美味しいの?(※良い子は真似してはいけません)



階段を登り切ったあたりから見下ろす村。
向かいの山にも同じように要塞? があり、その間に挟まれて集落が存在する。ちなみにこの集落、インカ時代からあるものだそうだ。あとで村に降りて歩きまわってみたところ、インカ時代の石組みのままの家が大半。水路もインカ時代のをそのまま使って農耕している。してみると、この風景は500年前からあんまり変わっていない感じなのかもしれない。

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石組みは、遺跡の頂上付近にいくほどキレイ。
神殿を作ろうとしていた跡だからなのか。はたまたエライ人の宿泊施設として作られていたからか。この石組みの緻密さは流石。

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ただ、それ以外の部分はそんなキレイでもない。(笑)
村の一般人の住居の石組みもそうだけど、けっこうスカスカ。

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木材を使って補強している部分もある。
インカの石組みって中に木材入れたりしないと思っていたので、ちょっと「??」だった。漆喰っぽいものも使っているし、…一般人の住居部分は、こんなもんなのかー、と、ちょっと意外。

インカの石組みって精緻だ剃刀の刃も通さないだ言われてるけど、実は一番頑張って作った出来のいいとこだけ見てそう言ってるだけなんだな。ほかの部分はフツーなんだな。労力かけるとこはかけるけど、かけなくていいとこは手抜き。当たり前だけど当たり前なことに気付かされた。

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ちなみに、この遺跡、ふもとにたくさんの水場がある。
どれも水量は十分。水の豊かな土地なのだ。

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遺跡と畑の境界線は小川になっていて、牛がうろうろしており、畑では村人がまったりお茶をしている。
この水路もインカ時代から使われているものなのだろう。山間を流れる水が村の生命線になっている。これだけの水があるから、ここは昔から人の集まる場所でありつづけられたのだろう。

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そんなことを思いつつ、軽く植生チェックしてみたけど、特に面白いものはありませんでした(´・ω・`)
現地は冬のはずなのにチョウチョが飛んでたのだけ違和感あったかな。モンシロチョウくらいの大きさで、ちょっと黒い面積の多いやつと、黄色いモンキチョウっぽいやつと。日本みたく冬にドカ雪がふらないから冬でも生きていけるのかもしれない。


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遺跡の前はおみやげ物屋さんである。
観光客がいっぱいくるので稼ぎ時なのである。

この村の民芸品屋さんは店主オリジナルのハンドメイド品をたくさん取り扱っているのが特色。
右手のお店のセ○ミスト○ートっぽいのとミッ○ーっぽいのはだいぶマズい気がするのだが大丈夫か。

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ハンドメイドリンガ(男根)。男子中学生の修学旅行団体が買って帰りそうだなHAHAHA。
シュメールっぽい石像もあったり、あと仏像もおいてあったりして、色々カオスなことになってる石像屋ですた…。

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あとオリジナルアクセのお店とかもあった。
これからマチュピチュに行くのであんまり荷物は増やせないはずなのに、見てて楽しくて気がついたら何か買っちゃってるという罠…。

食べ物屋さんも、軽食の売店も沢山ある。
ちなみにこちらは、売店で売ってた「茹でたてチョクロ」。チョクロ=白いトウモロコシ。7月が旬らしい。

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オサレなカフェが沢山あるのは村の広場。遺跡から徒歩5分。
カフェでまったりお茶しながら眺めていると、あとからあとから、大量の観光バスがやってくる。狭い村の狭い道は大渋滞。すげえ…。

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クスコからの日帰りツアーで、周辺の遺跡を回ってるやつがあるらしい。
あと、この村で一泊してからマチュコピチュいきの列車に乗るって人もいるみたい。村には確かに宿泊施設がたくさんあった。完全に観光産業の村と化している。

観光客相手の商売は、とても儲かるのだろう。
トゥクトゥクを自前で購入して、駅前からの坂道をホテルまで「送迎」する商売や、トイレを1ソルで使わせてくれるトイレ屋を営む家、さらに自宅の祭壇に飾られているインカ時代のミイラ(!)を見せてくれる家まである。実入りがいいことに気づいた村人たちが、副業で色々勝手に始めちゃった感じ(笑

そんな村の中の様子。
インカ時代の石組みと道はそのままに、インターネットカフェやらトイレやらの看板がずらりと並んでいる。

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道幅は狭い。歩いていると、どこからともなくトウモロコシの焼ける香ばしいニオイ。
街灯もないので夜はきっと暗いだろうが、治安が悪い雰囲気はない。むしろ小さな孤立した村なので、犯罪要素は少ないとおもわれる。村はそんなに広くなく、適当に歩いていても迷うことはない。まぁ見るものもあんまりないっちゃないんですが。

あと野良犬めっちゃ多いですココ。ペルーのほかの街もそうだけど、なんでこんなに犬がいるのかと。ネコはめったに見ない。犬ばっかり。

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ひとしきりウロウロしたら、駅前に戻って電車を待つ。
さすが山間の村、日が傾くにつれて気温が下がってくる。寒い。

この日に乗ったのは、夕方オリャンタイタンボ発のエクスペディション(一番安い”バックパッカー列車")。事前の調べでは33ドルのはずだったのに現地に行ってみたら45ドルになっていた。高ぇよ。

ほかの時間帯も軒並み値上がりしており、昼間のイイ時間にビスタドーム(一番人気のある展望列車)なんか乗ろうもんなら60ドル(笑)とかいう値段に。乗れるわけがねえ…!

ちなみに、45ドルも取っておいてエクスペディションの席は飛行機のエコノミークラスばりに狭かった。サービスの飲み物は粉コーヒー。39ドルでまったり足を伸ばせる成田エクスプレスさんを見習えよと小一時間。まあ値上げされても乗るんですけどさ。ほかにマチュピチュ行く方法ないし。乗るんですけどさ。


日が暮れた村を後に、ギュウづめの列車で揺られて約一時間半、アグアスカリエンテスの村に到着。
ソッコーで宿に入り、村到着から45分後にはベッドに入ってオヤスミナサイ。明日はワイナピチュに登るために6時起き。7時から8時のあいだに入山しないとダメなので限界まで寝ても6時起き!

――とはいえこの夜は、日本からの長い旅路の果てに辿り着いたマチュピチュの麓で、久しぶりに落ち着いてベッドで眠ることが出来たのだった。



つづく。

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