ひきつづきエジプト騒乱 エジプト国民の和解の時は遠い
最近はあまりニュースで流れなくなってきているが、エジプトでは絶賛デモ継続中。
在エジプト日本大使館情報
状態は「渡航の延期をお勧めします。」(滞在中の方は事情が許す限り早期の退避を検討してください。)のまま。
エジプトに暮らす日本人のほとんどがエジプトの国外に避難していたり、夜間外出禁止令が継続されていたり、とても観光で行ける状態ではないです。
どうしてこうなったのか、話せば長いけど、これまでのエントリでなんとなくお察しください。
https://55096962.seesaa.net/article/201307article_4.html
http://55096962.at.webry.info/201307/article_6.html
https://55096962.seesaa.net/article/201307article_11.html
https://55096962.seesaa.net/article/201308article_19.html
長らく実権を握ってきたムバーラク政権を倒す時には一つになっていたエジプト国民。それが今では完全に二つに分離しているような状態で、お互いの溝は深い。言ってしまえば、打倒ムバーラクの時には利害が一致していた各派閥が、目的を達してしまうと反目しあうようになった、という感じ。
ムバーラクのあとに立ったモルシー大統領については、当初から不満の声が上がっていた。
その声はモルシー政権に抱いていた懸念が次々と現実のものになるにつれ、次第に大きくなり、やがて爆発した。それが1年後のモルシー降ろし、現在に至る騒乱の始まりである。
しかし、これについて「モルシー降ろしは良かった(今のまま親モルシー派を抑えこむべき)」、「間違いだった(モルシーに戻すべき)」という二派があり、エジプト国内は真っ二つに割れている。
実はエジプト国外でもその二通りの意見がある。
かなり極端な人だと、モルシー下ろしはアメリカの陰謀で、すべてアメリカの失敗だとまで言い切る人もいる(笑)
エジプトの現在の状態については、日本のエジプトマニアの間でさえ、おおむねこの二派に分かれてしまい、意見は合わない。日本のエジプトマニア、だいたい同じような話題で盛り上がれる、知識も興味も同水準の人どうしの間でそうなんだから、エジプト国民の世論が一致するはずもないだろ。っていう。
前のエントリでも書いたが、私は国家経営能力のないムスリム同胞団に任せていたら早晩国家破産だったので早急に降ろしたほうがよかったと思ってるけど、降ろし方がマズかったと思ってる派だ。
しかし逆の意見の人だと、残虐な軍を解体して、国民が「正当に」選挙で選んだモルシ大統領を支持し続けることが民主主義だ、と主張する。
今まさにエジプトで起きてる対立は、まさにこういう意見の相違だ。
どちらにも言い分はある。
モルシー降ろし賛成派の人は、モルシー大統領を選んだ選挙は、正当な選挙だったかどうか怪しいと言う。ムスリム同胞団というイスラム原理主義団体のバックを得ての当選であり、選挙のさいは貧しい人々を買収してバスで投票場に連れて行くようなこともしていたという。もともと投票率がそんなに高くないので、買収票がなければ勝敗は変わっていたかもしれない。
モルシー派の人は、買収は対抗陣営もやっていたとか、ソースが怪しいとか、それも民主主義の一部だとか主張する。
しかしそもそも、モルシーの当選した一番大きな理由は、対抗馬がムバーラク元大統領の側近だからではなかろうか。「ムバーラク政権の香りのする候補者には入れたくない、ようやく独裁者を倒せたのだから」。
不正によって獲得した票は確かにあるのかもしれないが、国民が「新たな独裁者」を目指さないこと、ムバーラク政権時の権力者に権力を持たせないことを期待したから、モルシー氏が当選したのではなかろうか。
その期待を大きく裏切ったから、就任わずか1年でこの騒ぎになったのだ。
私はモルシー氏降ろしは仕方なかったと思っているが、それはつまり上記のように考えた上での結果論である。
モルシー氏が続投する限り騒ぎは収まらず、国民は納得しない。ならば降ろすしか無い。
民主主義うんぬん抜きにして、彼が現に結果として残したものは、国民への大きな不信感と、破綻寸前の国なのだ。(IMF介入を申請しようとするとこまでいってました。)
モルシー降ろしを正当と考える人の多くは、モルシー氏がムスリム同胞団の傀儡に過ぎなかったと述べている。ムスリム同胞団は、国家経営能力に乏しかった。そのひとつの傍証が、「スフィンクスがかつて信仰の対象だったなら破壊せよ」とメディアで述べる狂信的な支持者を放置したことや、かつてイスラム原理主義団体が観光客を殺戮したルクソール県の県知事に、イスラム原理主義団体出身の知事をつけたことに現れていると思う。
国の収入源として大きな意味を持つ観光業を無視している。もともとイスラム原理主義者は、外国人(とくに白人の)観光客におもねる商売を嫌っていたが、それは現実が見えていない。理想を強制しては国は破綻してしまう。
というか、現に破綻寸前になっており、発電施設を動かす燃料代が捻出できず、猛暑の中で停電が相次ぐ惨事になっていた。
国民に不満を抱かせた原因は政権にある。
あれだけのデモで反対された大統領を、援護し続けることは出来ない。
アメリカが見放したというのは、結局そのへんの打算的な政治の話であり、軍部も自分たちの利権云々より国民の声に従ったという面が大きいのではないかと思う。(彼らはそう主張する)
ただ誤算だったのは、モルシー大統領の支持母体であるムスリム同胞団が和解や妥協の道を選ばず、ジハードを叫んでデモを煽り、火に油を注ぐ方向に走ったことだと思う。デモ隊に銃火器を渡す、お金で雇う、軍を攻撃させる、・・・それは果たして正しいことだろうか。
軍がムスリム同胞団員を殺したという話が流れてくるが、軍に向かって火炎瓶を投げれば、そりゃ射殺されても仕方ないんではないかと。
暴走した一部の暴徒はキリスト教会を襲い、宗教問題にまで発展してしまった。(そしてムスリム同胞団の指導者はこれを容認した)
これは話し合いの意図がないとも見なせる愚行だ。
軍がやりすぎなところも確かにあるかもしれないが、兵士だって自分の命は守りたい。暴徒化したデモ隊が押し寄せてきたら武器を使わざるを得ないし、その過程で死者が出るのは避けようがないし、運悪くその場に居た市民が巻き込まれることも、現実としてありえる。キレイ事だけでは済まされない。煽られた市民に罪がないというのなら、煽った指導部の罪を問うことになる。軍がムスリム同胞団の指導者を次々逮捕しているのは、そういうわけだ。
「お互いの歩み寄りが必要」、何時の世も、どんな戦争の時も言われることである。
どちらかを徹底的に叩き潰して終わる戦争など、今の世の中には存在しない。戦争が始まるのは偶然でも、終わらせるには誰かの明確な意思が必要になる。
その意思を示せなければ、この内戦状態は終わらないが、親しい人の血が流されてしまった人が納得するかどうか。状況はこじれる一方である。
エジプト情勢は、袋小路に入り込んでしまったように見える。
在エジプト日本大使館情報
状態は「渡航の延期をお勧めします。」(滞在中の方は事情が許す限り早期の退避を検討してください。)のまま。
エジプトに暮らす日本人のほとんどがエジプトの国外に避難していたり、夜間外出禁止令が継続されていたり、とても観光で行ける状態ではないです。
どうしてこうなったのか、話せば長いけど、これまでのエントリでなんとなくお察しください。
https://55096962.seesaa.net/article/201307article_4.html
http://55096962.at.webry.info/201307/article_6.html
https://55096962.seesaa.net/article/201307article_11.html
https://55096962.seesaa.net/article/201308article_19.html
長らく実権を握ってきたムバーラク政権を倒す時には一つになっていたエジプト国民。それが今では完全に二つに分離しているような状態で、お互いの溝は深い。言ってしまえば、打倒ムバーラクの時には利害が一致していた各派閥が、目的を達してしまうと反目しあうようになった、という感じ。
ムバーラクのあとに立ったモルシー大統領については、当初から不満の声が上がっていた。
その声はモルシー政権に抱いていた懸念が次々と現実のものになるにつれ、次第に大きくなり、やがて爆発した。それが1年後のモルシー降ろし、現在に至る騒乱の始まりである。
しかし、これについて「モルシー降ろしは良かった(今のまま親モルシー派を抑えこむべき)」、「間違いだった(モルシーに戻すべき)」という二派があり、エジプト国内は真っ二つに割れている。
実はエジプト国外でもその二通りの意見がある。
かなり極端な人だと、モルシー下ろしはアメリカの陰謀で、すべてアメリカの失敗だとまで言い切る人もいる(笑)
エジプトの現在の状態については、日本のエジプトマニアの間でさえ、おおむねこの二派に分かれてしまい、意見は合わない。日本のエジプトマニア、だいたい同じような話題で盛り上がれる、知識も興味も同水準の人どうしの間でそうなんだから、エジプト国民の世論が一致するはずもないだろ。っていう。
前のエントリでも書いたが、私は国家経営能力のないムスリム同胞団に任せていたら早晩国家破産だったので早急に降ろしたほうがよかったと思ってるけど、降ろし方がマズかったと思ってる派だ。
しかし逆の意見の人だと、残虐な軍を解体して、国民が「正当に」選挙で選んだモルシ大統領を支持し続けることが民主主義だ、と主張する。
今まさにエジプトで起きてる対立は、まさにこういう意見の相違だ。
どちらにも言い分はある。
モルシー降ろし賛成派の人は、モルシー大統領を選んだ選挙は、正当な選挙だったかどうか怪しいと言う。ムスリム同胞団というイスラム原理主義団体のバックを得ての当選であり、選挙のさいは貧しい人々を買収してバスで投票場に連れて行くようなこともしていたという。もともと投票率がそんなに高くないので、買収票がなければ勝敗は変わっていたかもしれない。
モルシー派の人は、買収は対抗陣営もやっていたとか、ソースが怪しいとか、それも民主主義の一部だとか主張する。
しかしそもそも、モルシーの当選した一番大きな理由は、対抗馬がムバーラク元大統領の側近だからではなかろうか。「ムバーラク政権の香りのする候補者には入れたくない、ようやく独裁者を倒せたのだから」。
不正によって獲得した票は確かにあるのかもしれないが、国民が「新たな独裁者」を目指さないこと、ムバーラク政権時の権力者に権力を持たせないことを期待したから、モルシー氏が当選したのではなかろうか。
その期待を大きく裏切ったから、就任わずか1年でこの騒ぎになったのだ。
私はモルシー氏降ろしは仕方なかったと思っているが、それはつまり上記のように考えた上での結果論である。
モルシー氏が続投する限り騒ぎは収まらず、国民は納得しない。ならば降ろすしか無い。
民主主義うんぬん抜きにして、彼が現に結果として残したものは、国民への大きな不信感と、破綻寸前の国なのだ。(IMF介入を申請しようとするとこまでいってました。)
モルシー降ろしを正当と考える人の多くは、モルシー氏がムスリム同胞団の傀儡に過ぎなかったと述べている。ムスリム同胞団は、国家経営能力に乏しかった。そのひとつの傍証が、「スフィンクスがかつて信仰の対象だったなら破壊せよ」とメディアで述べる狂信的な支持者を放置したことや、かつてイスラム原理主義団体が観光客を殺戮したルクソール県の県知事に、イスラム原理主義団体出身の知事をつけたことに現れていると思う。
国の収入源として大きな意味を持つ観光業を無視している。もともとイスラム原理主義者は、外国人(とくに白人の)観光客におもねる商売を嫌っていたが、それは現実が見えていない。理想を強制しては国は破綻してしまう。
というか、現に破綻寸前になっており、発電施設を動かす燃料代が捻出できず、猛暑の中で停電が相次ぐ惨事になっていた。
国民に不満を抱かせた原因は政権にある。
あれだけのデモで反対された大統領を、援護し続けることは出来ない。
アメリカが見放したというのは、結局そのへんの打算的な政治の話であり、軍部も自分たちの利権云々より国民の声に従ったという面が大きいのではないかと思う。(彼らはそう主張する)
ただ誤算だったのは、モルシー大統領の支持母体であるムスリム同胞団が和解や妥協の道を選ばず、ジハードを叫んでデモを煽り、火に油を注ぐ方向に走ったことだと思う。デモ隊に銃火器を渡す、お金で雇う、軍を攻撃させる、・・・それは果たして正しいことだろうか。
軍がムスリム同胞団員を殺したという話が流れてくるが、軍に向かって火炎瓶を投げれば、そりゃ射殺されても仕方ないんではないかと。
暴走した一部の暴徒はキリスト教会を襲い、宗教問題にまで発展してしまった。(そしてムスリム同胞団の指導者はこれを容認した)
これは話し合いの意図がないとも見なせる愚行だ。
軍がやりすぎなところも確かにあるかもしれないが、兵士だって自分の命は守りたい。暴徒化したデモ隊が押し寄せてきたら武器を使わざるを得ないし、その過程で死者が出るのは避けようがないし、運悪くその場に居た市民が巻き込まれることも、現実としてありえる。キレイ事だけでは済まされない。煽られた市民に罪がないというのなら、煽った指導部の罪を問うことになる。軍がムスリム同胞団の指導者を次々逮捕しているのは、そういうわけだ。
「お互いの歩み寄りが必要」、何時の世も、どんな戦争の時も言われることである。
どちらかを徹底的に叩き潰して終わる戦争など、今の世の中には存在しない。戦争が始まるのは偶然でも、終わらせるには誰かの明確な意思が必要になる。
その意思を示せなければ、この内戦状態は終わらないが、親しい人の血が流されてしまった人が納得するかどうか。状況はこじれる一方である。
エジプト情勢は、袋小路に入り込んでしまったように見える。