スペインからの独立を目指す地方カタルーニャの過去「物語 カタルーニャの歴史」
現代の国境が、言語や民族の分布と一致することは殆ど無い。
日本のような辺境の島国ならともかく、古代から民族大移動が繰り返されてきたヨーロッパにおいては、それは顕著だ。
カタルーニャは現在ではスペインの一地方。
しかし、独自の言語を持ち、かつては一つの国として、ナポリ、シラクサ、アテネまでを版図に加えたこともあった。
2006年に、独自の議会を復活させ、スペインからの独立も目指そうとしている「カタルーニャ」について、この本から少し勉強してみた。
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カタルーニャは、現在のバルセロナを中心として、バレンシア、バレアレス諸島を含む地域だ。
現在「スペイン」と呼ばれている国の中には、かつてアラゴン、カスティーリャ、カタルーニャ、ナバーラ、グラナダといった国々があった。その中でもアラゴンとカタルーニャは、強力な隣人・カスティーリャに対抗すべく歴史的に結びついている期間が長かった。1137年、両者の君主の結婚をもって成立したカタルーニャ・アラゴン連合王国は、その後、15世紀まで続く。
現在のスペインの元となる国の誕生は1469年。カタルーニャ・アラゴン連合王国の王として即位した皇太子がファラン2世となり、妻のカスティーリャ王女イサベルが、のちにカスティーリャ女王となる。これにより、政治的には別の国が一つであるように見えるようになった。そして、二人の孫であるカルロス1世がすべての国を引き継いだとき、「スペイン」は誕生したことになっている。
…と、これだけ聞くと、カタルーニャは平和的にスペイン(イスパニア)の一部になったかのように見えるのだが、実際はそうではない。カタルーニャの人々にとって大事なのは「自治権があるかどうか」であり、併合後に自治権を奪われて「国」ではなくなったことが我慢できないらしい。そもそもカタルーニャ・アラゴン連合国であった頃から、カタルーニャとアラゴンはあくまで別々の国として、別々の議会や法律を持って動いていた。
「我々はスペイン人ではない、カタルーニャ人なのだ」という、現代に続く矜持。
かつての大国の地位から転落し、他国の一地方とされても、自分たちは王国の子孫なのだという意識を持つ人々が、数百年の時を経て、今もいる。その意識は、一時期カタルーニャ語が禁止されても消えることはなかった。
この意識の持ち方や独立運動などは、イギリスの中のウェールズとよく似ている。
ちょうど、近年になって独立議会を持ちはじめたことなども、そうだ。実際、現在のカタルーニャはある程度、ウェールズを意識しているようだ。最終的にはもう一度、国として独立したいという人もいる。スペイン経済が低迷している今、そういう考え方もありなのかもしれない。中世に統合されていながら、近代になって再独立を果たした地域は、他にもある。
著者も書いているとおり、そうした地域には歴史上のある時点で大国として覇を唱えた経験があることが多い。カタルーニャは中世の栄光を忘れられず、歯がゆい思いをしているのだという説は、確かにそうかもしれないと思う。ましてや、いったんスペインに合併されながら、うまいこと立ちまわってタイミングよく再独立できたポルトガルという国が近くにあるのであれば。
「ポルトガルと同じように、カタルーニャ国が出来ていてもおかしくなかった」、しかし歴史はそうはならなかった。
カタルーニャは今から、失敗した歴史をもう一度やり直したいのだ。(その先に待っているものが、かつての「大国カタルーニャ」では決してないことは、分かっているはずなのだが。)
…まあ、歴史と矜持は分かった。
ただ、個人的に言うと、独立しても自分とこだけでやってける公算はあるの? チェコと別れたスロバキアみたいにならないの? っていうのがだいぶ心配。難しいとこなんだろうけどね。
日本のような辺境の島国ならともかく、古代から民族大移動が繰り返されてきたヨーロッパにおいては、それは顕著だ。
カタルーニャは現在ではスペインの一地方。
しかし、独自の言語を持ち、かつては一つの国として、ナポリ、シラクサ、アテネまでを版図に加えたこともあった。
2006年に、独自の議会を復活させ、スペインからの独立も目指そうとしている「カタルーニャ」について、この本から少し勉強してみた。
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カタルーニャは、現在のバルセロナを中心として、バレンシア、バレアレス諸島を含む地域だ。
現在「スペイン」と呼ばれている国の中には、かつてアラゴン、カスティーリャ、カタルーニャ、ナバーラ、グラナダといった国々があった。その中でもアラゴンとカタルーニャは、強力な隣人・カスティーリャに対抗すべく歴史的に結びついている期間が長かった。1137年、両者の君主の結婚をもって成立したカタルーニャ・アラゴン連合王国は、その後、15世紀まで続く。
現在のスペインの元となる国の誕生は1469年。カタルーニャ・アラゴン連合王国の王として即位した皇太子がファラン2世となり、妻のカスティーリャ王女イサベルが、のちにカスティーリャ女王となる。これにより、政治的には別の国が一つであるように見えるようになった。そして、二人の孫であるカルロス1世がすべての国を引き継いだとき、「スペイン」は誕生したことになっている。
…と、これだけ聞くと、カタルーニャは平和的にスペイン(イスパニア)の一部になったかのように見えるのだが、実際はそうではない。カタルーニャの人々にとって大事なのは「自治権があるかどうか」であり、併合後に自治権を奪われて「国」ではなくなったことが我慢できないらしい。そもそもカタルーニャ・アラゴン連合国であった頃から、カタルーニャとアラゴンはあくまで別々の国として、別々の議会や法律を持って動いていた。
「我々はスペイン人ではない、カタルーニャ人なのだ」という、現代に続く矜持。
かつての大国の地位から転落し、他国の一地方とされても、自分たちは王国の子孫なのだという意識を持つ人々が、数百年の時を経て、今もいる。その意識は、一時期カタルーニャ語が禁止されても消えることはなかった。
この意識の持ち方や独立運動などは、イギリスの中のウェールズとよく似ている。
ちょうど、近年になって独立議会を持ちはじめたことなども、そうだ。実際、現在のカタルーニャはある程度、ウェールズを意識しているようだ。最終的にはもう一度、国として独立したいという人もいる。スペイン経済が低迷している今、そういう考え方もありなのかもしれない。中世に統合されていながら、近代になって再独立を果たした地域は、他にもある。
著者も書いているとおり、そうした地域には歴史上のある時点で大国として覇を唱えた経験があることが多い。カタルーニャは中世の栄光を忘れられず、歯がゆい思いをしているのだという説は、確かにそうかもしれないと思う。ましてや、いったんスペインに合併されながら、うまいこと立ちまわってタイミングよく再独立できたポルトガルという国が近くにあるのであれば。
「ポルトガルと同じように、カタルーニャ国が出来ていてもおかしくなかった」、しかし歴史はそうはならなかった。
カタルーニャは今から、失敗した歴史をもう一度やり直したいのだ。(その先に待っているものが、かつての「大国カタルーニャ」では決してないことは、分かっているはずなのだが。)
…まあ、歴史と矜持は分かった。
ただ、個人的に言うと、独立しても自分とこだけでやってける公算はあるの? チェコと別れたスロバキアみたいにならないの? っていうのがだいぶ心配。難しいとこなんだろうけどね。
