大人気? メジェド様とその周辺 ~死者の書・第17章の前後解釈を添えて
発端>> ぐぐってたら話題になってるエジプトの神様がいた
グリーンフィールド・パピルスに登場するエジプト神様が、その見た目のインパクトから突如として大人気に。
今やグーグルの画像検索結果はこんな有様である。
あー、うん… なんか… メジャーデビューしちゃってるよね。
ただ自分は、この神様がメジェドって名前であることに若干の違和感を感じていた。
というか、これが神様であることは間違いなく(なぜなら絵の中で死者が拝礼のポーズをとっているから)、おそらく「メジェド」という単語がこの神様に向けて当てられていることも間違いない。ただ、
それが名前なのかエピセット(形容辞)のかが分からない
…のである。(ついでにいうと、別のよく知られている神様の別名である可能性もある。)
メジェドという単語は、意味としては「打ち倒すもの」あたりになると思う。
自分の持っている唯一の英訳本、「The Ancient Egyptian BOOK OF THE DEAD」R.O.Faulkner-大英博物館出版-では、メジェドの部分は固有名詞ではなく「打ち倒すもの」という単語を入れている。つまり名前じゃなく形容辞の扱いなのだ。
一方で、エジプトの神様の名前は意味をとるとみな形容辞になってしまうという現実もある。
たとえば、「カムテフ」という神様がいる。この神様の名前は「自らの母の雄牛」である。神様の名前、固有名詞として「カムテフ」と書くこともできるし、「自らの母の雄牛」と書けば名前ではなく形容辞になる。
良く知られているムト女神なども、「ムト」という単語だけなら「母」を意味し、それが神名なのか母という単語なのかは、漢字でいうところの「へん」や「つくり」に当たる決定詞や、文章の前後で判断することになる。
また一柱の神様が多くの別名を持つこともある。
アヌビスの別名「イスデス」やオシリスの「ウンネフェル」あたりと同じ扱いという可能性もある。
要するにメジェドは本当に「メジェド」という名前なのか、「メジェドな誰か」なのかが、死者の書の登場シーンだけだと良く分からないのである。
…という前提を踏まえたうえで、以下のだらだらとした考察を楽しんでもらいたい。
ぶっちゃけ自分としては、この不思議な神様の名前がメジェドだろうがメジェドで無かろうが、どっちでもいい。(だって真実は分かんないし。) 古代の神々とは、名と姿を人の心に映されて信仰が成り立つものである。その見た目のインパクトによって現代に蘇ったこの神様は、過去の名がなんであったにせよ今は「メジェド」という名前のイラスト・フィギュア化された神様なので、現代においては「メジェド」に相違ないのである。
***********************
さて発端はとかく、この神様について言及しているところがあると教えてもらったのは以下のURLだ。
本家の大英博物館でやった死者の書展のさいに、来館者が書き込んだ感想の中に「塩入れに目をつけたようなモノがありましたがあれは何?」という質問がある。
http://blog.britishmuseum.org/2010/09/22/what-is-a-book-of-the-dead/
これに対する学芸員の回答が以下になっている。
それは多分メジェド(Medjed)という名前で、‘The Smiter’という意味だ、と書かれている。
そこで、紹介されている17章の問題の文章
‘I know the name of that Smiter among them, who belongs to the House of Osiris, who shoots with his eye, yet is unseen.’
という部分を、うちにある大英博物館出版の死者の書で探してみた。確かにその部分はあった。
とりあえず17章の全文を出してみる。
http://www.moonover.jp/bekkan/sisya/index-17.htm
なお上記は、本体サイトの死者の書コーナーに昔からぽそっと置いてあったものを今回若干修正したもので、日本語の底本となっているのは「世界聖典大全 埃及(エジプト)」という超絶に古い本である。既に著作権切れしてPDF化されたものがインターネットに上がっており、上記リンクから辿れる先で見れるので、興味のある人はどうぞ。
今回、あらためて英訳と付き合わせてみたところ「世界聖典大全 埃及」の時代から細かい単語などがかなり訳し変わっていて、かつては「汚物」とされていた単語が実は「傷」になってたり、「肢体」が「男根」になってたりした。くだんのメジェドは、かつては「マアチェトなる者」とされていた部分のようだ。
さて、修正しつつ読み返していたら、ひとつの問題に気がついた。
メジェド(打ち倒すもの)という単語が出てくるのは【呪文】の中であり、その【呪文】の【意味】として次に続く部分ではなかったのだ。
第17章は、死者が冥界に入るとき唱える壮大なカンペ巻なのだが、呪文+呪文の意味(解釈)という組み合わせが延々と繰り返される構造になっている。
たとえば↓こんなかんじ。
------------------------------
【呪文】
「我は大なる神にして、自ら己を生める者なり。」
【意味】
然らば、此れは何ぞや。
曰く、ラーなり。(ラー神が神々の父にして創造神とされていた神話を指している)
------------------------------
この構造に従えば、呪文の中に出てくる名前は神様の本名ではなく形容辞である可能性がある。
厳密に言うと、この構造が崩れている箇所もあるように見えるが、まずは、この長ったらしい17章においては「呪文」と「解説」が交互に入り乱れること、「呪文」の部分では神々の名前が別名で表現されることが多いことを念頭において次に進んでほしい。
では、問題のメジェド登場シーンである。
------------------------------
【呪文】
「願わくば、彼等の屠殺刀をして、我を支配せしめざらんことを。願わくば、我をして彼等の残忍の機械下に陥らしめざらんことを。何となれば、我は彼等の名を知ればなり。而して我は、オシリスの家に住まう彼等の中に居て、己の眼よりは光を放ちながら、しかも他には見らるることなき打ち倒すもの(ここがメジェドという単語)を知ればなり。彼は天を巡回するに、己の口より出づる焔を着用し、ハピに命令しながら、しかも他に見らるることなし。願わくば、我をしてこの世に於いてラーの前に強からしめ給わんことを。願わくば、我をして幸いにオシリスの前に港に到着し得んことを。願わくは、汝等の供物をして我に欠くるところあらざらしめよ、おお、汝ら、この祭壇を司る者よ、何となれば我はケペルの著書に随いて、全てを統べるものに随う者等の中にあればなり。我は鷹の如くに飛ぶ。我は鵞鳥の如くに鳴く。我は蛇の神ネヘベカウのように永遠を過ごす。」
【意味】
然らば、此れは何ぞや。
己の祭壇を守る者らは、ラーの眼の如く、また、ホルスの眼の如し。
------------------------------
呪文が長ったらしくてわかんねーよ!!! …はい、簡単にしました。ざっくりまとめると以下のようになります。
「死後の世界は罪人を処刑する恐ろしい神がいるが、彼らに襲われませんように。私はオシリスの家に住む、眼に見えざる"打ち倒すもの"の名を知っているのです。彼は眼から光出したり口から火を吐いたり、ナイルの神ハピに命令したり、超強いよ。彼の助けをかりて無事にオシリス神のもとに行けますように…。」
つまり死後の世界にいるコワイものを、「俺の友達めっちゃ強いんだぜー呼んじゃうぞー? 俺に手ぇ出したら詠んじゃうぞー?」と脅している呪文なわけである。あらなんて中学生みt 微笑ましい。
だが、名前呼ぶと来ちゃうので、ここではまだ名前は呼んでいない。この呪文は、味方をしてくれる目に見えなくて空とんで眼から光線を出す神様を召還する呪文ではなく、自分を処刑しにくる敵に対する脅し文句なのだ。その意味で、「The Smiter」=打ち倒すもの は、該当する神の名前ではなく良く知られた肩書き(形容辞)と解釈するのが妥当だろうと思う。
では彼の本名は何なのか。
呪文に続く【意味】の部分には、残念ながらヒントになりそうなものがない。
これだけなのだ。この部分は、呪文後半の「この祭壇を司る者よ」にかかる内容と思われ、ラーやホルスの眼のごとく遠くまで見渡せるとか、そういう意味なのだろうなと思う。
ただ呪文の内容からするに、この「メジェド」(The Smiter」=打ち倒すもの)は、ナイルの神ハピからの報告を受けとることになっている。だとすると正体はかなりエライ神様なのではないだろうか。かつ空を飛び、眼から光線を発し、口から火を吐けるという。ということは太陽神系で、もしかするとアメン神あたりなんじゃね? という気がしている。
・アメン神の名前(イメン)の意味は「不可視」を意味する
・太陽神なので光とか火とか出してもOK
・空も飛べる
・えらい(アメン=ラーは最高神)
・メインの信仰地テーベの戦神モントゥの役割も一部引き継いでおり、戦いの神として表現されることがある
アメン神の別名のひとつ「アメン・アシャレヌウ」は「名前に富むものであるアメン」を意味する。「メジェド」がアメン神の別名の一つである可能性は… あるんじゃないかな、少しくらいは(笑) 実際のところどうなんだかは分からないけどね。
オバQみたいな覆いをめくったら、意外と見なれた神様が登場するとか、あるかもしれない。
***********************
なお重要なことだが、「姿の見えない神」に言及されるのは、実はここだけではない。
もう一箇所、メジェド登場シーンより前に「其の形の隠れたる神」という言葉の出てくる部分がある。
【呪文】
おお、汝、汝の卵にある者よ、すなわちラー、汝は汝の太陽面より輝き、汝の地平線に上り、而して天の蒼穹の黄金の如く輝き、また、神々の中に比すべきものの無きが如くに輝く。汝は、帆を上げてシュウの柱、即ち空を渡過し、汝は口より焔の疾風を発し、汝は二の陸地をして、汝の光線を以って赫々たらしむ。願わくば、汝、敬虔なる我(死者の名前)を其の形の隠れたる神より救え。罪人の裁かれる夜にある、大秤の両腕に似たる神より救え。
この呪文に対し、罪人を裁く神の名前が次の「しからば~」に複数挙げられている。
・シェセム
・アポピス
・ホルス(大ホルス)
・ネフェルテム
「しからば~」の部分に神名が複数挙げられているのは、「姿かたちの見えない神なので誰なのかわからない」からのようだ。だから【意味】の部分ではシェセムか、あるいはアポピスか、はたまた人の言うように大ホルスか…」というように続いていく。
挙げられているうちのシェセム神には、「打ち倒すもの」という形容辞が既に知られているのは面白い。邪悪な蛇とされるアポピスも裁く側にいるし。ただ、「大秤の両腕に似たる神」に当てはまりそうな神様がひとりもいないので、実は全部違うのかもしれない、なんせよ襲われたら助からないので誰にも分からないのだ、恐ろしい。
ここの部分をふまえるに、「姿が見えない」は、「眼に見えない」という意味ではなく、単に「誰も会ったことが無い」という意味なのではないか、とも推測できる。
「人づてにそういう神様がいることは知っていて、昔から伝わるカンペとしてこういう呪文はある。でも、呪文の意味するところは良く分からない。」
…だとすると、姿が見えないのはアメン神のような「見えざる(隠れたる)」神だからではなく、オシリスの館から出てこないヒッキーな 神様なので、「まだ誰も見たことが無い」=「他には見らるることなき」ということなのかもしれない。
なお、この二箇所目の「隠れたる神」の登場する呪文の部分でも、「其の形の隠れたる神」は形容辞の扱いで、本名は別にあり、その名前は続く「然らば、此れは誰ぞや。」の【意味】の部分で名前が挙げられている。よって、やはり「メジェド」の部分も、メジェドという固有名詞ではなく「打ち倒すもの」という形容辞と認識するのが正しいように思う。
つまり、大英博物館出版の英訳で、この「メジェド」の部分を「Smiter」と、固有名詞ではなくおそらくエピセットの扱いで乗せているのは、たぶん妥当なのである。
まあ最初に言ったように、名前だろうが形容辞だろうが、メジェドはメジェドなんですけどね。
*******************
なお、どっかのサイトで見たのだが、この神様がネシタネベトイシェルウの死者の書(=グリーンフィールド・パピルス)にしか出てこない、という情報は間違っている。
文章としては「ネブセニのパピルス」や「アニのパピルス」にもある。イラストとして、この姿で描かれるのが…という意味なのかもしれないが、同時代の同じ章のサンプルを沢山持っているわけではないが、少なくとも別のパピルスで見た覚えはあるので、それも違う。
一ついえることは、グルーンフィールドパピルスは「死者の書」が使われた時代の後期に作成されている。第21王朝の終わりから第22王朝のはじめあたりに生きた人物が持ち主だ。この時代は、エジプト王朝文化の衰退期にあたり、伝統は、古典時代の栄華の残照によってのみ生かされていた。
エジプト美術を知っている人ならよくご存知の通り、このあたりの時代になってくると神々の表現方法がずいぶん変わり、均整の取れた厳密な形式が崩れて…まあ言っちゃうと何なんだがちょっとダサくなってくる。そうした伝統の変容の中で生み出された新しい表現形態なのだとすれば、それ以前の時代の「死者の書」には描かれていないというのはありえる。
それから、この「死者の書・第17章」のタイトルはこうなっている。
「死ののちに死者の国を出入りし、美しき西方でアク(聖霊)となり、日の下に現れ、自分の好みのあらゆる姿に変身して、セネトゲームに興じ、あずまやに座り、生けるバーとして現れる(ための)賞賛と朗誦の始まり」
*グリーンフィールド・パピルスのタイトル一覧より
いまどきのラノベでもこんなタイトルつけねぇよ
荘厳な呪文書と見せかけて、「死後の世界でヒキニート楽々生活したいがためのカンペ」だからねこれ。(笑)
現代風に言うならば「エントリーのち受験し、有名大学に合格し、上京し、イメチェンして、親のすねかじりで四年間遊びほうけるための受験勉強の始まり」…くらいのノリなわけで、お前それ都合よすぎだろpgrって言いたくもなるような内容が死者の書なんである。
エジプト人はこんなもんなので、あまりマジメに考察してはいけない。マジメにやろうとしても途中でどうしても半笑いになってしまう。私も今日これ4時間かけて半笑いでおやつ食べながら書きました。楽しんでいただければ何より。
グリーンフィールド・パピルスに登場するエジプト神様が、その見た目のインパクトから突如として大人気に。
今やグーグルの画像検索結果はこんな有様である。
あー、うん… なんか… メジャーデビューしちゃってるよね。
ただ自分は、この神様がメジェドって名前であることに若干の違和感を感じていた。
というか、これが神様であることは間違いなく(なぜなら絵の中で死者が拝礼のポーズをとっているから)、おそらく「メジェド」という単語がこの神様に向けて当てられていることも間違いない。ただ、
それが名前なのかエピセット(形容辞)のかが分からない
…のである。(ついでにいうと、別のよく知られている神様の別名である可能性もある。)
メジェドという単語は、意味としては「打ち倒すもの」あたりになると思う。
自分の持っている唯一の英訳本、「The Ancient Egyptian BOOK OF THE DEAD」R.O.Faulkner-大英博物館出版-では、メジェドの部分は固有名詞ではなく「打ち倒すもの」という単語を入れている。つまり名前じゃなく形容辞の扱いなのだ。
一方で、エジプトの神様の名前は意味をとるとみな形容辞になってしまうという現実もある。
たとえば、「カムテフ」という神様がいる。この神様の名前は「自らの母の雄牛」である。神様の名前、固有名詞として「カムテフ」と書くこともできるし、「自らの母の雄牛」と書けば名前ではなく形容辞になる。
良く知られているムト女神なども、「ムト」という単語だけなら「母」を意味し、それが神名なのか母という単語なのかは、漢字でいうところの「へん」や「つくり」に当たる決定詞や、文章の前後で判断することになる。
また一柱の神様が多くの別名を持つこともある。
アヌビスの別名「イスデス」やオシリスの「ウンネフェル」あたりと同じ扱いという可能性もある。
要するにメジェドは本当に「メジェド」という名前なのか、「メジェドな誰か」なのかが、死者の書の登場シーンだけだと良く分からないのである。
…という前提を踏まえたうえで、以下のだらだらとした考察を楽しんでもらいたい。
ぶっちゃけ自分としては、この不思議な神様の名前がメジェドだろうがメジェドで無かろうが、どっちでもいい。(だって真実は分かんないし。) 古代の神々とは、名と姿を人の心に映されて信仰が成り立つものである。その見た目のインパクトによって現代に蘇ったこの神様は、過去の名がなんであったにせよ今は「メジェド」という名前のイラスト・フィギュア化された神様なので、現代においては「メジェド」に相違ないのである。
***********************
さて発端はとかく、この神様について言及しているところがあると教えてもらったのは以下のURLだ。
本家の大英博物館でやった死者の書展のさいに、来館者が書き込んだ感想の中に「塩入れに目をつけたようなモノがありましたがあれは何?」という質問がある。
http://blog.britishmuseum.org/2010/09/22/what-is-a-book-of-the-dead/
Finally there was one really interesting figure that I saw several times. It was shaped like salt shaker with two legs and two eyes. It was so odd looking. What an earth is it? And what does it mean?
これに対する学芸員の回答が以下になっている。
This strange-looking figure appears in the illustration to Book of the Dead spell 17. It is a long and complex spell, mentioning many gods, some of them very obscure. The currently-accepted view among Egyptologists is that the figure represents Medjed (whose name means ‘The Smiter’). In the text of the spell we read:
‘I know the name of that Smiter among them, who belongs to the House of Osiris, who shoots with his eye, yet is unseen.’
The fact that only his eyes are shown, while the rest of him (except his feet) is covered seems to fit this description. Unfortunately, nothing else is known about this god.
John Taylor, Exhibition Curator
それは多分メジェド(Medjed)という名前で、‘The Smiter’という意味だ、と書かれている。
そこで、紹介されている17章の問題の文章
‘I know the name of that Smiter among them, who belongs to the House of Osiris, who shoots with his eye, yet is unseen.’
という部分を、うちにある大英博物館出版の死者の書で探してみた。確かにその部分はあった。
とりあえず17章の全文を出してみる。
http://www.moonover.jp/bekkan/sisya/index-17.htm
なお上記は、本体サイトの死者の書コーナーに昔からぽそっと置いてあったものを今回若干修正したもので、日本語の底本となっているのは「世界聖典大全 埃及(エジプト)」という超絶に古い本である。既に著作権切れしてPDF化されたものがインターネットに上がっており、上記リンクから辿れる先で見れるので、興味のある人はどうぞ。
今回、あらためて英訳と付き合わせてみたところ「世界聖典大全 埃及」の時代から細かい単語などがかなり訳し変わっていて、かつては「汚物」とされていた単語が実は「傷」になってたり、「肢体」が「男根」になってたりした。くだんのメジェドは、かつては「マアチェトなる者」とされていた部分のようだ。
さて、修正しつつ読み返していたら、ひとつの問題に気がついた。
メジェド(打ち倒すもの)という単語が出てくるのは【呪文】の中であり、その【呪文】の【意味】として次に続く部分ではなかったのだ。
第17章は、死者が冥界に入るとき唱える壮大なカンペ巻なのだが、呪文+呪文の意味(解釈)という組み合わせが延々と繰り返される構造になっている。
たとえば↓こんなかんじ。
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【呪文】
「我は大なる神にして、自ら己を生める者なり。」
【意味】
然らば、此れは何ぞや。
曰く、ラーなり。(ラー神が神々の父にして創造神とされていた神話を指している)
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この構造に従えば、呪文の中に出てくる名前は神様の本名ではなく形容辞である可能性がある。
厳密に言うと、この構造が崩れている箇所もあるように見えるが、まずは、この長ったらしい17章においては「呪文」と「解説」が交互に入り乱れること、「呪文」の部分では神々の名前が別名で表現されることが多いことを念頭において次に進んでほしい。
では、問題のメジェド登場シーンである。
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【呪文】
「願わくば、彼等の屠殺刀をして、我を支配せしめざらんことを。願わくば、我をして彼等の残忍の機械下に陥らしめざらんことを。何となれば、我は彼等の名を知ればなり。而して我は、オシリスの家に住まう彼等の中に居て、己の眼よりは光を放ちながら、しかも他には見らるることなき打ち倒すもの(ここがメジェドという単語)を知ればなり。彼は天を巡回するに、己の口より出づる焔を着用し、ハピに命令しながら、しかも他に見らるることなし。願わくば、我をしてこの世に於いてラーの前に強からしめ給わんことを。願わくば、我をして幸いにオシリスの前に港に到着し得んことを。願わくは、汝等の供物をして我に欠くるところあらざらしめよ、おお、汝ら、この祭壇を司る者よ、何となれば我はケペルの著書に随いて、全てを統べるものに随う者等の中にあればなり。我は鷹の如くに飛ぶ。我は鵞鳥の如くに鳴く。我は蛇の神ネヘベカウのように永遠を過ごす。」
【意味】
然らば、此れは何ぞや。
己の祭壇を守る者らは、ラーの眼の如く、また、ホルスの眼の如し。
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呪文が長ったらしくてわかんねーよ!!! …はい、簡単にしました。ざっくりまとめると以下のようになります。
「死後の世界は罪人を処刑する恐ろしい神がいるが、彼らに襲われませんように。私はオシリスの家に住む、眼に見えざる"打ち倒すもの"の名を知っているのです。彼は眼から光出したり口から火を吐いたり、ナイルの神ハピに命令したり、超強いよ。彼の助けをかりて無事にオシリス神のもとに行けますように…。」
つまり死後の世界にいるコワイものを、「俺の友達めっちゃ強いんだぜー呼んじゃうぞー? 俺に手ぇ出したら詠んじゃうぞー?」と脅している呪文なわけである。あらなんて
だが、名前呼ぶと来ちゃうので、ここではまだ名前は呼んでいない。この呪文は、味方をしてくれる目に見えなくて空とんで眼から光線を出す神様を召還する呪文ではなく、自分を処刑しにくる敵に対する脅し文句なのだ。その意味で、「The Smiter」=打ち倒すもの は、該当する神の名前ではなく良く知られた肩書き(形容辞)と解釈するのが妥当だろうと思う。
では彼の本名は何なのか。
呪文に続く【意味】の部分には、残念ながらヒントになりそうなものがない。
What does it means?
It means that as for those who are in charge of their braziers, they are the likeness of the Eye of Re and the likeness of the Eye of Horus.
これだけなのだ。この部分は、呪文後半の「この祭壇を司る者よ」にかかる内容と思われ、ラーやホルスの眼のごとく遠くまで見渡せるとか、そういう意味なのだろうなと思う。
ただ呪文の内容からするに、この「メジェド」(The Smiter」=打ち倒すもの)は、ナイルの神ハピからの報告を受けとることになっている。だとすると正体はかなりエライ神様なのではないだろうか。かつ空を飛び、眼から光線を発し、口から火を吐けるという。ということは太陽神系で、もしかするとアメン神あたりなんじゃね? という気がしている。
・アメン神の名前(イメン)の意味は「不可視」を意味する
・太陽神なので光とか火とか出してもOK
・空も飛べる
・えらい(アメン=ラーは最高神)
・メインの信仰地テーベの戦神モントゥの役割も一部引き継いでおり、戦いの神として表現されることがある
アメン神の別名のひとつ「アメン・アシャレヌウ」は「名前に富むものであるアメン」を意味する。「メジェド」がアメン神の別名の一つである可能性は… あるんじゃないかな、少しくらいは(笑) 実際のところどうなんだかは分からないけどね。
オバQみたいな覆いをめくったら、意外と見なれた神様が登場するとか、あるかもしれない。
***********************
なお重要なことだが、「姿の見えない神」に言及されるのは、実はここだけではない。
もう一箇所、メジェド登場シーンより前に「其の形の隠れたる神」という言葉の出てくる部分がある。
【呪文】
おお、汝、汝の卵にある者よ、すなわちラー、汝は汝の太陽面より輝き、汝の地平線に上り、而して天の蒼穹の黄金の如く輝き、また、神々の中に比すべきものの無きが如くに輝く。汝は、帆を上げてシュウの柱、即ち空を渡過し、汝は口より焔の疾風を発し、汝は二の陸地をして、汝の光線を以って赫々たらしむ。願わくば、汝、敬虔なる我(死者の名前)を其の形の隠れたる神より救え。罪人の裁かれる夜にある、大秤の両腕に似たる神より救え。
この呪文に対し、罪人を裁く神の名前が次の「しからば~」に複数挙げられている。
・シェセム
・アポピス
・ホルス(大ホルス)
・ネフェルテム
「しからば~」の部分に神名が複数挙げられているのは、「姿かたちの見えない神なので誰なのかわからない」からのようだ。だから【意味】の部分ではシェセムか、あるいはアポピスか、はたまた人の言うように大ホルスか…」というように続いていく。
挙げられているうちのシェセム神には、「打ち倒すもの」という形容辞が既に知られているのは面白い。邪悪な蛇とされるアポピスも裁く側にいるし。ただ、「大秤の両腕に似たる神」に当てはまりそうな神様がひとりもいないので、実は全部違うのかもしれない、なんせよ襲われたら助からないので誰にも分からないのだ、恐ろしい。
ここの部分をふまえるに、「姿が見えない」は、「眼に見えない」という意味ではなく、単に「誰も会ったことが無い」という意味なのではないか、とも推測できる。
「人づてにそういう神様がいることは知っていて、昔から伝わるカンペとしてこういう呪文はある。でも、呪文の意味するところは良く分からない。」
…だとすると、姿が見えないのはアメン神のような「見えざる(隠れたる)」神だからではなく、オシリスの館から出てこない
なお、この二箇所目の「隠れたる神」の登場する呪文の部分でも、「其の形の隠れたる神」は形容辞の扱いで、本名は別にあり、その名前は続く「然らば、此れは誰ぞや。」の【意味】の部分で名前が挙げられている。よって、やはり「メジェド」の部分も、メジェドという固有名詞ではなく「打ち倒すもの」という形容辞と認識するのが正しいように思う。
つまり、大英博物館出版の英訳で、この「メジェド」の部分を「Smiter」と、固有名詞ではなくおそらくエピセットの扱いで乗せているのは、たぶん妥当なのである。
まあ最初に言ったように、名前だろうが形容辞だろうが、メジェドはメジェドなんですけどね。
*******************
なお、どっかのサイトで見たのだが、この神様がネシタネベトイシェルウの死者の書(=グリーンフィールド・パピルス)にしか出てこない、という情報は間違っている。
文章としては「ネブセニのパピルス」や「アニのパピルス」にもある。イラストとして、この姿で描かれるのが…という意味なのかもしれないが、同時代の同じ章のサンプルを沢山持っているわけではないが、少なくとも別のパピルスで見た覚えはあるので、それも違う。
一ついえることは、グルーンフィールドパピルスは「死者の書」が使われた時代の後期に作成されている。第21王朝の終わりから第22王朝のはじめあたりに生きた人物が持ち主だ。この時代は、エジプト王朝文化の衰退期にあたり、伝統は、古典時代の栄華の残照によってのみ生かされていた。
エジプト美術を知っている人ならよくご存知の通り、このあたりの時代になってくると神々の表現方法がずいぶん変わり、均整の取れた厳密な形式が崩れて…まあ言っちゃうと何なんだがちょっとダサくなってくる。そうした伝統の変容の中で生み出された新しい表現形態なのだとすれば、それ以前の時代の「死者の書」には描かれていないというのはありえる。
それから、この「死者の書・第17章」のタイトルはこうなっている。
「死ののちに死者の国を出入りし、美しき西方でアク(聖霊)となり、日の下に現れ、自分の好みのあらゆる姿に変身して、セネトゲームに興じ、あずまやに座り、生けるバーとして現れる(ための)賞賛と朗誦の始まり」
*グリーンフィールド・パピルスのタイトル一覧より
いまどきのラノベでもこんなタイトルつけねぇよ
荘厳な呪文書と見せかけて、「死後の世界でヒキニート楽々生活したいがためのカンペ」だからねこれ。(笑)
現代風に言うならば「エントリーのち受験し、有名大学に合格し、上京し、イメチェンして、親のすねかじりで四年間遊びほうけるための受験勉強の始まり」…くらいのノリなわけで、お前それ都合よすぎだろpgrって言いたくもなるような内容が死者の書なんである。
エジプト人はこんなもんなので、あまりマジメに考察してはいけない。マジメにやろうとしても途中でどうしても半笑いになってしまう。私も今日これ4時間かけて半笑いでおやつ食べながら書きました。楽しんでいただければ何より。