19世紀のアーサー王伝説/ラファエル前派と伝説の復活
古本屋に積まれていた、ちょいボロい本を買ってきた。
タイトルは「アーサー王伝説万華鏡」、ぱらりとめくると最初のほうはアーサー王写本についての説明、後半は映画やオペラ、さらにアニメや医療器具に使われているアーサー王ゆかりの名前についての雑記。万華鏡というタイトルだけあってごった煮感のある本だが、全般的に芸術について触れているところが多い。アーサー王伝説へのアプローチ方法は多数あるが、文学研究や歴史からのアプローチではなく、アーサー王を題材にした作品からのルートだった。
終わりのほうまで読み進めるまで気が付かなかったが、著者は大学で講義もやってるらしい。
なるほど、初心者にもとっつきやすい語り口なわけだ、と思った。巻末に参考文献をたくさん載せてくれているのもありがたい。しかし19世紀、19世紀とは。そこに絞ってくるアーサー王本はあんまりなかった気がする。
19世紀のアーサー王伝説といえば、17世紀のリアル嗜好によって子供だましと位置づけられ、コティカネット・ヤンキーに乱入されるに至る神話崩壊の中間の時代だと思っていた。ワグナーの「ニーベルンクの指輪」なども、いったん死んだ神話をつぎはぎだらけにして不恰好に蘇らせた紛い物に思えて私には拒絶感がある。(CDを買って説明書片手に聞きなおしてみたが、いまだにクライマックスが腑に落ちない。主人公がハーゲンだと解釈すればまだ納得は出来る。でもそうすると神話ではなくなる)
しかしだからこそ逆にショーソンはアリかもしれない。ワグナーに影響を受けながら脱ワグナー化に成功したというのなら。こんど探してみよう。
ちょっと話が飛んでしまったが、この本のメインは「絵」だと思う。
19世紀、ラファエル前派の描いたアーサー王伝説関連の絵に触れている部分が多い。アーサー王関連の本で一度は目にしたことがあるだろう有名な絵が多数出てきて、「ああ、あの絵はこういう背景があって描かれていたのか…」ということを今さらのように知った。それ以外にも多数の画家が挙げられているが、そうしたアーサー王の絵というのは、実は「中世を模して作られた写本の挿絵だった」というのである。
印刷技術が生まれる前、15世紀半ばまで、「本」といえば手で書き写す写本だ。そして、「基本的に絵本であった」。写本はたいてい絵入りで、きらびやかな装丁や飾り文字などで飾られている。読むと同時に見て楽しむべきもの、それ自体が芸術作品である。高価で数が少ないため、誰かが「読み上げ」、周囲の人が聞くという形式もとられていたらしい。
18世紀半ば、中世趣味がヨーロッパを席巻した際に、そうした中世風の写本のリバイバルのようなものが流行し、豪華な挿絵や装飾をともなう中世風の本が(印刷技術を使って)作られるようになる中で、数百年ほど忘れ去られていたアーサー王伝説も復活したのだという。
つまり、19世紀のアーサー王の絵は、すべてが単独の作品としてあるのではなく、写本の挿絵として残っているもの、またはそれを下書きにして描かれた水彩や油彩もけっこうある、ということだ。
今までは、各写本の中身しか興味がなくて、文章としての差異しか意識してこなかったから、写本ごとに芸術としてのその時代の嗜好が反映されているという視点は、なるほどなと思った。
本の挿絵は、もちろん本職の絵師が描いている。
中世風の写本は、デザイナー、金箔師、カリグラファー、絵師など多数の職人が関わって作られる贅沢な総合芸術だった。考えてみると、15世紀以前でアーサー王のイメージとして伝わっている絵も大半写本の挿絵部分だった。「石に刺さった剣」の刺し方が思ってたのと違ってた件で使った資料絵も写本のイラストばっかりだ。しかして、その挿絵は、本が作られた当時の絵師が思い描いたシーンであり、既にある写本の挿絵を参考にして似せたものでは決してない。時代ごとのイメージを読み取るには、確かにうってつけなのだよな。
なお、同じ総合芸術として戯曲として作られたアーサー王伝説もあり、これまた作曲家、演奏家、歌手や衣装などのデザイナーといった多数の芸術家が関わって生まれるものだが、こちらはそもそも自分が舞台をあんまり見に行かないので絵に比べるととっつきが悪い。
同じく映画も、何本かは見ているが、そもそもそこまで映画通でもないので日本でDVD出てないやつは知らない。プアマンの「エクスカリバー」などはこの本で紹介されているのを見て初めて知ったが、探してまで見たいかというと…うーん。やはり私の食指が動くのは本と絵のほうだな…。
というわけで夏目漱石の「薤露行」だけ入手しておきました。(おい
日本におけるアーサー王伝説の派生版、日本における「流布本サイクル」の一つとでもいうべき「薤露行」については、また今度。
****
それから、ランスロットに恋する「アストラットの乙女」は、正しくは「アスコラットの乙女」であったらしい。
写本のCとTの文字がよく似ていたため、長らく「アストラット」だと勘違いされていたんだとか。著者は「アスコラットに訂正してほしい」と書いていたが、Googleで検索ってみると、「アストラット」10,400 件に「アスコラット」8 件、しかも「アスコラット」のほうは「もしかして:アスコット」と言われる始末。…うーん。まったく定着していなさそうだ。
この検索比率は、ク・ホリンの名前の意味が「クランの犬」なのに「ホリンの犬」だとカン違いされている件より酷い。
これは…もうちょっと頑張らんとあかんのちゃいますかね。
****
なお、六本木でやってたラファエル前派展は、行きそびれました。 ぐぬぬ。圧倒的休日不足。
タイトルは「アーサー王伝説万華鏡」、ぱらりとめくると最初のほうはアーサー王写本についての説明、後半は映画やオペラ、さらにアニメや医療器具に使われているアーサー王ゆかりの名前についての雑記。万華鏡というタイトルだけあってごった煮感のある本だが、全般的に芸術について触れているところが多い。アーサー王伝説へのアプローチ方法は多数あるが、文学研究や歴史からのアプローチではなく、アーサー王を題材にした作品からのルートだった。
終わりのほうまで読み進めるまで気が付かなかったが、著者は大学で講義もやってるらしい。
なるほど、初心者にもとっつきやすい語り口なわけだ、と思った。巻末に参考文献をたくさん載せてくれているのもありがたい。しかし19世紀、19世紀とは。そこに絞ってくるアーサー王本はあんまりなかった気がする。
19世紀のアーサー王伝説といえば、17世紀のリアル嗜好によって子供だましと位置づけられ、コティカネット・ヤンキーに乱入されるに至る神話崩壊の中間の時代だと思っていた。ワグナーの「ニーベルンクの指輪」なども、いったん死んだ神話をつぎはぎだらけにして不恰好に蘇らせた紛い物に思えて私には拒絶感がある。(CDを買って説明書片手に聞きなおしてみたが、いまだにクライマックスが腑に落ちない。主人公がハーゲンだと解釈すればまだ納得は出来る。でもそうすると神話ではなくなる)
しかしだからこそ逆にショーソンはアリかもしれない。ワグナーに影響を受けながら脱ワグナー化に成功したというのなら。こんど探してみよう。
ちょっと話が飛んでしまったが、この本のメインは「絵」だと思う。
19世紀、ラファエル前派の描いたアーサー王伝説関連の絵に触れている部分が多い。アーサー王関連の本で一度は目にしたことがあるだろう有名な絵が多数出てきて、「ああ、あの絵はこういう背景があって描かれていたのか…」ということを今さらのように知った。それ以外にも多数の画家が挙げられているが、そうしたアーサー王の絵というのは、実は「中世を模して作られた写本の挿絵だった」というのである。
印刷技術が生まれる前、15世紀半ばまで、「本」といえば手で書き写す写本だ。そして、「基本的に絵本であった」。写本はたいてい絵入りで、きらびやかな装丁や飾り文字などで飾られている。読むと同時に見て楽しむべきもの、それ自体が芸術作品である。高価で数が少ないため、誰かが「読み上げ」、周囲の人が聞くという形式もとられていたらしい。
18世紀半ば、中世趣味がヨーロッパを席巻した際に、そうした中世風の写本のリバイバルのようなものが流行し、豪華な挿絵や装飾をともなう中世風の本が(印刷技術を使って)作られるようになる中で、数百年ほど忘れ去られていたアーサー王伝説も復活したのだという。
つまり、19世紀のアーサー王の絵は、すべてが単独の作品としてあるのではなく、写本の挿絵として残っているもの、またはそれを下書きにして描かれた水彩や油彩もけっこうある、ということだ。
今までは、各写本の中身しか興味がなくて、文章としての差異しか意識してこなかったから、写本ごとに芸術としてのその時代の嗜好が反映されているという視点は、なるほどなと思った。
本の挿絵は、もちろん本職の絵師が描いている。
中世風の写本は、デザイナー、金箔師、カリグラファー、絵師など多数の職人が関わって作られる贅沢な総合芸術だった。考えてみると、15世紀以前でアーサー王のイメージとして伝わっている絵も大半写本の挿絵部分だった。「石に刺さった剣」の刺し方が思ってたのと違ってた件で使った資料絵も写本のイラストばっかりだ。しかして、その挿絵は、本が作られた当時の絵師が思い描いたシーンであり、既にある写本の挿絵を参考にして似せたものでは決してない。時代ごとのイメージを読み取るには、確かにうってつけなのだよな。
なお、同じ総合芸術として戯曲として作られたアーサー王伝説もあり、これまた作曲家、演奏家、歌手や衣装などのデザイナーといった多数の芸術家が関わって生まれるものだが、こちらはそもそも自分が舞台をあんまり見に行かないので絵に比べるととっつきが悪い。
同じく映画も、何本かは見ているが、そもそもそこまで映画通でもないので日本でDVD出てないやつは知らない。プアマンの「エクスカリバー」などはこの本で紹介されているのを見て初めて知ったが、探してまで見たいかというと…うーん。やはり私の食指が動くのは本と絵のほうだな…。
というわけで夏目漱石の「薤露行」だけ入手しておきました。(おい
日本におけるアーサー王伝説の派生版、日本における「流布本サイクル」の一つとでもいうべき「薤露行」については、また今度。
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それから、ランスロットに恋する「アストラットの乙女」は、正しくは「アスコラットの乙女」であったらしい。
写本のCとTの文字がよく似ていたため、長らく「アストラット」だと勘違いされていたんだとか。著者は「アスコラットに訂正してほしい」と書いていたが、Googleで検索ってみると、「アストラット」10,400 件に「アスコラット」8 件、しかも「アスコラット」のほうは「もしかして:アスコット」と言われる始末。…うーん。まったく定着していなさそうだ。
この検索比率は、ク・ホリンの名前の意味が「クランの犬」なのに「ホリンの犬」だとカン違いされている件より酷い。
これは…もうちょっと頑張らんとあかんのちゃいますかね。
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なお、六本木でやってたラファエル前派展は、行きそびれました。 ぐぬぬ。圧倒的休日不足。