(メモ) アシュート・プロジェクト/ドイツ隊発掘現場の情報
こんど講演をやるらしい。
「アシュート・プロジェクト:第10次調査までの活動報告」
http://aom-tokyo.com/event/140412.html
とのこと。
講演者はヨヘム・アルバート・カール(Jochem Albert KAHL)博士、ゲベル・アシュート・アルガルビのつづりは「Gebel Asyut al-Gharbi」。ドイツ語の情報がざくざく出てきますが…ええあぁ…昔から発掘やってるのでドイツ語の資料もけっこうありますよね読めねe
とりあえず公式。英語表記なので、ここは分かる。
The Asyut Project
http://www.aegyptologie-altorientalistik.uni-mainz.de/139.php
わんこの墓情報…なぜだなぜ写真がない!(机ばんばん) わんこ!!
The Tomb of the Dogs
http://www.aegyptologie-altorientalistik.uni-mainz.de/509.php
***************
アシュートといえば、黒い犬の姿をとる神ウプウアウトを守護神としていて、神聖な動物であるイヌのミイラが多数発見されている場所。ウプウアウトのもう一つの名前「セド」は、王位更新祭と和訳される「セド祭」にも使われており、セド祭自体は古王国時代からやってたことが確実な儀式。
ジェセル王の階段ピラミッドの中庭にも、セド祭の際に使われたと思われるBの形をした遺構が残されている。
なのにこのアシュートの遺跡は第一中間期(第9王朝)以降のものしか見つかっていない…。というのが、昔から疑問だったんですよね。なんでもっと古い時代のが無いんだと。
でも遺構の地図見てたら、なんとなく思った。現在のアシュートの町が古代のアシュートの町にモロ被りなんだよね。遺構はぜんぶ掘れないとこに隠れてるか、既に破壊され尽してるってことなのかなー…。遺構の再利用を繰り返して、古い時代のものを上書きしてる可能性もありそうだし。
あとアシュートは、キリスト教関連の遺跡(?)もあるですよ。
幼子イエスを連れたマリアがここまで逃亡してきて休息したという聖家族伝説がありましてですね。なので古い教会もあったり。
なんでこんな伝説が生まれたのかは、アシュートを含む中部エジプトはキリスト教徒(コプト)率が高いことに関連してそう。
中部エジプトにコプト教徒が多いのは、エジプト全体がイスラム化した際、人頭税(ジズヤ)を支払えば改宗しなくてもいーよってことになったけど、支払える財力の無い貧しい人たちが改宗を拒んで移住したから…と言われます。ただ、単にアレキサンドリアやカイロのような開けた大都市から遠い田舎なので昔のままの宗教で残った、とかいうのもありそう。南部エジプトもキリスト教徒は多めだし。
そんなわけで、古代から現代まで連綿と人の住み続けているアシュートは、確かに、古代のエジプト時代(エジプト宗教)から、ローマ(キリスト教時代)、その後~現代(イスラム教時代)へと至る変遷を辿れる場所だと思います。
まあね…近ければホイホイいけるんだけどね…。。
「アシュート・プロジェクト:第10次調査までの活動報告」
http://aom-tokyo.com/event/140412.html
エジプト・アラブ共和国の首都カイロから375キロ南方に位置するアシュート市、そして市の西方に位置する山、ゲベル・アシュート・アルガルビ(以下ゲベル・アシュート)は、古代からこの地域の中心でした。古代アシュートの町がいまだアシュート市街の地下に眠り続ける一方で、ゲベル・アシュートには過去5000年間に築かれた墓、神殿、修道院、採石場、軍事施設が残っており、アシュート市に関する歴史情報の源となっています。 ドイツ・エジプト合同調査隊は、ドイツ研究振興財団の助成を受け、これまで10年に渡ってゲベル・アシュートにおいて調査を行い、その結果アシュートについてのみならず、古代エジプトに関する基幹的な情報を蓄積してきました。
本講演では、過去11年間のゲベル・アシュート調査で得られた成果に基づき、古代エジプト中王国時代からローマ時代に至るまでの新たな知見を幅広くご紹介します。
とのこと。
講演者はヨヘム・アルバート・カール(Jochem Albert KAHL)博士、ゲベル・アシュート・アルガルビのつづりは「Gebel Asyut al-Gharbi」。ドイツ語の情報がざくざく出てきますが…ええあぁ…昔から発掘やってるのでドイツ語の資料もけっこうありますよね読めねe
とりあえず公式。英語表記なので、ここは分かる。
The Asyut Project
http://www.aegyptologie-altorientalistik.uni-mainz.de/139.php
わんこの墓情報…なぜだなぜ写真がない!(机ばんばん) わんこ!!
The Tomb of the Dogs
http://www.aegyptologie-altorientalistik.uni-mainz.de/509.php
***************
アシュートといえば、黒い犬の姿をとる神ウプウアウトを守護神としていて、神聖な動物であるイヌのミイラが多数発見されている場所。ウプウアウトのもう一つの名前「セド」は、王位更新祭と和訳される「セド祭」にも使われており、セド祭自体は古王国時代からやってたことが確実な儀式。
ジェセル王の階段ピラミッドの中庭にも、セド祭の際に使われたと思われるBの形をした遺構が残されている。
なのにこのアシュートの遺跡は第一中間期(第9王朝)以降のものしか見つかっていない…。というのが、昔から疑問だったんですよね。なんでもっと古い時代のが無いんだと。
でも遺構の地図見てたら、なんとなく思った。現在のアシュートの町が古代のアシュートの町にモロ被りなんだよね。遺構はぜんぶ掘れないとこに隠れてるか、既に破壊され尽してるってことなのかなー…。遺構の再利用を繰り返して、古い時代のものを上書きしてる可能性もありそうだし。
あとアシュートは、キリスト教関連の遺跡(?)もあるですよ。
幼子イエスを連れたマリアがここまで逃亡してきて休息したという聖家族伝説がありましてですね。なので古い教会もあったり。
なんでこんな伝説が生まれたのかは、アシュートを含む中部エジプトはキリスト教徒(コプト)率が高いことに関連してそう。
中部エジプトにコプト教徒が多いのは、エジプト全体がイスラム化した際、人頭税(ジズヤ)を支払えば改宗しなくてもいーよってことになったけど、支払える財力の無い貧しい人たちが改宗を拒んで移住したから…と言われます。ただ、単にアレキサンドリアやカイロのような開けた大都市から遠い田舎なので昔のままの宗教で残った、とかいうのもありそう。南部エジプトもキリスト教徒は多めだし。
そんなわけで、古代から現代まで連綿と人の住み続けているアシュートは、確かに、古代のエジプト時代(エジプト宗教)から、ローマ(キリスト教時代)、その後~現代(イスラム教時代)へと至る変遷を辿れる場所だと思います。
まあね…近ければホイホイいけるんだけどね…。。