トール・ヘイエルダールの冒険記「アク・アク」を読んでみた。

今更感があるが通しで読んで見たことがなかったのと、古本屋の入り口にお安く積まれていたので手にとってみた「アク・アク」。文庫の冒頭の解説によれば、日本で出版されたのは昭和33年が最初だという。しかしヘイエルダールがなぜイースター島を目指したのか、彼が信じていた説はどのようなものだったのか、という概説は何も書かれていなかった。当時それらの情報は既によく知られていたから、ということなのだろうか。

アク・アク―孤島イースター島の秘密 (現代教養文庫)
社会思想社
トール ヘイエルダール

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ヘイエルダールの業績事態は冒険者にとっては金字塔だが、考古学的な説は今となっては古典であり、既に否定され尽くしたものとなっている。そのため、今日日の読者にとっては「誰?」って感じなんじゃないかとも思う。
まあWikipediaとかで適当にググれば情報は出てくるんですけど。

「トール・ヘイエルダール」は、前世紀の探検家でノルウェー人の探検家。(※考古学者ではない。なぜか考古学者と紹介されていることがあるが、探検家・冒険家というのが妥当な肩書き)

名前と出身国からしてヴァイキングの子孫なんだろうなと察することが出来るが、実際、やってることはかなりアクティヴで、ある意味フロンティア精神の塊みたいな人である。

彼は、イースター島の住民は南米から移住したのだと信じて、実際にイカダを作って南米からポリネシアにむけて太平洋を漂流した。その記録が、この「アク・アク」の出版される以前に出された「コン・ティキ号探検記」だ。ちなみに今回読んだ「アク・アク」はイカダのコン・ティキ号での漂流のあと、同じ名前をつけた近代的な船でイースター島を訪れて長期滞在した際の探検日誌である。

コン・ティキ号探検記 (河出文庫)
河出書房新社
2013-05-08
トール・ヘイエルダール

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このくらいならまだ分かるが、「南米の文明はエジプト人が築いたものだ」と信じて、パピルス船「ラー号」でモロッコからカリブ海を目指した探検記などはもう完全にアホである。嫌いじゃないけど。前提がなんかおかしい(笑) 思いつくくらいならよくあるが、それ実際にやっちゃうんですか、と…。

葦舟ラー号航海記
草思社
トール・ヘイエルダール

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現在では、というより私が物心つくくらいの時代には、これらヘイエルダール説はとっくに否定されていて、既に古典扱いだったが、最初に冒険記が出版された頃は、多くの人が彼の説を信じたようだ。実際に証明できたではないか、と。

だが、ヘイエルダールの航海は、「行く手に必ず陸地がある」ことを知っていて、目的地まで決めての旅だった。新天地を目指した古代人たちは、海の向こうに何があるかを知らなかった。
ヴァイキングがアイスランドを見つけられたのは、ノルウェーからブリテン島へ向かおうとした船が難破して流されてたまたまたどり着いたからだった。グリーンランドを見つけたのは、アイスランドが狭くなり、別の新天地を探す必要にかられたからだった。そうした「切迫した理由」もなしに、何もない海原に、いきなり何千キロも旅することはありえない。南米人が海に出るなら、いきなりイースター島に行くよりはガラパゴス島に行っただろうし、エジプト人はまず陸伝いに移住したと思う。

総じて、冒険ヤローがやらかした大冒険譚としては面白いが、科学的知見は薄く、学術的な興味はほとんど満たしてくれない。キッツい言い方すれば、どっかのバラエティでやってた、エベレストに挑んで失敗して指切断するとかしないとか騒いだ登山家の番組みたいな需要なのだと思う。

ヘイエルダールは探険家なのでしょうがないのだろうが、調査した内容があまりにも適当な記載なのには閉口した。
村人から集めた石像の内訳のリストも正確な大きさの記載もなければ、それをどうやって保存したかとか、材質の石は何だったのか言及されていない。ひたすら「xxさんが石を持ってきた。」「それはxxな感じだった。」ばかり繰り返されても困る。「アク・アク」の中でやっていることは、調査とは名ばかりの宝探しを兼ねた冒険旅行である。

せめて村人に見せられて写真に撮ったというロンゴロンゴの本だけでも載っていればまだ良かったのだが、一部がメモ書きとして収録されているだけで、資料には使えない。これは日本語版の文庫本の限界なのか、ヘイエルダールがきちんとした調査報告書を作っていなかっただけなのか。もやもやだけが残る。どうしてこの本がベストセラーになったのかがよく分からない。

イースター島の島民から血液サンプルもらってるのに、血液型の分析しかしていなくて、しかも結論を間違えているっていうのも一体どういうことなの…。当時は遺伝子解析の技術がまだ無かったからなのだろうか。それかサンプル管理が不適切だったとかだろうか。勿体無い、回収した資料がちゃんと活かせていないのが実に勿体無い。

村人に倒れていたモアイ像を起こす実験をしてもらったところや、埋もれていたモアイ像の下の部分を掘り出してみたことなどは面白いし評価も出来るが、それ以外の部分が冗長で、何の根拠もなく信じていることも多く、(長耳族と短耳族は別種の人間で、長耳族は赤毛だった、など) あまり楽しい本ではなかった。
これならまだ、シュリーマンの「古代への情熱」のほうが面白かったかな…。

ちなみに、本人に悪気はないのだろうが、ヘイエルダールが現地民をあからさまに見下しているように感じるところも少し不愉快だった。時代が時代なので、白人至上主義的な考え方や、「未開地」「土人」という感覚が罪悪感なしに持たれていたのだろうとは思うのだが。


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ついでなので、ヘイエルダールが知らなかった話として、未知なる島を探すときは風上に向かう、というポリネシアの航海術を補足しておく。

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長距離航海するさいは帆船で海に出るが、帆に受けた風だけが動力源の船は風上に真っ直ぐ向かうことは出来ない。そこで風に対してナナメにスイッチバック的な動きを繰り返しながら進んでゆく。これは現代のヨットでも同じだ。

スイッチバックすることによって、時間はかかるが、周囲の海を「面」で確認することが出来る。真っ直ぐに目的地に向かうより幅広い範囲を同時に探索できるため、未知の海域では便利なのだという。

風上に向かう航路の場合、もちろん帰りは順風となる。航海にはトラブルがつきものだ。食料や水が少なくなるか、急病人が出て急いで引き返さねばならないときもある。そんなとき、帰りが順風であれば、帆を上げて一気に距離を稼ぐことが出来る。

次の陸地がどこにあるか分からない場合は、逆風に向かうほうが生存率を上げることができるのだ。


だから、「順風なんだから季節風に乗って南米大陸からイースター島目指したほうが楽だろう」というヘイエルダールの考え方は、そもそも根本から間違っている。順風で未知の陸地にたどり着けるとしたら、アイスランドを見つけたときのように航路を見失って流された時だけだろうが、南米からイースター島まで流されるのはあまりに遠すぎる。そして先人たちも指摘したように、陸沿いを流れるフンボルト海流を越えるのは難しかっただろうと思う。

と、このように、今となってはツッコみどころ満載なのだが、ヘイエルダールが冒険したのは今から50年以上前。それもまた時代というものか。


実験考古学自体は楽しいと思うんだけどねえ。
思いつきでなんかやっちゃって再現性や妥当性が検証できないのは今はもう許されないよね…。

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