三笠宮殿下米寿記念論集 気になったところメモ Part.1
論文集かと思ってたけど半分以上が研究者の日記、大学の紀要の雰囲気。
さすがにこの広範囲に渡る論集ぜんぶ理解は出来ないけど、分かる部分で気になったのをメモっていく。
収録内容の目次はこのへんから。
http://honto.jp/netstore/pd-worklist_0602509840.html
★アヴァールとその環頭大刀
フン族の去ったあとハンガリー付近にやってきたのがアヴァール族、フン族と同じく自分たちの記録を残さなかったのでアジア人とも言われるが系統不明な騎馬民族。フン族の一派と考えられることもある。
そのアヴァールだが組織戦に長けていたためビザンティンの戦術にも少なからず影響を与えたとされる。
でここで重要なのが、フン族は鐙を使っていなかったけどアヴァールの墓からは出てきているという話。ヨーロッパでは4-5世紀まで鐙がなく、登場するのはアヴァールの侵入が契機とされているという。あっここなんだ、という感じ。
ちなみに中国でも鐙の普及は4世紀、中央アジアは6世紀の突厥侵入で鐙の使用が始まるらしい。
あと大刀の比較とかもあるけどそれははしょって…
"6-7世紀という時点で東欧のハンガリー平原から日本列島まで、ユーラシアの世界の東西にきわめて良く似た武器、武具、馬具が広まったことは非常に興味深い現象であり、この時期――突厥帝国をはじめとする遊牧帝国の発展と北朝――隋唐など胡系の血統をひく中国諸王朝の成立にその背景を求めるべきであるかもしれない。"
なるほどと思った。ここで東西が繋がるのか。
★知恵の足跡
巨大な足跡が床石に刻まれたアイン・ダラ神殿の話。アッシリア軍に破壊され、床石もほとんどなくなっているが、足跡の部分だけは無傷で残されているという。神殿が破壊されていて何の髪に捧げられていたか分からないため、足跡の意味するところは不明らしいが、日本人だと仏足石っぽいと思う人が多いらしい。確かに。
面白いなと思ったのはついでに書かれているイスラエルの樹木信仰の話で、樹木がアシェラ女神の象徴だったので人々は木陰で女神に祈っていたという話。イスラエルではバアル信仰と並んで異教として糾弾されたが、木陰で祈っている人が祈る対象がヤハウェかアシェラかは本人にしか分からず、樹木は荒野では貴重なものだったので偶像崇拝対象として伐れなかったという。
これうまいよなーと思った。ていうかヤハウェってのも、もともと色んな神様をいいとこどりした集合体としてスタートしたわけで、他の神様を排除する必要なんか本当はなかったんじゃないのかという気がする。
★一六三二年にアンコール・ワットを訪れた森本右近太夫一房の消息
現存するアンコール・ワットの最古の平面図が日本人の描いたものとは知らなかった。17世紀前半のものだという。名称が「祇園精舎」になっていて、寺の雰囲気が日本風なのに、構造はバッチリ正確に描かれているのが面白い。
タイトルになっている「森本右近太夫」はアンコール・ワットに墨字の落書きを残した人。朱印船貿易で、あるいはキリシタン弾圧から逃れるためなどで、17世紀には既に多くの日本人が訪れていたことがわかる。
アンコール・ワットの図面が書かれた17世紀前半は、日本がキリシタン弾圧をして鎖国に向かっていく時代で、帰国者は死罪にされたため図面作成者も偽名で、渡航歴を隠していたのではないかという。誰が描いたにせよ、良い仕事をしたと思う。
★蛙神事の源流
本筋とは関係ない部分だが、
"古代エジプトのファラオの儀式では、参加者はそれぞれ祖先獣の面をつけて参加した。因みにソポタミアでは、祖先獣は鳥獣で表される以外に、各種の草や花でも表された。"
ここの部分の出所が謎。なんのこっちゃ。
祖先が獣とかいう思想なかった筈だけどな・・・
古来より羊と蛙は一体とされた。と言ってエジプトのクヌム神とヘケト女神の夫婦を挙げているのも良く分からない。クヌム神はサティスなど別の女神を妻とすることもあるし、ほかの羊神は蛙とセットになっていない。この夫婦はどちらも生殖の神だからセットにされたのであって、祖霊信仰ではないと思う。
日本周辺の神話での蛙の話はいいとして、全く文化圏の違うエジプトやオリエントを同列で語るのはだいぶ無理がある…
★ペルシア文学における女性像の昇華
イランの恋愛文学は読んだことがないがあらすじからしてどれも面白そう。
「トリスタン・イズー物語」に似た構造を持つ作品「ヴィースとラーミーン」は、邪魔な老王が都合よく死に、王位を継いだラーミーンとヒロインのヴィースが結ばれて幸せに長く暮らしましためでたしめでたし、で終わっているあたりが新しい。
強く賢い女性「シーリーン」も新しい。あらすじ的に近いのは「エレックとエニード」だが、エドと違って後ろを黙ってついていくだけではないシーリーン。
「ライラとマジュヌーン」はさしづめグウィネヴィアとランスロットか。
ペルシア文学と、中世ヨーロッパの騎士文学とを比較してみると面白そうだなと思った。
さすがにこの広範囲に渡る論集ぜんぶ理解は出来ないけど、分かる部分で気になったのをメモっていく。
収録内容の目次はこのへんから。
http://honto.jp/netstore/pd-worklist_0602509840.html
★アヴァールとその環頭大刀
フン族の去ったあとハンガリー付近にやってきたのがアヴァール族、フン族と同じく自分たちの記録を残さなかったのでアジア人とも言われるが系統不明な騎馬民族。フン族の一派と考えられることもある。
そのアヴァールだが組織戦に長けていたためビザンティンの戦術にも少なからず影響を与えたとされる。
でここで重要なのが、フン族は鐙を使っていなかったけどアヴァールの墓からは出てきているという話。ヨーロッパでは4-5世紀まで鐙がなく、登場するのはアヴァールの侵入が契機とされているという。あっここなんだ、という感じ。
ちなみに中国でも鐙の普及は4世紀、中央アジアは6世紀の突厥侵入で鐙の使用が始まるらしい。
あと大刀の比較とかもあるけどそれははしょって…
"6-7世紀という時点で東欧のハンガリー平原から日本列島まで、ユーラシアの世界の東西にきわめて良く似た武器、武具、馬具が広まったことは非常に興味深い現象であり、この時期――突厥帝国をはじめとする遊牧帝国の発展と北朝――隋唐など胡系の血統をひく中国諸王朝の成立にその背景を求めるべきであるかもしれない。"
なるほどと思った。ここで東西が繋がるのか。
★知恵の足跡
巨大な足跡が床石に刻まれたアイン・ダラ神殿の話。アッシリア軍に破壊され、床石もほとんどなくなっているが、足跡の部分だけは無傷で残されているという。神殿が破壊されていて何の髪に捧げられていたか分からないため、足跡の意味するところは不明らしいが、日本人だと仏足石っぽいと思う人が多いらしい。確かに。
面白いなと思ったのはついでに書かれているイスラエルの樹木信仰の話で、樹木がアシェラ女神の象徴だったので人々は木陰で女神に祈っていたという話。イスラエルではバアル信仰と並んで異教として糾弾されたが、木陰で祈っている人が祈る対象がヤハウェかアシェラかは本人にしか分からず、樹木は荒野では貴重なものだったので偶像崇拝対象として伐れなかったという。
これうまいよなーと思った。ていうかヤハウェってのも、もともと色んな神様をいいとこどりした集合体としてスタートしたわけで、他の神様を排除する必要なんか本当はなかったんじゃないのかという気がする。
★一六三二年にアンコール・ワットを訪れた森本右近太夫一房の消息
現存するアンコール・ワットの最古の平面図が日本人の描いたものとは知らなかった。17世紀前半のものだという。名称が「祇園精舎」になっていて、寺の雰囲気が日本風なのに、構造はバッチリ正確に描かれているのが面白い。
タイトルになっている「森本右近太夫」はアンコール・ワットに墨字の落書きを残した人。朱印船貿易で、あるいはキリシタン弾圧から逃れるためなどで、17世紀には既に多くの日本人が訪れていたことがわかる。
アンコール・ワットの図面が書かれた17世紀前半は、日本がキリシタン弾圧をして鎖国に向かっていく時代で、帰国者は死罪にされたため図面作成者も偽名で、渡航歴を隠していたのではないかという。誰が描いたにせよ、良い仕事をしたと思う。
★蛙神事の源流
本筋とは関係ない部分だが、
"古代エジプトのファラオの儀式では、参加者はそれぞれ祖先獣の面をつけて参加した。因みにソポタミアでは、祖先獣は鳥獣で表される以外に、各種の草や花でも表された。"
ここの部分の出所が謎。なんのこっちゃ。
祖先が獣とかいう思想なかった筈だけどな・・・
古来より羊と蛙は一体とされた。と言ってエジプトのクヌム神とヘケト女神の夫婦を挙げているのも良く分からない。クヌム神はサティスなど別の女神を妻とすることもあるし、ほかの羊神は蛙とセットになっていない。この夫婦はどちらも生殖の神だからセットにされたのであって、祖霊信仰ではないと思う。
日本周辺の神話での蛙の話はいいとして、全く文化圏の違うエジプトやオリエントを同列で語るのはだいぶ無理がある…
★ペルシア文学における女性像の昇華
イランの恋愛文学は読んだことがないがあらすじからしてどれも面白そう。
「トリスタン・イズー物語」に似た構造を持つ作品「ヴィースとラーミーン」は、邪魔な老王が都合よく死に、王位を継いだラーミーンとヒロインのヴィースが結ばれて幸せに長く暮らしましためでたしめでたし、で終わっているあたりが新しい。
強く賢い女性「シーリーン」も新しい。あらすじ的に近いのは「エレックとエニード」だが、エドと違って後ろを黙ってついていくだけではないシーリーン。
「ライラとマジュヌーン」はさしづめグウィネヴィアとランスロットか。
ペルシア文学と、中世ヨーロッパの騎士文学とを比較してみると面白そうだなと思った。

