古代エジプトネタ映画&マンガ& 小説反省会。最低限ここはチェックしよう!
こないだ見たエクソダスが細かいところツッコむ気も失くすようなガチ糞だったので書いてみた、とかそういうわけではありません。いや多少はそれも原因だけど。
日本がネタの創作物で、凄まじい勘違いをされたナンチャッテ日本が出てきたらゲンナリしませんか? シリアス映画なのに将軍がゴールドセイントみたいな鎧着て白馬に乗って現れたり、殿様の家の屋根に金のしゃちほこ載ってたりしたらゲンナリしませんか?
古代エジプトネタの創作物の幾つかは、今まさにそんな状況です。
ネットでちょっとググればわかんだろおめー、って時代になっても未だにツタンカーメンの時代にはピラミッドなんてもう作られてなかったということすら知らない作者もいます。
それではいかんのですよ
というわけで、古代エジプトネタの創作をする皆さん。
最低限ここらへんのポイントは押さえて置いてください! そうするとエジプトマニア歓喜、知ってる人からはほうちゃんとやってるじゃないかと感心され、こちとらも余計なツッコミの手間も省けてみんな幸せ。
●ピラミッドが造られていた年代
古代エジプト王国の歴史は約三千年。
そのうち、大規模なピラミッドが造られていたのは第四王朝から第五王朝(一部は第六王朝)です。
ざっくり 紀元前2600年くらい~2200年くらい。
ツタンカーメンが生きていたのは 紀元前1300年代半ば。
クレオパトラ7世が生きていたのは 紀元前100年半ば。
1000年違えば全く同じ世界じゃないことは普通分かりますよね。
※細かい年代は学説によって前後します。また研究によって常に変化します。よってここでは±100年くらいの大雑把な範囲にしました
●馬は新王国時代第二中間期終わりまでいません。馬には乗りません。
エジプトものの創作物でよく間違われるNo.1が馬ですね。
古代エジプト人は一般的に馬には乗りません。 ここ重要です。
そしてラメセス2世の凱旋碑文などで有名な二頭立てチャリオットも元々エジプトにあったものではなく、アジア方面から馬と一緒に輸入された概念で、新王国時代まで 新王国時代直前の第二中間期末期までは存在しませんでした。(※今後の研究によって遡る可能性はありますが、土着の生き物ではありません)
[>参考
古代エジプトにおけるウマ利用についてのまとめ
もとはお正月の時事ネタ特集ですが。
ウマが飼育される前から戦車はあったのか。ロバ式荷車からチャリオットに至る紀元前の戦争風景
そもそも戦車に使う車輪を開発するところからスタートっていう話。
ちなみに騎乗に使う鐙やハミも、簡単に見えますが発明されたのはかなり後の時代なんで、古代エジプトの全盛期にはそんなものありませんでした。
●ファラオの服装
黄金のマスクのイメージなのか、やたら華美な服にされることの多いフォラオ様。でもね、キンキンキラキラな黄金の服装は普段着じゃないです! あれ死に装束ですから! つーか普段から黄金なんて重たいもんつけて動き回ってたら死ぬぞ。儀礼的にちょびっとつけるのはあったかもしれませんが。
[>参考:
ナショジオの服装再現など基本情報
服飾についての資料はここから辿ってね。
ツタンカーメンの衣装展
実際にツタン様が着用した衣装の再現が展示されていました。
ちなみに「ファラオ」という呼び名が使われ始めるのは新王国時代からで、それ以前の時代はファラオという呼び名はなかったりします。碑文に使われている名称だと「ネスゥ」とかですかね。
●王宮と神殿は違う
エジプトネタで多い勘違いNo.2くらい。神殿のデザインを王宮に使っちゃってるケースがよくあります。カルナック・ルクソール神殿など、現在エジプトに残されている多くの遺跡は神殿です。住居ではありません。オベリスクの突っ立ってる中庭でファラオ様がくつろぐとか、スフィンクスの並ぶ参道を戦車が爆走するとかいうこともありませんから(笑)
自宅たる王宮は、神殿と違って恒久的に保存する必要がなかったためか泥レンガで造られていました。(ここポイント。素材は民家と同じだったんですよ!)そのためあまりブツが残っていないのですが、神殿よりシンプルな作りだったようです。
マルカタ王宮なんかは日本の発掘隊がたずさわってたりするので、探せば日本語資料もあります。
[>参考
発掘資料から。
あとこの本が詳しいです。誤字脱字多いんですけども(´・ω・`)
●通貨はない
古代エジプト世界は物々交換です。
通貨が初めて使われるのは末期王朝時代にギリシャ人入植地として作られたナウクラティスで、しかも全国通過ではなくその町の貿易限定の通貨でした。
●砂漠はサラサラじゃない
サラサラの砂があるのはサハラの真ん中のほうっすね。エジプトの河川近辺は石ゴツゴツです。町を出たら足元は石いっぱい落ちてます… どれかピラミッド見に行けば足元の地面で実感できるかと。
ざりざりします。
というわけで、「最低限ここはどうにかしてくれ!」な点を挙げてみました。
細かいことをいえば、他にも
・ピラミッドは町のド真ん中にあるわけじゃない
・ラクダが登場するのはアラブ人が来てから
・ニワトリの輸入は新王国時代から
・砂糖、とうがらし、タバコなどもない
木材の乏しい地域なので家具は少ない
等々、色々あるんですがまぁそこはそれ。とりあえず金ぴかファラオ様が馬に乗ってルクソール神殿風の王宮から颯爽と駆け出していくような、どこからつっこんだらええねん的なシーンは、いい加減リアルな方向に修正されてもいいんじゃないかなあとか思うのですよ。
*****************
なお、ここに書いた資料は必ずしも恒久的に正しいとは限らないです。
今後の研究次第で大きく変わる部分もあるかもしれませんし、私が勘違いで書き間違えている可能性もあります。ただ、ポイント(観点)としては変化しませんので、ここは抑えましょう。そーするとナンチャッテエジプトがリアルっぽいエジプトにグッと近づくはずです。
恐れることはありません。古代エジプトは日本語資料も(それなりに)豊富ですし、イメージもはっきりしていて、創作のネタには使いやすいと思うのですよ。さぁあなたもこっち側へ…調べてそしてハマってしまうのです…
レッツトライ!
日本がネタの創作物で、凄まじい勘違いをされたナンチャッテ日本が出てきたらゲンナリしませんか? シリアス映画なのに将軍がゴールドセイントみたいな鎧着て白馬に乗って現れたり、殿様の家の屋根に金のしゃちほこ載ってたりしたらゲンナリしませんか?
古代エジプトネタの創作物の幾つかは、今まさにそんな状況です。
ネットでちょっとググればわかんだろおめー、って時代になっても未だにツタンカーメンの時代にはピラミッドなんてもう作られてなかったということすら知らない作者もいます。
それではいかんのですよ
というわけで、古代エジプトネタの創作をする皆さん。
最低限ここらへんのポイントは押さえて置いてください! そうするとエジプトマニア歓喜、知ってる人からはほうちゃんとやってるじゃないかと感心され、こちとらも余計なツッコミの手間も省けてみんな幸せ。
●ピラミッドが造られていた年代
古代エジプト王国の歴史は約三千年。
そのうち、大規模なピラミッドが造られていたのは第四王朝から第五王朝(一部は第六王朝)です。
ざっくり 紀元前2600年くらい~2200年くらい。
ツタンカーメンが生きていたのは 紀元前1300年代半ば。
クレオパトラ7世が生きていたのは 紀元前100年半ば。
1000年違えば全く同じ世界じゃないことは普通分かりますよね。
※細かい年代は学説によって前後します。また研究によって常に変化します。よってここでは±100年くらいの大雑把な範囲にしました
●馬は
エジプトものの創作物でよく間違われるNo.1が馬ですね。
古代エジプト人は一般的に馬には乗りません。 ここ重要です。
そしてラメセス2世の凱旋碑文などで有名な二頭立てチャリオットも元々エジプトにあったものではなく、アジア方面から馬と一緒に輸入された概念で、
[>参考
古代エジプトにおけるウマ利用についてのまとめ
もとはお正月の時事ネタ特集ですが。
ウマが飼育される前から戦車はあったのか。ロバ式荷車からチャリオットに至る紀元前の戦争風景
そもそも戦車に使う車輪を開発するところからスタートっていう話。
ちなみに騎乗に使う鐙やハミも、簡単に見えますが発明されたのはかなり後の時代なんで、古代エジプトの全盛期にはそんなものありませんでした。
●ファラオの服装
黄金のマスクのイメージなのか、やたら華美な服にされることの多いフォラオ様。でもね、キンキンキラキラな黄金の服装は普段着じゃないです! あれ死に装束ですから! つーか普段から黄金なんて重たいもんつけて動き回ってたら死ぬぞ。儀礼的にちょびっとつけるのはあったかもしれませんが。
[>参考:
ナショジオの服装再現など基本情報
服飾についての資料はここから辿ってね。
ツタンカーメンの衣装展
実際にツタン様が着用した衣装の再現が展示されていました。
ちなみに「ファラオ」という呼び名が使われ始めるのは新王国時代からで、それ以前の時代はファラオという呼び名はなかったりします。碑文に使われている名称だと「ネスゥ」とかですかね。
●王宮と神殿は違う
エジプトネタで多い勘違いNo.2くらい。神殿のデザインを王宮に使っちゃってるケースがよくあります。カルナック・ルクソール神殿など、現在エジプトに残されている多くの遺跡は神殿です。住居ではありません。オベリスクの突っ立ってる中庭でファラオ様がくつろぐとか、スフィンクスの並ぶ参道を戦車が爆走するとかいうこともありませんから(笑)
自宅たる王宮は、神殿と違って恒久的に保存する必要がなかったためか泥レンガで造られていました。(ここポイント。素材は民家と同じだったんですよ!)そのためあまりブツが残っていないのですが、神殿よりシンプルな作りだったようです。
マルカタ王宮なんかは日本の発掘隊がたずさわってたりするので、探せば日本語資料もあります。
[>参考
発掘資料から。
あとこの本が詳しいです。誤字脱字多いんですけども(´・ω・`)
●通貨はない
古代エジプト世界は物々交換です。
通貨が初めて使われるのは末期王朝時代にギリシャ人入植地として作られたナウクラティスで、しかも全国通過ではなくその町の貿易限定の通貨でした。
●砂漠はサラサラじゃない
サラサラの砂があるのはサハラの真ん中のほうっすね。エジプトの河川近辺は石ゴツゴツです。町を出たら足元は石いっぱい落ちてます… どれかピラミッド見に行けば足元の地面で実感できるかと。
ざりざりします。
というわけで、「最低限ここはどうにかしてくれ!」な点を挙げてみました。
細かいことをいえば、他にも
・ピラミッドは町のド真ん中にあるわけじゃない
・ラクダが登場するのはアラブ人が来てから
・ニワトリの輸入は新王国時代から
・砂糖、とうがらし、タバコなどもない
木材の乏しい地域なので家具は少ない
等々、色々あるんですがまぁそこはそれ。とりあえず金ぴかファラオ様が馬に乗ってルクソール神殿風の王宮から颯爽と駆け出していくような、どこからつっこんだらええねん的なシーンは、いい加減リアルな方向に修正されてもいいんじゃないかなあとか思うのですよ。
*****************
なお、ここに書いた資料は必ずしも恒久的に正しいとは限らないです。
今後の研究次第で大きく変わる部分もあるかもしれませんし、私が勘違いで書き間違えている可能性もあります。ただ、ポイント(観点)としては変化しませんので、ここは抑えましょう。そーするとナンチャッテエジプトがリアルっぽいエジプトにグッと近づくはずです。
恐れることはありません。古代エジプトは日本語資料も(それなりに)豊富ですし、イメージもはっきりしていて、創作のネタには使いやすいと思うのですよ。さぁあなたもこっち側へ…調べてそしてハマってしまうのです…
レッツトライ!




