ファラオの呪い=ツタンカーメンはもう古い。これからはメンカウラー王も入れてあげよう!
えっ? このタイトル、前も見たような気がする?
それはもしかしたらデジャヴ的な何かかもしれない。
ファラオの呪いでツタンカーメンばっかり取りざたされるのはどうかと思うんですよ。どのファラオ様だって逸話の一つや二つあるんで、事実をうまいこと切り取ってやればミステリーに仕立て上げるのはそう難しくないのです。
そしてメンカウラー王には、ピラミッドから棺を運び出してイギリスに運ぶ途中で船が沈んだという素敵な逸話があるのです。
タイタニック号がミイラの呪いで沈んだというのはただのウワサでしたが、こっちはマジで沈みました。船の名前はベアトリス号。沈没は1838年10月のこと。というわけで、メンカウラー王の怒り(?)で沈んだまま行方不明になっている船の話でもしましょうか…。
*******
時を遡ること19世紀、エジプトは各国盗掘者たちが跋扈する大盗掘時代。特にイギリスとフランスの進出目覚しく、持ち帰られた多くのコレクションが今は大英博物館、ルーブル美術館にそれぞれ収納されています。
有象無象の盗掘者たちの中でも今に名を残す最悪の一人がハワード・ヴァイス。この物語の発端を作った人物。文字通りのダイナマイト野郎で、相棒に民間人の技師ジョン・シェイ・ペリングを引き連れて、空かない扉も隠された神秘も、すべて爆破で片付けようとしたトンでもないイカレポンチです。ダイナマイトによる爆破を多用し、彼の手法は、のちに「爆破考古学」と批判されることになります。以前記事を書いたスフィンクスの爆破もこのドヤ顔の大佐の逸話の一つ。
当時、ギザの三つのピラミッドのうち一番小さい一つ、メンカウラー王のピラミッドは手付かずで、まだ入り口は見つかっていませんでした。そこへやってきたヴァイス、とりあえず爆破すりゃ入り口見つかるんじゃね? と力技で爆破しました。ピラミッドの入り口は一部の例外を除けば北側にあったので、場所はだいたい見当がついたんでしょう。
現在残っているえぐれた跡↓は、その時の爆破の跡のようです。 (余計なことしやがって)
中に入ってみると、玄室には美しい石棺と木製の蓋、それに人の骨。
ヴァイスはさっそくそれらを盗み出し、イギリスの大英博物館へ送ろうと手配しました。
ところが――
石棺を載せてイギリスへ向かっていたベアトリス号は、マルタ島を出港したのち嵐のため沈没。石棺は、船ごと永遠に失われてしまったのです。
残された情報では、棺は王宮の外壁を模した装飾に飾られていたといいます。
「セレク」とも呼ばれ、カルトゥーシュが使われはじめる以前から王名を囲むのに使われていた意匠。よって、石棺がメンカウラー本人のものであった可能性は大いにあります。というか、ピラミッド作る前に石棺入れとかないと、後から入れるのは難しいので、かなりの確率で当時のものだったはず。けれどメンカウラー王の棺は、今は、どことも知れない海の底…です。
ちなみに、一緒に見つかった木製の棺の蓋と人骨は別の船で送られていたので無事にイギリスに到着し、今も大英博物館にあります。ただし棺は後世(第26王朝)の再埋葬時のもので、人骨も、新しすぎるためメンカウラー本人のものではなかったようです。本人のものだった可能性の高い棺だけが失われた、というのも何ともドラマチック。
ちなみにこちらがベアトリス号のイラスト、就航1830年、イラストの描かれたのは1832年。
ベアトリス号が沈没した地点については諸説があるようです。マルタ沖に沈んだという説、リボルノ沖という説、ビスケー湾に沈んだという説etc. マルタを出た後どこまでぶじに航行出来ていたかが不明なので、次の寄港地との間の様々な地点が推測されているよう。沈んだ場所が分からないので探しようもないんですね。
不敬をしでかしたハワード・ヴァイスは1853年まで生きて大往生。
メンカウラー王の呪いは船の乗組員を道連れに、自らの棺を下賤の好奇の眼にさらすことなく海の底へと永遠に隠すことには成功したかもしれませんが、イギリス人を呪い殺すほどには強くなかったのかもしれません。
これがハリウッド映画なら、沈んだ船の乗組員はミイラにされて冥界でメンカウラー王に仕えさせられている展開が待っているに違いない。それにしてもメンカウラーの石棺…もったいなかったなぁ…もったいなかった…本当に…。
うっうっ。(涙)
それはもしかしたらデジャヴ的な何かかもしれない。
ファラオの呪いでツタンカーメンばっかり取りざたされるのはどうかと思うんですよ。どのファラオ様だって逸話の一つや二つあるんで、事実をうまいこと切り取ってやればミステリーに仕立て上げるのはそう難しくないのです。
そしてメンカウラー王には、ピラミッドから棺を運び出してイギリスに運ぶ途中で船が沈んだという素敵な逸話があるのです。
タイタニック号がミイラの呪いで沈んだというのはただのウワサでしたが、こっちはマジで沈みました。船の名前はベアトリス号。沈没は1838年10月のこと。というわけで、メンカウラー王の怒り(?)で沈んだまま行方不明になっている船の話でもしましょうか…。
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時を遡ること19世紀、エジプトは各国盗掘者たちが跋扈する大盗掘時代。特にイギリスとフランスの進出目覚しく、持ち帰られた多くのコレクションが今は大英博物館、ルーブル美術館にそれぞれ収納されています。
有象無象の盗掘者たちの中でも今に名を残す最悪の一人がハワード・ヴァイス。この物語の発端を作った人物。文字通りのダイナマイト野郎で、相棒に民間人の技師ジョン・シェイ・ペリングを引き連れて、空かない扉も隠された神秘も、すべて爆破で片付けようとしたトンでもないイカレポンチです。ダイナマイトによる爆破を多用し、彼の手法は、のちに「爆破考古学」と批判されることになります。以前記事を書いたスフィンクスの爆破もこのドヤ顔の大佐の逸話の一つ。
当時、ギザの三つのピラミッドのうち一番小さい一つ、メンカウラー王のピラミッドは手付かずで、まだ入り口は見つかっていませんでした。そこへやってきたヴァイス、とりあえず爆破すりゃ入り口見つかるんじゃね? と力技で爆破しました。ピラミッドの入り口は一部の例外を除けば北側にあったので、場所はだいたい見当がついたんでしょう。
現在残っているえぐれた跡↓は、その時の爆破の跡のようです。 (余計なことしやがって)
中に入ってみると、玄室には美しい石棺と木製の蓋、それに人の骨。
ヴァイスはさっそくそれらを盗み出し、イギリスの大英博物館へ送ろうと手配しました。
ところが――
石棺を載せてイギリスへ向かっていたベアトリス号は、マルタ島を出港したのち嵐のため沈没。石棺は、船ごと永遠に失われてしまったのです。
残された情報では、棺は王宮の外壁を模した装飾に飾られていたといいます。
「セレク」とも呼ばれ、カルトゥーシュが使われはじめる以前から王名を囲むのに使われていた意匠。よって、石棺がメンカウラー本人のものであった可能性は大いにあります。というか、ピラミッド作る前に石棺入れとかないと、後から入れるのは難しいので、かなりの確率で当時のものだったはず。けれどメンカウラー王の棺は、今は、どことも知れない海の底…です。
ちなみに、一緒に見つかった木製の棺の蓋と人骨は別の船で送られていたので無事にイギリスに到着し、今も大英博物館にあります。ただし棺は後世(第26王朝)の再埋葬時のもので、人骨も、新しすぎるためメンカウラー本人のものではなかったようです。本人のものだった可能性の高い棺だけが失われた、というのも何ともドラマチック。
ちなみにこちらがベアトリス号のイラスト、就航1830年、イラストの描かれたのは1832年。
ベアトリス号が沈没した地点については諸説があるようです。マルタ沖に沈んだという説、リボルノ沖という説、ビスケー湾に沈んだという説etc. マルタを出た後どこまでぶじに航行出来ていたかが不明なので、次の寄港地との間の様々な地点が推測されているよう。沈んだ場所が分からないので探しようもないんですね。
不敬をしでかしたハワード・ヴァイスは1853年まで生きて大往生。
メンカウラー王の呪いは船の乗組員を道連れに、自らの棺を下賤の好奇の眼にさらすことなく海の底へと永遠に隠すことには成功したかもしれませんが、イギリス人を呪い殺すほどには強くなかったのかもしれません。
これがハリウッド映画なら、沈んだ船の乗組員はミイラにされて冥界でメンカウラー王に仕えさせられている展開が待っているに違いない。それにしてもメンカウラーの石棺…もったいなかったなぁ…もったいなかった…本当に…。
うっうっ。(涙)


